21 朝も早くに
そうして、明けて翌朝。
朝も早くに、千吉が狐を小脇に抱えて裏木戸から訪ねてやってきた。
「朝早くに、すんません」
「一体どうしたの?」
遠山様の朝餉もまだ出していない頃だったので驚く加代だが、千吉に抱えられた狐は口を紐でぐるぐる巻きにされていて、ふがふがという声だけが漏れ聞こえてくる。
千吉が言うには。
「この狐めが、『甚右衛門はどうしているのだ』とうるさくてかなわねぇ。
福田様だって大の大人なんだから、心配するこたぁねぇって言っても、聞きゃあしねぇんだ」
とのことで、なるほど、狐があのように口を括られているのは、うるさかったせいらしい。
加代はとりあえず福田を呼ぶと、あちらは朝の鍛錬の棒振りをしていたところであった。
「千吉殿、面倒をかけてまことに申し訳ない。
これ喜右、あまりわがままを申すものではない」
福田が深々と頭を下げて謝りつつ、喜右を叱りつける。
だがそれに、喜右はぷいっと顔を背ける。
「……昔はよくいじめられては泣き、寝小便をしては泣いていたというのに、大きな態度をとるようになったものよ。
甚右衛門を慰めてやっていたのは我だぞ」
そして括られた紐の隙間から、そのような不満を漏らしてきたのに、福田が呆れる。
「幾つの頃の話をしておるのだ。
それに態度というが、今はこういう喋りをせねば叱られるのだ。
決して喜右を見下そうというのではない」
「ふん、どうだかな!」
福田がそう説くのに、喜右はさらにそっぽを向く。
「こりゃあ、狐の方が子どもだなぁ」
このやり取りに、千吉がため息を吐いた。
「そうね、だだをこねる大介によく似ているわ」
加代もそう述べて同じくため息を吐く。
そんな喜右に、福田はこのままでは埒が明かないと考えたらしい。
「喜右よ、拙者と腕比べをしようではないか。
それで拙者が勝てば、お主は里に帰るのだ。
どうか?」
そんな提案をした福田に、喜右はその大きな耳をぴくぴくと動かした。
「それならば我が勝てば、お主は一緒に帰るのか?」
「よかろう」
問いに福田が大きく頷くのに、喜右はさらに問う。
「甚右衛門は昔から我に勝ったことがないというのに、さようなことを言っていいのか?」
「うむ、約束しよう」
「まあ……!」
福田がそう告げると、加代は驚いて目を見張り、千吉も無言で眉を上げていた。
お殿様に仕えている身の福田が、そのような約束をしてしまってよいものなのか?
「約束と申したな、きっとだぞ?」
「くどいぞ、二言はない」
喜右が尻尾をぶん、と振ってそう述べるのに、福田がそう返す。
すると、その時。
「お前たち、面白いことをやっておるのぅ」
そんな声が響いてきて、加代はどきりとしてそちらを振り向く。
「まあ遠山様!」
するといつからそこにいたのか、遠山様が離れた所からじぃっとこちらを眺めているではないか。
「こりゃあ、お邪魔しております」
千吉も遠山様がいることに気付かなかったようで、慌ててぺこりと頭を下げ、福田は驚きで固まっている
そんな一同をじろりと見渡し、遠山様が言うには。
「知っておるぞ、お前たち、昨日なにやらこそこそと話しておっただろう。
儂に内緒を通そうなんぞ、百年早いわ、かっかっか!」
「それは、なんとも申し訳ありません」
加代はそう言って謝罪を述べたが、遠山様は内緒をされたことに怒っている様子ではない。
――もしかして遠山様、話に混ぜてほしかったのかしら?
それで話を持ってこられるのを待っていたが、我慢がきかずに自ら出てきてしまったと、そういうことかもしれない。
そういう子どもっぽいところがあるお人なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます