第4話「大人しい文学少女との会話は命懸け」
地獄のような通学時間を経て、俺は無事(?)学校へと到着した。
しかし、これで終わったわけではない。
むしろ、ここからが地獄の始まりなのだ。
今から俺はたくさんの女子生徒と接しながら、普段通りの自分を演じなければならない。
気合い入れろよ、
学年一の美少女と登校したごときで死にかけてる場合じゃないぞ。
そう自分を鼓舞させながら、俺と
「というかさ、蒼は私と買い物に行く以外に、どんな感じで連休を過ごしてたの?」
相変わらず周りの視線を一身に集めながら、ふと美玲はそう聞いてくる。
「俺は……そうだな、基本的には家で勉強してたかな。部活に入ってるわけじゃないから毎日暇だったし」
「なんと。青春真っ盛りの男子高校生とは思えない生活だなぁ」
「ほっとけ。勉強も立派な学生の本分だ」
「ムキになっちゃって。それじゃあ私からの買い物のお誘いは、実は嬉しかったんだ?」
再び悪戯っぽい笑みでからかってくる美玲。
先ほどの腕組みイタズラで満身創痍となっていた俺は、辟易した様子を隠さなかった。
「あーはいはい、死ぬほど嬉しかったよ」
「もう、テキトーに返事した感丸見えだし」
この場合「死ぬほど」という部分だけは本当なのだが、当然そんなことは分からない美玲は唇を尖らせるだけだった。
すると——彼女は何やら神妙な表情を浮かべ、視線を地面に落とす。
「……ごめん、迷惑だったよね? 誘い方もちょっと強引だったし、なのに蒼は毎回文句一つ言わずに付き合ってくれてたし……」
不意に見せてくる、美玲の微細な本音の感情。
いつも自信に満ち溢れていて、たくさんの顔を使い分ける彼女の仮面からチラリと覗かせる、どこか臆病な顔。
彼女のそんな様子を見ていた俺は、一度静かに深呼吸すると——フッと苦笑を浮かべ、彼女の頭にポンと手を乗せた。
「……別に、迷惑だなんて思ってないさ。休みの日でも美玲と一緒に過ごせて退屈しなかった。充分楽しかったし、お前の笑顔に元気付けられてたよ」
「……本当に?」
「本当だ。まあ、誘い方が強引だったのは否定しないけど」
「最後の余計な一言がなかったらドキドキしたんだけど?」
「あんまりドキドキさせても可哀想だからな。無自覚天然たらしの俺として、常に好感度をコントロールしないとだ」
「やっぱりこの男はたらしだった……」
むぅと頬を膨らませながらも、美玲は俺の手の感触を喜んでいるらしい。ヨシヨシと撫でてみれば、気持ちよさそうに目を細めている。
その様子は学年一の美少女の名に恥じないくらいとても可愛らしいもので、俺はつい頭を撫で続けたくなった。
——なんてのは勿論ウソである。
女性の体に直に触れている現在、俺のストレス値はマッハで急上昇しているのだった。
油断すれば「あばばばばば」と呻き声を上げそうだし、何なら全身がガクブル震え始めていた。
しかし、ここで美玲を慰めるのは久藤蒼として、またはイケメン陽キャとして当然のムーブなので、やらないわけにはいかないのである。泣きそう。
「……あれ? 何か、手震えて……?」
「ハハハ、気のせいだろう。ところでもう元気は出たか?」
美玲にバレかけたのでシュバッと手を離す。
すると、彼女は名残惜しそうにその手を見つめた後、穏やかな笑みを浮かべた。
「うん。ありがとね、蒼」
「ハハハ、どういたしまして」
「なんか様子おかしくない?」
「ハハハ、そんなことないさ」
首を傾げている美玲を適当に誤魔化しつつ、俺はスタコラサッサと校舎の中へ向かった。
よし、このままトイレへ直行だ!
◆◆
昇降口で靴を履き替えた後、すぐに一階のトイレへ向かい本日最初のリバース。
一旦全てを吐き出したことでスッキリし、体調が少しはマシになった。
しかしトイレから出た際に、入り口付近で待ってくれていた美玲を視界に入れたら「ぐっ……」となったので、実はあまり意味がなかった。吐き損である。
そんなわけで美玲と一緒に校舎内を移動し、俺たちのクラスがある場所へ向かう。
やはり、朝からトップカーストの美男美女が並んで歩いているのは目立つのか、後輩や同級生、先輩たちから好奇の目を向けられていた。
どうやら俺たちの組み合わせはかなり絵になるらしく、途中で声をかけてくる者は一人もいない。
美玲と接するのは負担がかかるが、周りの女の子避けになるので、正直助かってはいるのだ。
これで彼女がもう少し大人しい性格だったら完璧なんだけどな。まあそれでも怖いものは怖いが。
そして、『二年三組』とネームプレートに書かれた教室の前に到着し、扉を開ける。
「よーっす、はよー」
「みんなおはよー」
俺と美玲の挨拶を受けて、クラスメイトたちが一斉にそれぞれ「よう久藤」「
教室に入った途端大声で挨拶をしても変に思われないのが、俺たちトップカーストの人間だ。この学年の陽キャ代表として、こういう役目は欠かさずに果たしておく必要がある。
みんなに朝の挨拶をしつつ自分の席へカバンを置きに行くと、横からそっと一人の女子生徒が現れた。
「——おはよう、蒼くん」
綺麗に切り揃えられた柔らかいボブヘアーが、肩元でサラサラと靡いている。
髪の毛の間からぴょこっと出ている耳が可愛らしく、フワフワとした笑顔は見る者全てを癒してしまうほど暖かい。
少し小柄な体格も相まって、全国の男共が守ってあげたくなる愛くるしさを放っていた。
彼女の名前は
