インチキだけど結果でオーライ!?

Storie(Green back)

第1話 真ん中っ子の受難

「ただいまぁ...」

重いドアを体全体で開けて、 中に入るとムアっと酒の匂いがした。

「クッサ...」

体が重たい空気を乗せたように、沈み込んだ。一歩が重い。

疲れと昨日の残り酒。確かにある物理的な重みと、これから見える未来の重さ。

きっと、あの軽いドアを開けた向こうには、生き地獄が呑気に転がっている。

酒気を帯びた空気の濁りが強くなっていくたび、腰にかかる負担が増えた。

皮肉にも、物理的には軽いブラウンのドアは陽の光を浴びて、キラキラ光る。

開けた瞬間、ハッキリと見えてしまった光景に背を向けようとした。

「あ!真輝まき兄おかえりぃ!」

ガチガチを音を鳴らしながら振り返ると、生き地獄で呑気に笑う妹の姿。

サイコパスか!と我が妹にかけた呆れの言葉は、虚しく脳内のみで再生された。

口に出して仕舞えば、俺の負けなのである。

我が家の誇る無自覚サイコパスこと、末っ子で三女の那美なみ。15歳。

この春から華のJKになった。ベリーショートの黒髪に真っ黒アーモンドアイ。

整った鼻筋。細い手足に高い背。我が妹ながら美人である。

しかし、その正体は『残念な美人』の模範解答。どのように残念かと言うと。。。

「って、なんでやねーん!」

TVから聞こえる無駄に威勢の良い声。

中々個性的な顔をした2人の男性が漫才をしている。

画質最悪で声はくぐもっていて、なんでやねーん!だけがクリアに聞こえた。

ケタケタと妹が笑っている一方で、劇場らしき場所は恐ろしいほど静かだ。

そう。妹の残念ポイントは『サイコパス』兼『病的な売れない芸人好き』。

ツボが変というか...女子力は皆無で...『黙っていれば美人』...なのだ。

「真輝兄!やっぱ、この人面白いよね⁉︎」

キラキラとした瞳は、可愛らしい。この目を男に向ければモテるのに...と思う。

「...そうだね。なーちゃん」

言い慣れた肯定を口にすれば、満足げに頬を緩めて、

ボギャブラリーは「なんでやねん」に尽きる芸人を見つめた。

将来、こんな彼氏連れてきたら、どないしよ...

