23 立ち合いの末に

「わぁ……」


この福田と喜右の戦いを、加代は息を呑んで見守る。

 普段こうした戦いというものを目にすることがないので、なんだか胸がどきどきとしてくるのだ。


「やはり、福田様はお強い」


同じく息をひそめるようにして見守っていた千吉も、そう言葉を漏らす。

 けれど、戦いはそこからなかなかどちらにも優勢に動かない。

 襲い掛かり、防いで、やり返すというのをずっと繰り返して、どのくらい時が経っただろうか?

 喜右は疲れてきたのか、多少足がふらついてしまい、体勢を崩してしまう。

 そこへ、槍の刃先が襲い掛かる。

 しかし、


「グァウ!」


その刃先に向けて、喜右が口を大きく開けたかと思ったら、人の頭ほどもある大きさの火の玉を吐いたではないか!


「きゃあ!」


加代はその火の玉が恐ろしくて、思わず千吉の背中に隠れる。


「これ、喜右!」


福田は火の玉を吐いた喜右に目を吊り上げ、「やあっ!」と槍を一閃、なんとその火の玉を斬り裂いてしまった!


「なんと」


この光景に、千吉が驚く。

 喜右も火の玉を斬られると思っていなかったのか、ぎょっとしたことで足から力が抜けたのか、地面に倒れてしまう。

 そしてその槍の刃先が、地面に倒れ伏した喜右の額の辺りにぴたりと当てられた。


「そこまで、勝者は福田甚右衛門!」


そこに、遠山様の勝利の宣言が為される。


 ――福田様の勝ちだ!


 加代が手を叩いて福田を祝福すると、福田は槍を下げて遠山様の前に行くと膝をついた。


「勝負を見届けていただき、感謝いたします」


礼を言う福田に、遠山様が大きく頷く。

 

「うむ、見事であった!

 儂が若い時分に遠目から見た、そなたの祖父の槍さばきを思い出しだぞ」

「いいえ、拙者の腕は祖父に比べれば、まだまだでございます」


遠山様からのお褒めの言葉に、福田がそう謙遜する。


「すごい、すごいわ!」


加代は普段武術なんてものを目にすることがないので、すごいものを見てしまったと興奮しきりであった。

 一方、負けた喜右はというと。


「くうっ、甚右衛門よ、なにかズルをしたであろう!?」


負けたことを認めたくないのか、その場でごろんごろんと転がって駄々をこねはじめてしまう。


「こら、やめろ埃っぽい」


そんな喜右を、千吉が歩み寄ってから踏みつけて止めた。


「ぐえっ」


おかげで狐はうめき声をあげつつも止まったが、千吉はどうにも喜右に対して扱いが乱暴である。

 けれど加代も埃っぽくてやめて欲しかったのは確かなので、これにはなにも言わずにおく。


「狐、負けは素直に認めろ。

 それに、火は駄目だと決めていたじゃあねぇか。

 それこそズルっていうんだよ」


そうなのだ、この喜右は妖術とやらで火を操るらしいのだが、今の火事に敏感な時期の江戸で火は駄目だと、ちゃんと事前に約束していたのだ。


「ぐうぅ、つい出たのだ、わざとではない」


喜右も自分が約束を破ったのだとはわかっているらしく、反論をしたものの勢いはない。


「それにしても、なんだ今のは。

 甚右衛門のくせに我の狐火を斬り裂くとは生意気な!」


喜右は千吉の足のせいで動けないので、代わりに大きなしっぽで地面をばしばしと叩いている。

 そんな悔しそうにする喜右に、千吉が言った。


「人というのは育つのが早い。

 俺たちと人とを、同じに考えちゃあならねぇんだよ」


それは言い聞かせるような、それでいて慰めるような話し方であるように、加代には聞こえた。

 これを言われた喜右はしばしぐっと黙っていたのだが。


「むぐぅ、えうぅ……」


しまいにはべそをかき出したではないか。


 ――それほどまでに福田様のことを心配していたし、お好きなのかしら。


 この喜右のことが、加代はだんだんと可哀想になってきた。

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