24 泣きべそ狐

「喜右よ、なにも泣くことはなかろうに」


喜右が泣くとは思っていなかったらしい福田は、困ってしまった様子で頭を掻いている。


「そもそも、拙者はお主と今生の別れを告げたわけでもなし。

 殿が郷里へ戻る際には拙者とて同行することもあるだろう。

 それに今の身分もいっときのことと思うてだな」

「えうえうぅ~」


しかし喜右は福田の言っていることなど聞いておらず、めそめそと泣くばかりだ。

 先程までの緊迫した空気はどこかへ吹き飛んでしまい、湿っぽくなってしまっている中、喜右の傍らに遠山様が屈む。


「これ、喜右とやらよ」


遠山様はそう呼び掛けて、ごろんごろんとし過ぎて土まみれになっている喜右の身体を、軽く払ってやった。


「聞けばそなた、なかなかにこのあたりを騒がせたそうだな。

 そうなると人の世では、相応の罰が必要になってくるというもの」


固い口調でそう告げた遠山様に、しかし喜右は泣きべそをかくので精一杯で、あまり関心を示さない。


「遠山様! それはしかし……」


けれどこれに慌てたのが福田で、喜右を庇い立てをしようとするのを、遠山様に手で制される。


「そこで、儂がこの福田甚之助の主として、そなたに罰を下す。

 喜右よ、お主はしばしこの下屋敷で番をせよ」

「ぬう? 番とは?」


ここで初めて、喜右は遠山様の言葉に興味を示し、涙で濡れた目をきょとんとまん丸にした。


「番犬ならぬ番狐とは、なかなかに洒落ておろう?」


そんな喜右に、遠山様がにやりとする。


「……つまり、お前は我にこの屋敷に居れと、そう言うのか?」

「思うに、喜右はそこな福田甚右衛門が心配なのであろう?

 ならば里へ共に帰る他に、ここで見守るという手もあるではないか」


首を捻る喜右に、遠山様が説明している。


「化け狐に番をさせるたぁ、洒落で済むもんですかねぇ?」


その傍らで、この遠山様の決断に千吉が呆れた様子である。

 さらに焦っているのが、福田である。


「遠山様、この喜右は人の世での暮らしなど、とんと知らぬ奴でして」

「福田よ、お主はその人の世での決まり事を、きちんと言うて聞かせるのだ」


福田の進言を、しかし遠山様はそう返し、さらに言った。


「もともと、郷里を出る際に両者でよくよく話し合っておったら、この喜右も里で大人しくしておったやもしれぬであろう?

 お主は、事情をきちんと話して聞かせたのか?」

「……いえ、人のことを言うてもわからぬかと思うて、あまり詳しくはしておりませぬ」


じとりと見つめて問いかける遠山様に、福田は俯いてしまってそう返す。


 ――遠山様の仰ることも、わかるわね。


 確かに、事情があって江戸へと出ることや、これが今生の別れでもないということを、福田がちゃんと話していれば、喜右もこうして江戸まで追いかけては来なかったかもしれない。

 これを聞いて、遠山様がため息を吐く。


「まったく、そうしたところはお主の祖父殿そっくりだ。

 思い込んだらそうした配慮がすっ飛ぶのは、かのお人譲りかのう」


福田の祖父も、なにも語らずにお殿様の傍から去ったのだったか。

 確かに、やり様は同じである。


「返す言葉もございませぬ」


これには、しょんぼりと肩を落とす福田であった。

 こういうわけで、お屋敷の前で番狐をして過ごすことになった喜右であったが、今日のところは千吉が連れ帰ると言った。


「人里で暮らすにゃあ、躾が足りねぇんで」


ということらしい。


 ――あれで、千吉さんもちょっとは喜右さんに同情したのかしらね?


 あの男ならば、狐を一匹どこぞの山奥に放り出してくるなんて、簡単なことであろうに。

 ともあれ、朝も早くから喜右に騒がされたものの、ようやっと遅い朝餉にありつけるというものである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る