25 ようやく朝餉
加代はいつもならば、遠山様の朝餉の支度をして、福田にも用意をして、その後落ち着いたところで自分の朝餉をささっと済ませるところであったが、今はそのような時刻もとうに過ぎている。
「朝餉が遅くなってしまい、申し訳ありません」
朝餉の膳を持って行き謝る加代に、遠山様は「よいよい」と手を振った。
「今日は朝から気分が良い、ほれ、お主たちも腹を空かせているだろう。
儂のことはいいから、お前たちも食べてきなさい」
そして加代と、側に控える福田にこのように遠山様が言ってくれたので、加代は「膳は後で下げに参ります」と断って、自分の食事のためにいったん下がることにした。
しかし、加代は台所で食べてしまうのだが、福田はそういうわけにもいかないだろうと、その分の膳を作ろうとしていると。
「よい、拙者も台所で済ませよう。
その方がお加代殿の手間も省けよう」
福田がこのように申し出たので、加代はこの提案をありがたく受け入れた。
というか、福田も腹が空いていて、これ以上朝餉を待たされたくなかったのかもしれない。
ところで、遠山様に用意する朝餉の膳と、福田の膳、そして加代の飯は当然それぞれ違う。
遠山様の膳は特に品数を多く用意して、福田の膳はそれにちょっと劣るくらいの見栄え、そして加代の朝餉は食べやすさ優先の、いわゆるかきこみ飯である。
白米の上に遠山様や福田の朝餉の残りをのせて、漬物と一緒に食べるのだ。
他二人の食事に比べると、見栄えがよろしくないのは当然だろうが、身分の違いというのはこんなものだろう。
贅沢がどうのというよりも、遠山様や福田は見栄を大事にしなければならないお立場だということだ。
加代はそれぞれの食事はこういうものだとわかっているのだが、福田は三人それぞれに食事が違うこと、特に加代の食事内容が大きく違うことに戸惑っている様子である。
「あの、その、なんというか、拙者はなにやら申し訳なくなってきたのだが……」
「妙な事を仰らないで、早く食べてしまってくださいな」
身体を小さくして言ってくる福田に、加代はそう返してから自分の飯を食べる。
気を使われるのはいいが、加代はむしろこの飯の方が美味しく食べられて好きなのだ。
あのように皿をたくさん並べて食べるのは、面倒に思えてしまう。
――というか、福田様って本当に、お武家の生活に慣れてらっしゃらないのねぇ。
町中の長屋住まいの連中同士ならばともかく、ここは小さいとはいえ大名の下屋敷だ。
そこに勤める者の食事となれば、それぞれの身分で生活が違うのも当然であろうし、江戸の町人はそのことをよぅくわかっているというのに。
むしろこのような物慣れない様子で、よく今までお勤めができていたものである。
遠山様が以前に武芸馬鹿のきらいがあると言っていたのだが、それはつまり槍の腕だけでこれまでやってきたということかもしれない。
――もしかして、あの狐の喜右さんがえらく心配していたのって、福田様のこういうところなのかもしれないわね。
失礼な話だが、頭を使って難しいことを考えながらの人付き合いができるのかと、疑っていたのかもしれない。
きっと狐だって付き合いのあれこれがあることだろうし。
「そうだ」
そこで、加代はふと気になっていたことを思い出し、福田に尋ねてみることにした。
「そもそもですよ福田様、もし喜右さんに負けたらどうなさるおつもりだったんですか?」
そうなのだ、今回は福田が喜右に勝ったからいいようなものの、喜右の方が上手で負けてしまうかもしれなかったのだ。
その時はどうしたのだろう?
この問いに、福田はきょとんとした顔で答えた。
「その時は、遠山様と殿にいっときの里帰りの暇を請うたまでよ」
つまり、福田は「一度実家に顔を出す」というような意味合いでの里帰りで、喜右との約束を果たしたことにしようということだ。
「まあ、それは確かに『一緒に帰る』になりますねぇ」
加代は感心するやら、呆れるやらだった。
福田もちゃんと考えがあっての、腕比べであったということか。
そういうところは案外頭が回るお人のようである。
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