そんな未来を密かに案じながら、冷静になって部屋を見渡した。

地面に寝転がる酒瓶と姉。数々の燻んだグラス。

「...やっぱ昨日...飲み会やったな...」

猫の如く丸まり、ぐーすかと猫のようには可愛くのないイビキをかく人。

長女で上から2番目の23歳。メイキャップアーティストの美央みお

「...片付けぐらいしとけっての」

怒りを抑え込みながら、情けなく唇を緩める姉のデコを弾いた。

「起きろ。おばさん!ぐーすか寝てんじゃねぇよ!起きろ!」

「ってぇなぁ...うるせぇよ。朝っぱらから...」

ギャル特有のアイメイクが気味悪く、パンダのように滲んでいる。

茶髪の虐め抜かれた毛根が、脳天から見下ろせた。

「朝じゃねぇよっ!夕方だよバァカ!どーせ、酔い潰れたんだろ」

みぃ姉はギャルで酒豪。学生時代からズバ抜けた運動神経を持つ。

そして何より空気クラッシャー...。だけど、何故か友人は絶えない。

こうして俺の監視が消えると、毎晩のように宴を開催している。

特に昨日の宴は、中々大きいものだったらしい。

ぐちゃぐちゃになったこの部屋が、それを物語っていた。

「悪りぃかヨォ...」

寝ぼけなまこに起きた姉を見つめて、少し微笑む。

こんな憎めないところがあるから、いつも許してしまうのかもしれない。

「良いから、風呂入って来い」

シッシっと姉を追い払ってから、もう一度部屋を見渡した。

空気になっている陰気男を見つける。

「お前がいたんなら、片付けぐらいしとけ。ボケ」

俺と同じ顔。所謂目立たないモブ顔に縁無しメガネ。

そこから醸し出される陰キャ感...は、テキストに注がれている。

「何で俺がコイツらの尻拭いしねぇといけねぇの?」

冷たい横顔が俺の顔をやっと見た。声まで似ているから、不思議だ。

「さっむ...冷たい男。だから友達出来ねぇんだよぉ〜」

「うるさい。俺は自分に必要な人間としか話す気はない」

自分の失言にも気付くことはなく、スマした顔で机に向かう弟。

生まれついた瞬間からうざったいほど、ニコイチにされて来た双子の弟。

秋紀あき。成績優秀ながら、性格に難あり。友達は驚異の片手で十分‼︎

某名門私立大学の医学部に通う、20歳。である。

「じゃあ、俺は必要なんだぁ?」

足元に転がるグラスをかき集めながら、彼をみると「はぁ⁉︎」と顔に書いてある。

「お前が身内じゃなかったら、無視ってる。ウザイ、死ね」

学生レベルの罵倒を聞き流しながら、シンクへと両手いっぱいのグラスを運ぶ。

泡が溢れかえったシンクを見つめて、思わず笑った。

「...頑張ってはみたんだな...ゆー兄!ただいま!帰ったよ!」

「あー!真輝!おかえり!待ってたよぉ!」

子犬みたいにブンブン尻尾を振るようで近づいて来たのは長男佑介(ゆうすけ)。

俺たち兄弟で1番上。24歳。今年から社会人になった。

某大手食品企業、商品開発部勤務。中々可愛らしい顔立ちで、

仕事も出来るのだが。なんせ、不器用。仕事以外は能力値はマイナス。

特に家事は壊滅的で、お人好し。ドジでノロマ...。何とも悲しい。

「コレぇ!ドロドロの服とワイシャツ一緒に洗っちゃってぇ...」

泥が見事にうつった真っ白いワイシャツ。可哀想なワイシャツ。

「ゆー兄...ありがと。もう良いわ。じっとしててくれ」

素直だからか、咎められない兄の性格が、俺にとっては1番の難点である。

「ゆっち!どこいる!泥なんて、どこでつけてくんだ!吐け」

泥だらけシャツの元凶は6番目の子。勇智(ゆち)。16歳。今年、高2。

ガキ大将。何てったって、ガキ大将。な、凶暴クソガキ。

野球部で持ち前の運動神経を駆使して、頑張っているみたいだ。

「...スライディング」

リュックを背負ったまま、弟にプロレス技をかける。

ギブ!っと叫ぶゆっちをそのままに、尋問に入る。

「制服で?」

「っす」

「マジで、次はねぇと思えよ?」

はい!さーせんでした!と体育会系よろしく叫んだゆっち背後から甲高い悲鳴。

「あっ!真輝!何してくれてんの⁉︎ハル様のシャツが汚れてるっ!」

眼鏡に黒髪ロング。黙っていれば清楚系のお姉さんに見えるであろう残念さん。

上から3番目の次女。風(ふう)。20歳。この春から大学3年生だ。

彼女は地下アイドルヲタクである。

アイドルにハマる前は見た目のまま、絵に描いた優等生だったのだが、

大学受験全落ちという挫折を味わい、アイドルにどハマり。人格変貌をした。

バイトは行かないわ、目を逸らせば貢ぐわ...いや、ヲタクが悪いわけではない。

普通に生活してくれれば、文句はないのだ。

「あ?これ、兄貴のシャツじゃねぇの?」

絶望したように叫ぶ姉の視線の先を辿ると、泥だらけシャツがヒラヒラ...。

「違うわよっ!見てよ!ロゴ入ってんじゃん!」

真っ白い顔に青筋を浮かせて、俺の胸ぐらを掴む勢いでシャツを奪い去る。

ただ、次の瞬間には、気の弱い姉に戻っていた。俺の顔を直視したからだろう。

「こんなシャツ、買った覚えないけど?」

「しょうがないジャーン!限定品よ⁉︎買うしかじゃん!」

「その金は?」

「ウッ...真輝の貯金から...」

諦めたのか、正座を始める姉に苦笑する。正座が板についてどうすんだ。

「自分で稼いでから、買え。バイトせずにヲタクばっかしてっからだ」

しっかり項垂れた頭に追い討ちを、かけるように上から声を浴びせた。

「え?推しが尊すぎるのが悪くない?」

悟りを開き切った顔で、俺の顔を見つめてくる姉に容赦なく拳骨を渡す。

「訳わかんネェ責任転嫁するな」

いそいそと自室へと帰っていったふぅ姉の後ろ姿に深く溜息をつき、

自分の姿を顧みた。リュックは背負いっぱなし、ジャケットすら脱いでいない。

リュックの重さを思い出して、ソファーに腰を下ろし、暮れかけの夕日を見た。

「帰って来たな。俺」

昨日まで友人と、楽しく大学生らしくはしゃいでいた俺はいない。

7人兄弟の真ん中っ子、苦労人の瀬見真輝に戻るのだ。

瀬見真輝(せみまき)。20歳。大学2年になった。某国立大学の法学部生。

成績はまぁ良い方。高校時代は普通の高校で普通の野球部員だった。

レギュラー入りしたのは、高三になってから。今はキッパリ辞めた。

運動神経もまぁ良い方。特技は特になし。

漫画や小説では、絶対にその他大勢。名もないモブの人生である。

そんなこんなで、それなりに大変で、それなりに楽しい毎日を送っている。

アンバランスな空気感の部屋を見渡して、

自らの腕にはめられた腕時計を見つめた。にらめっこの後、俺の敗北。

「今日は寝られないな...」

シンクの中で大人しくしていた皿たちが、楽しげに音を立て出す。

窓を開けるとまだ肌寒い空気が頬を撫で、酒気を攫っていく。

ピーっと洗濯機が根をあげた。

日が暮れ出している。

風に煽られ捲れた我が家の通帳は、清々しいほど真っ赤に染まっていた。

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