19 福田の身の上
「昔の話になりますが、拙者の祖父殿が、郷里で狐が化けた娘と恋仲になりましてな。
祖父は当時殿に仕えていた身だったのですが、そのお役を辞めて、狐の娘と所帯を持ったのでございます」
福田がいきなりあっさりと語ったその内容に、加代は「まあ」と声を漏らしながらも、遠山様に聞いた話を思い出す。
福田の祖父はある時神隠しに遭い、数日姿をくらましたが無事に戻って来たところ、唐突にお役を辞したいと申し出たのだったか。
まさかそれが、狐の娘との恋のお話だったとは驚きだ。
この無骨そうな福田の祖父は、なかなか情熱的なお人だったのだろうか?
――けどその祖父殿とやらも、そりゃあ詳しい事情は話せないってものよね。
狐の娘と所帯を持つなんて話せば、きっと周囲はなにかに憑りつかれたのだと考えることだろう。
加代だって、実際に鬼やら河童やらをこの目で見ないと、人ではない存在を確かに居る者だとは思わないに違いない。
そのような加代の内心をよそに、福田は話を続ける。
「当然祖父は御家から、理由なくお役を辞して勝手をしたときつく叱られ、末には勘当の身となりました。
祖父はそれを好都合として、許しを請うこともせずに家を出ましてな」
御家としては、なにかの気の迷いを起こした祖父が考えを改めて、お役を辞したことを反省し、お殿様の側に戻ってくれるものと考えていたらしいが、それも当てが外れたということだ。
「狐の娘の里がある郷里の山の麓の村外れに住まい、暮らし始めたのです」
それから狐の娘と幸せに暮らした祖父は、侍としての生活を捨てて畑を耕し川で魚を獲って暮らし、二人の間には三人の子ができた。
ところでその子どもたちだが、なんと狐の質が強く出たようで、狐の妖術を扱えるようになったのだそうだ。
これは人に混じって育てるには障りがあるということで、その力の扱い方を覚えさせるため、祖父は子どもを連れて狐の里で過ごすことになる。
そして子どもたちもやがて大人になると、上の二人は狐の里の中で己の連れ合いを見付けたのだが、残り一人は山を離れて人と一緒になった。
その末の子どもの子が、ここにいる福田甚右衛門である。
上二人の子どもたちは、立派に狐の妖の者となったわけだが、甚右衛門少年は狐の力を受け継がず、まるっきり人として生まれ育った。
「しかしながら、拙者の父上は狐としては妖力の扱いが、兄弟の中で最も巧みであったらしくてな。
狐の娘たちからもずいぶんと秋波を送られていて、なのに人と添い遂げたことなもんで、なんともったいないとずいぶんと悪し様に言われておったそうだ」
何故狐の娘を選ばなんだと、狐の里の長からさんざん嫌味を言われたようだが、本人は気にも留めないし狐の里にも近寄らず、家族と共に人に交じっての暮らしをしていた。
それなのに、放っておかないのが他の兄弟とその子どもたちだ。
一番優秀だと持て囃されていた末っ子が人として不自由な暮らしをしているのを、あざけ笑いにしばしばやって来たという。
「のちに祖父が語ったことによると、伯父たちはそれまで敵わずに劣等感を抱いていた父が堕ちたと思うて、それまでの鬱屈を払いにきておったのだろうとのことだった」
その鬱屈の相手が甚右衛門少年にも及んだことで、さすがに祖父母も伯父たちとその孫たちをきつく叱り、人里への出禁を言い渡されたそうだ。
一方で甚右衛門少年は、あの狐たちが笑うのは自分がふがいないからだと考えるようになり、幼いながらも狐になる修行をするのだが、当然人が狐になれるはずがない。
さらに狐たちにさんざん脅かされたことで、怖がりな性格に育った。
そんな甚右衛門少年をいつも庇ってくれたのが、あの喜右である。
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