22 見つかってしまった

「なんだお前は!」


すると、喜右が遠山様にそう叫んで跳びかかろうとした。


「黙ってじっとしていろ」


しかし喜右の動きを先に察していたらしい千吉が、動きを読んで立ちはだかると、片足で踏みつけて押さえてしまう。


「なにをするかぁ!」


その足の下でじたじたと暴れる喜右であったが、口を紐で括られていることもあり、あれはまるでいじめているようで、見た目がよろしくない。


「千吉さん、もうちょいと穏やかな押さえ方をしてちょうだいな」

「そうですかい?」


加代が小声でお願いすると、千吉は喜右を小脇に抱えて首を少々絞めるやり方に変えた。

 あちらも苦しそうだが、足で踏みつけるよりはマシだろうか、と加代は思うことにした。

 遠山様は狐に興味津々なようで、千吉に抱えられた喜右の顔をしげしげと見る。


「我は見世物ではない、ぐえっ!」


喜右が遠山様に文句を言おうとしたので、千吉が絞める腕の力を増したようだ。


「これこれ、喋るくらいはさせてやれ」


しかし遠山様が喜右を許したので、「そう仰るなら」と千吉が腕を緩めた。


「これだから野蛮な輩は!」


喜右が今度は千吉に文句を言っていたけれど、その千吉にじろりと睨まれると尻尾がしゅんとしぼんだ。


「殿が仰っていた喋る烏は見そこねたが、喋る狐が見れるとは、面白いのぅ」


そのやり取りを眺めていた遠山様は、感心した様子であったが、ふいに福田の方を見た。


「福田よ、先程そこの狐と腕比べをするとか申しておったな」

「は、ええと、はい」


こちらの会話がしっかりと聞こえていたらしい遠山様に、福田が顔を白くしている。

 己の進退について勝手に約束をしたのだから、それが知れたとあっては気も動転するだろう。

 しかし、遠山様はこれを叱るのではなかった。


「ではその腕比べ、この儂が立ち合うてやろう」


なんと、福田と喜右の勝負の見届け人を買って出ようというのだ。



そういうわけで、朝飯前に人と狐との腕比べという、奇妙なものを見ることとなった。

 場所は普段福田が鍛錬をしている辺りで、福田と喜右が互いに見合うように立っている。

 その様子を、加代は千吉と並んで離れた場所から見物だ。

 喜右には口を括っていた紐も外してあって、その囚われ姿しか見ていない加代からすると、こうして見れば立派な体躯の狐である。

 一方の福田も、普段とは違うところがある。

 いつも鍛錬に使う棒ではなく、槍を持っているのだ。


「立派な槍でございますねぇ」


加代は福田の得物の槍というのを、今初めて見た。

 長い柄は黒光りをするように塗られていて、刃先も磨き込まれて鈍く光っている。

 美しいというより、すごみのある槍である。


「ありゃあ、なにか力が宿っているな」


加代の隣で千吉がそう呟く。

 

「では、両者ともよいか」


遠山様がそう声をかけると、福田は槍を肩に担ぐようにして構え、喜右は頭を低くしてから唸る。


「はじめ!」


そして遠山様がそう叫んで手を下ろした瞬間、両者とも前へ踏み込んだ。


「グワゥ!」


吠え声と共に大きく口を開けて跳びかかる喜右を、福田が槍の柄で払いのける。

 しかしそれも織り込み済みだったらしい喜右は、槍の柄を足掛かりにしてさらに上へと跳び、福田を頭上から襲う。


「ふん!」


しかしこれを、福田は槍をぐるぐると回して防ぎつつ大きく飛び退くと、回した勢いで槍の刃先を喜右へと繰り出す。

 けれどさすがは狐、すばしっこい動きを刃先で捉えるのはなかなか難しそうだ。

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