名前の印象通り物腰柔らかい性格で、まるで黄色いたんぽぽのような可愛らしい女の子。
文字を目で追うのが好きで、休み時間や家ではいつも本を読んでいるという文学少女。
俺たち久藤グループの一員であり、親友だ。
「よう若葉。今日もいい天気だな」
「そうだね、すごくポカポカしてる。こんな日はゆったり散歩でもしたら気持ちいいだろうなぁ」
俺の雑な話題にも眉を顰めず、フワリと笑いかけてくれる。言葉の内容も非常に穏やかで、彼女の周りは何だか暖かく感じた。
——美玲の人気が『表』なのだとしたら、若葉の人気は『裏』だ。
決して陽キャという性格ではないし、目立つ存在でもないが、彼女に好意を抱いている男子生徒は思いの外多い。若葉の柔和な魅力に大勢の男が惹かれ、密かに人気を得ている。
女性が怖い俺でも若葉は優しそうだなと思えるので、彼女の人気も頷ける話だ。
「一昨日ぶりだね。元気してた?」
「もちろん。……そうだ若葉、その時借りた小説返しとくよ」
「あれ、もう読んじゃったの?」
「ああ。早いだろ? 予想以上に面白くて、睡眠時間削って読んでたからな。おかげでちょっと寝不足が続いてるんだ」
そう言いながら、鞄から一冊の小説を取り出して若葉に渡す。
すると、彼女は垂れ気味の目尻をキッと上げて、可愛らしく頬を膨らませてきた。
「もう、連休だからって徹夜なんかしたらダメだよ? 蒼くんは無理しすぎる所があるんだから……」
「悪い悪い、今回だけだって」
「蒼くんの『今回だけ』は信用できませんっ」
優しい性格のためか、若葉は親しい友人に対しては母親のような目線で心配してくることがある。
若葉のような可愛い女の子に「めっ」と言われるなんて、世の男子からすればご褒美なのだろうが、俺は反射で「ひっ!? ご、ごめんなさい!」と言ってしまいそうで怖い。
腰に手を当ててぷりぷりと怒っている彼女に対して、俺はヘラヘラしながら殺されないように謝っていた。マジ必死である。
すると、その時。
「——はいちょっとストップ!」
俺たちのやり取りを見ていた美玲が、とても微妙そうな顔で止めに入った。その勢いで俺はとうとう肩をビクッと跳ねさせてしまう。
「ど、どうした美玲」
「いやどうしたじゃなくて。なんか今聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど」
何やら困惑している美玲が言葉を続ける。
「『一昨日ぶり』って……え? なに、二人は連休中に会ってたの?」
「えっと……うん、そうだよ。蒼くんが暇だって言ってたから、私の小説貸してあげようと思って。お家にお邪魔させてもらったの」
「お、お家にお邪魔……? 私でさえ直接蒼の家に遊びに行くのは躊躇ってたのに……」
ワナワナと震えている美玲の横顔を見て、俺は彼女がなぜ動揺しているのかを察した。
ヤバい、と思いながら視線を逸らそうとするが、その瞬間美玲が凄味のある笑みを向けてくる。
「蒼、さっき『連休中は勉強しかしてない』って言ってなかったっけ?」
「い、言いました……」
「でも実際は若葉を家に上げて遊んでたと……ふーん、私に黙ってコソコソ他の女の子とイチャついてたわけだ」
「い、イチャついてたわけじゃ……」
「本当かな〜? 何かやましいことがあるから隠してたんじゃないの〜?」
トラウマになりそうなぐらい怖い笑顔で詰めてくる美玲に、俺は冷や汗をダラダラと流していた。
確かにゴールデンウィークの間、小説の貸し借りをするため若葉がウチに来ていた。お茶を飲みながら本の感想会をしたりと、二人きりで過ごした時間があったのは事実だ。
それを美玲に言うと怒られそうな気がしたので、さっきは念のため黙っておいたのだが、結局怒られてしまった。僕泣いていいよね?
美玲に詰められ恐怖で顔を真っ青にしていると、若葉が慌てて俺たちの間に入る。
「お、落ち着いて美玲ちゃん。美玲ちゃんが想像してるようなことは起きてないから」
「起きてたら大問題でしょうが! 一昨日家に行っただけで変なことが起きたらヤバいでしょ!」
「あー……えっと、一昨日だけじゃなくて、結構頻繁に遊びに行ってたかも……」
「な……! まったく、若葉ったら私に黙って抜け駆けしちゃってー!」
「み、美玲ちゃーん!」
我慢の限界とばかりに美玲は若葉の体に飛びつき、キャッキャとふざけ合い始めた。
この二人は一年生の頃から同じクラスにいるので、やはり姉妹のように仲が良い。
普段は余裕のある態度を崩さない美玲も、今は高校生らしくはしゃいでいるし、若葉も戸惑ってはいるが、ちゃんと楽しんでいるようだ。
何ともまあ微笑ましい光景を繰り広げている彼女たちだが——しかし、美玲に抱きつかれている若葉が身体中をまさぐられ「あっ」とか「んぅっ」とか声を漏らしているのがヤバい。
クラスの男子は全力で耳をそば立てているが、逆に俺は全力で視界に入れないようにしている。
美少女同士のキャッキャウフフなんざ、俺にとっては怪獣大戦争である。つまりは世界の終末ってわけだ。
「ちょっと……美玲ちゃ、んっ! 変なとこ触らないでぇ……」
「よいではないか、よいではないか。ういやつめ〜」
いや本当、何て恐ろしい光景なんだ……。
女の子二人の尊いふざけ合いを見て、俺はガグブルと震えながら戦々恐々としていた。
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