20 案外良い狐
「あやつは多少融通がきかぬところがあるが、一本気で良き者なのだ。
父に隠れてこそこそといたずらにやってくる伯父や従兄弟たちをいつも蹴散らしてくれて。
狐ではないからなんだというのかと、笑ってくれたのだ。
それが拙者には、とても嬉しくてな」
さらには、人は狐にはなれないのだということも、喜右に教えられて諦めた。
その代わり、身内にいじめられている末の孫を哀れに思った祖父が、槍術の稽古をつけてくれるようになる。
これが案外甚右衛門少年には合っていたようで、槍の扱いがめきめきと上手くなっていく。
喜右が稽古に付き合ってくれたことで、狐のあしらいも上手くなり、意地悪をしにやって来る狐たちのことも怖くなくなった。
いや、怖がりな性格は治らなかったのだけれども。
ところでその頃、祖父が勘当された家は不幸が降りかかっていた。
流行り病に大勢がかかって命を落とし、当主の余命もいくばくもないのに、跡取りがおらずに御家断絶の憂き目にあっていたのだ。
そこで家人が縋るような思いで祖父の足跡を探し、人里暮らしをしていた甚右衛門の家族にたどり着いたのだという。
「祖父も、別段御家に恨みがあったわけではないらしくてな。
他にはおらぬのならと、拙者にやってみるかと意向を尋ねてまいった」
狐の里暮らしの子どもたちは性格がひねくれて育ったために到底務まらないが、甚右衛門ならば人里暮らしであるし素直で勤勉であるので良いだろうとなったのだ。
聞けば己が正式に御家の跡取となる必要はないらしく、「望めばその立場は与えられるが、望まぬのであれは次代が育つまでの繋ぎでもいい」とのことだった。
一応跡取り候補に、幼い男児がいるらしい。
それならば繋ぎで数年ならばやってみようかと、その頃には青年となっていた甚右衛門は気楽な気持ちで引き受ける。
祖父を勘当した後にずいぶんと家格を落とし、貧しい暮らしをしていたのは、貧しい暮らしこそ日常であった甚右衛門には馴染みやすく幸いした。
そして御家ために出仕してすぐに「新顔はどの程度のものか」という腕試しがなされ、そこで祖父仕込みの槍の腕を披露することとなり、お殿様の目に留まって今に至る。
実家の御家というのも、ほぼ他人の家なので居心地が悪いので、勤めにも便利なので上屋敷の敷地内の長屋に住まっていた。
これが福田甚右衛門の事情であった。
「まあ、なんとも絵物語でも見ているような心地になるお話でございますねぇ。
きっと本にしたら売れますよ」
加代が半ば本気でそう言うと、福田はぶるぶるっと首を横に振り、「それはどうかご勘弁を」と頭を下げる。
「なるほど、妙な気配だとは思ったが、まるっきり人な狐混じりたぁ、そりゃあ妙に違いねぇってもんだ」
千吉は福田の話を聞いて納得した顔で頷くが、加代にはどうにもわからないことが一つある。
「でも今のお話だと、あの外の狐は福田様のお味方だったのでしょう?
それがどうしてあんな怖い顔をして唸っていたの?」
そうなのだ、あの狐が嬉しそうにじゃれついているのならばともかく、仲の良い相手に会えたという態度には見えなかった。
「確かに、福田様に襲い掛かっておりましたねぇ」
千吉も一緒に首を捻っていると、「おそらくは」と福田が告げた。
「喜右の中では、拙者はいじめられていた幼子なのであろう。
ああやって、いつまでも拙者のことを心配するのでござる」
つまり、心配が過ぎてくどくどと説教をしてくる身内ということか。
あちらは親切でやっていることなので、余計にややこしいことになってしまうのだが、加代にはそれと似たようなことを知っていた。
「まあ、それってなんだかうちの大介みたい」
加代が思わずそう漏らすと、千吉も「ああ」とわかったような顔になる。
どうやらあの大介の姉構いは、千吉の耳にも入っているらしい。
――まったく、恥ずかしいったらありゃあしない!
けれど、だから加代はそうした輩は口で言ってもわからないのだということを、よぉく知っていた。
「そういう手合いにはね、力づくていかないと聞きゃあしないんですよ」
なので、加代は福田にそう助言する。
「力づく、ふむ、立ち合いでも申し込みますかなぁ」
これに、福田はそんなことを言ってきた。
とりあえずその夜は、千吉が狐を連れかえることになる。
「俺が見張っていれば、狐めも妙な事はできねぇでしょうぜ」
千吉がそう請け負ってくれたので、福田は頭を下げて礼を述べた。
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