第2話 B判定の人生
「おっはよー!真輝ぃ!早速だけど、レポート見ーせて!」
明るい髪色が喧しく突進して来た。色も煩いし、声も煩い。
大学に入ってから、人生で初めて、同じ顔の男と分かれた道。
ただ残念ながら、問題児ホイホイらしい俺の穏便な学生生活など夢に消えた。
「お前、俺が居なかったら、絶対永遠に留年してると思う」
何で大学に受かったかも謎に包まれている彼は、飄々と笑った。
「本当、お前って、そうやって毒吐きまくる癖に、結局やさしーよな」
バカにされている気がして、睨みを効かせると、彼はまた掴みどころなく笑う。
俺の手に握られたレポートを見て、満面の笑みを浮かべた。
「あいっかわらず、模範解答のレポートだよなお前。脳内に教科書あんの?」
特異性もなく、(例)などで使われるであろう模範解答のレポート。
いい意味では無難で、危ない橋を渡らずに済むが、
俺は世間対的にはとっかえの効くのだ。と自覚させられる気がする。
目の前にいる奴は、真面目さこそないものの、
彼しか生み出せない思考回路は確実に教授や大学から認められ、
唯一無二の存在として重宝されている。
彼は安斎はるか。女性に間違えられがちの名前だが、生粋の男である。
茶髪でチャラい印象を持つが、一家は名門の弁護士一家。成績上位者だ。
顔立ちは綺麗とは言えないものの、一度見れば印象に残る顔をしている。
モブ顔ですぐ、忘れられる俺には、絶対に無縁の生活を送っているのだろう。
飄々と掴みどころがなく、THEダークホース!な空気を持つ、魅力的な男だ。
「脳内に教科書があったら、こんな必死こいて勉強しねっーの」
模範解答のレポートにつく、成績は例の如くB判定だろう。
良くも悪くもない、山も谷も、人並みにしかない。俺の人生もB判定だ。
「お前ら、性格真逆なのに、よく気が合うよなぁ…」
後ろから聞こえた気の弱そうな声に、昨日の兄の姿を重ねた。
眼鏡の似合う小動物顔の男。いつから居たのか、居心地悪そうに笑っている。
「はたから見りゃあ、お前とはるかが一緒にいる方が変だろ」
「へ!?」
後ろに迫力のある背を見つけて苦笑する。
「お前らが一緒にいるのが、1番変だ」
オドオドと躊躇う色白の青年は青嶋怜。
後ろで仁王立ちを鮮やかに決める青年、、、らしき少女は山路和江。
「いや、お前らが付き合ってんのが一番変だ」
幼馴染の二人は、何故だか知らないが付き合っている。
怜は、薬学部。和江は工学部。偶然とっている授業が同じで、知り合った。
「んあ?そこは触れない約束だろーが」
「はいはい。さーせんした」
俺たちのカーストは断トツで和江が一番。
何か言われれば、YESと答えるのが暗黙のルールだ。
チャチャチャーンチャンチャーン
バイオリンの音色が俺たちの間に呑気に流れた。
聞き覚えのある某有名番組のオープニングテーマが沈黙の間を抜ける。
「うわぁっ♡美智ちゃんだ♡」
語尾にハートが見えるのを見て、全員が等しく呟く。
「「「きもっ」」」
鳴り響いたはるかの携帯は、めでたく可愛らしい声が聞こえて来た。
「はーるかぁ?今度の土曜日なんだけどぉ」
「うわっ!まった、甘ったるい女」
ケッとでも言いたげな顔で和江が呟く。怜も呆れたような光を浮かべる。
「誰?美智ちゃんって。彼女の名前って、那奈ちゃんだったよね」
また、違う彼女?とでも言いたげな、顔を見て苦笑した。
「那奈ちゃんは、別れたんだと。あんだっけ?フラれたっつってた」
「またかよ。アイツ、ビックリするほどクズ女引掛けて来るもんな」
三人ではぁと溜息を吐いていると、一足遅れたイツメン、最後の一人が現れた。
「遅刻ギリギリだな。元ヤンさん?」
んあ?と不機嫌に笑った濃い顔の男は、元ヤンだったと噂の奴。
「モテないからって。やっかんでじゃねぇよ?」
今度こそ青筋を浮かしたコイツ。工学部の古見阿由真。
感情が表に出まくって、遊ぶのが楽しい。俺の大学のおもちゃだ。
やいのやいのと言い合っていると、少し鈍った顔のはるかが帰って来た。
「真輝さま!俺を助けて下さいっ」
ガシッと肩をデカい手で掴まれて、体が仰け反った。
「…一生のお願いだったりする?それ、もう12回目」
「俺のぉっ!なけなしの、バイト代が無駄になる危機なんだよぉ」
「ああ、あの人ね」
頷く和江を横目に俺たちはるか以外の男性陣は首を傾げた。
「え、お前ら、しらねぇの?」
SNSで話題の占い師。そこに運良く当選し、行けることになっていた今週の土曜。
まさかのその日にベタ惚れの彼女に映画に誘われたと。
彼女の尻に轢かれまくっているはるかは、頭が上がらなかったらしい。
キャンセル不可能らしいその占い師の鑑定料は、まぁ学生には痛いもんで。
代わりに俺に行って欲しいんだと。
「知ってるだろ。俺は動物園の飼育員の仕事があんの。遊ぶ暇ねぇよ」
俺が一日いないだけで、放し飼いにされた兄弟たちは、暴走する。
こんなにしょっちゅう、家を空けると俺の精神力がもたないって話だ。
「スゲェ当たるんだぞ?お前が不安な家族の未来も、バイトも分かる」
俺の痛いところをついてくるはるか。外の風が妙に寒く感じた。
「頼むからっ!なっ⁉︎」
食い込んだ手を払い除けて、溜息をつく。
あの動物園の飼育員を辞める方法を教えられるのなら、今すぐにでも知りたい。
脳内で天使と悪魔が葛藤する間もなく、結論だけが、頭に浮いて出た。
「分かった。行くよ」
俺は飼育員を早く辞めたいんだ。そんな素直な感情に従って、首を縦に振った。
「やっぱ、真輝は、はるかに弱いよな」
「はるか、お前、真輝と付き合えば?」
「こんな可愛げない彼女嫌だね」
ふざけた事を言う、口を一発の拳骨で黙らせてから、講義へ向かった。
「ここ、か?」
デパートの2階。若者が溢れかえるフロアにひっそりと構える黒幕の部屋。
正直、インチキ感が凄い。これを真っ直ぐ信じてしまうと言うのだから、不思議だ。
「信じてねぇ人間が来るのも、失礼な気がすんだけど」
そんな自分の思考回路に苦笑する。
来たくて仕方がない奴だって居たろうに、俺が来ていいのか。信じていない俺が。
まぁ、あの兄弟たちの未来が分かるかもしれないと思って、行くことを了承した
俺も、噂と目に見えない運命とやらに、身を委ねているのかもしれない。
黒幕の前に立ってから、改めて、周りを見渡した。妙に殺伐としている。
流行っている割には、その黒幕の前には人っ子一人いない。
「あ、予約制か。人気過ぎて、予約なしじゃあ、いけなくなったわけだ」
SNS社会の恐ろしさを痛感しながら、手に持った整理券を握りしめ、黒幕を潜った。
ドタドタと焦ったような音が、籠った部屋の中に響いている。
習慣で少し早めに来てしまったがために、用意がまだ出来ていないらしかった。
肩身狭く、部屋の隅っこで小さくなっていると黒幕が揺れた。
「どうぞ」
性別不詳の声が、籠っている。
中に入ると、いかにも占い師らしい人が座っていた。
「瀬見真輝さんですね。まずは生年月日を教えてくださいますか?」
「1995年11月13日生まれです」
一瞬、ベールの向こうの瞳と俺の瞳が、かち合った。
鋭く獲物を見るような目に、自然と背筋が伸び、ひんやりと空気が冷えた。
「あの…占いの方法って…。俺、友人に紹介されただけで…」
「うちは古典的な水晶玉を使った占いです。主に未来を見るのが仕事ですね」
あの目が嘘のように、温かく微笑んだ占い師さんはじっと目の前の水晶を見た。
「あなたは…今、家族について、不安を抱えている。
七人兄弟の面倒を見るのが大変でしょう。彼らがどうなってしまうのか、心配」
自分の目が開いていくのが分かる。嘘だろ?という感情が、襲ってきている。
「…はい」
「一家を養うために、バイトをしたい。優しいお兄さんですね。模範生だ」
言葉に嫌味のようなものを感じて、少しだけ睨むと、占い師さんは笑みを深めた。
「違いますか?」
有無を言わせないような雰囲気を感じて、反射的に首を縦に振る。
「バイトのついては心配いりません。近々、いいバイトが舞い込んできますよ。
高時給で、あなたの才能を大切にしてくれる。
五日後に友人から合コンに誘われます。それに行きなさい。
そうすれば、そのバイトに出会えます」
言い切った目の前の、人に、軽く恐怖を覚えた。
「俺に…才能はないです。全部、人並みだ」
占い師さんは軽蔑したような笑いを漏らした。俺を真正面から見る。
「あなたは…。その才能で、沢山の人を助け、沢山の人を殺している。
それだけ伝えておきましょう。その続きは、そのバイト先で知れますよ」
それから暫くは、雑談を交えて、色々な事を当てられた。
今まで付き合った女の子の事だとか、今の友人たちとの関係だとか。
後ろでタイマーが鳴り響いた。アルバイトらしき少女が、俺に微笑みかける。
「瀬見様。時間でございますので、ご退出願います」
はい。と返事をした。
この占いはインチキでも何でもないのかもしれない。
当たりまくったことで、俺は目の前の人の言う言葉を信じている。単純な生き物だ。
腰を上げた瞬間。占い師がいたはずの場所に、光が落ちたような暗闇に変わった。
前も後ろも何も見えなくて。俺は体が飲み込まれるような感覚を同時に感じた。
「…瀬見様?どうかなされましたか」
ハッと現実に引き戻されて、少女を見ると、少しだけ顔が歪んで見えた。
「ありがとうございました」
占い師さんに言うと、会釈を返された。少女の後を着いて、外へと出る。
「…またのお越しをお待ちしておりますね。瀬見様」
可愛らしく微笑んだ少女は、踵を返した。
何だか、長い夢を見ていたような気がして、ボーっとしたままに歩み出した。
俺の鼻孔を、早めの春の風が吹き抜けた。
五日後。
俺ははるかに、合コンに誘われた。また、例の彼女と別れたらしい。
俺は気付いたら、出席者リストに筆を走らせていた。
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