4 帰り道の千吉

千吉は焚き物を山ほど詰んだ車をゆっくりと、しかし軽々とひきながら歩いていく。

 別にあちらこちらを回らずとも、材木場に行けば端材がどっさりとあり、手っ取り早く焚き物を集めることができる。

 けれど町の衆からこまごまとしたものを集めてくるのも、湯屋の釜焚きの立派な仕事だ。

 町の衆と湯屋とはお互い様で成り立っているのだぞ、とはいつも爺が言っていることだ。

 今日も、あの屋敷奉公の加代は変わりなかった。

 妙なモノに絡まれたりすることなく過ごせているようだ。

 千吉はいつしか、毎日加代の姿を見ることが日課になっていた。

 あの屋敷の留守居役である遠山様がよく焚き物を用意してくれるので、余所よりも声をかけられることが多い。

 けれど、最近はなにも出なくても、加代が挨拶くらいはしてくれて、それがなんとなく嬉しい千吉であった。

 それに、今日は加代自身の持ち物を出してくれたらしい。

 加代の匂いが強く残っているので、すぐにわかる。

 しかし、匂いがどうのという話を加代が嫌がることがわかっているので、敢えてなにも言わなかったが。

 しかし、この加代のものを先に焚かないと、それこそ妙な輩が寄ってくるだろう。


 ――この匂い、もったいない気がするが、仕方ない。


 千吉は苦笑しつつ、車が轍に落ちないように気をつけながら湯屋に戻る道を行くと。


「あん?」


ふと、堀の水の中にとある影を見つけた。

 その影をすいすいと泳いでいるのだが、この寒空の中で堀を泳ぐなんて、余程の阿呆か、もしくは――


 ばしゃあん!


 すると唐突に、その堀を泳ぐ影が高く飛び上がり、派手な水柱が上がる。


「うひゃあ!」


ちょうど近くを歩いていた町人は、突然堀から上がった水柱にびっくり仰天したものの、なにもそこにいないものだから、しきりに首を捻っている。

 そう、町人にはその影が見えていないのだ。

 そしてその影はというと、堀を飛び出て、千吉のひく車の上にひょいと乗る。


「いたずら者め、静かに来いよ」

「シシシ」


千吉がしかめっ面をすると、影が小さく笑う。

 その影は子どものような身の丈で、亀のように甲羅を背負い、とがった口先に頭に水をたたえたくぼみがあった。

 このような姿のものは、世の中では河童と呼ばれている、千吉ら鬼と同じ「妖の者」である。

 とはいえ、鬼の千吉と河童とを比べるならば、河童の方がずっと弱い存在なのだが、この河童は千吉を怖がることなく、多少偉そうな態度ですらある。

 しかしこれも、河童の方が湯屋住まいの先達なのだから仕方がない。

 「妖の者」であっても、先達は敬うものなのだ。

 この河童、名を三太といい、いつから湯屋にいるのか、千吉は知らない。

 あの爺がこの三太のことを知っていて湯屋に居させているのか、勝手に居ついているのかもわからない。

 ただ、この三太はあの湯屋を気に入っているのかなんなのか、棲み処にしているのだ。

 そのおかげなのだろう、あの「あいあい」の湯は他の湯屋と比べて、清水の香りがして気分が良いと評判だ。

 それはそうだろう、河童とは清水を好む連中で、妖力で濁った水を清水に変えたり、水のない地面から水を湧かせたりすることができる。

 この水を湧かせる力をいたずらに使い、地面を泥水にして馬を沈めてしまう悪戯をしかけたりする河童連中もいるのだが、まあそれは置いておいて。

 「あいあい」の湯を焚くための水は、この三太が湯槽に張っているのである。

 そこいらの水路の水を使っている湯屋では、とうてい太刀打ちできまい。


 ――まったく、あの爺も不思議なお人だ。


 勝手に水を張る湯槽なんざ不気味だろうに、そのままにしていたり、人に化けているとはいえ、千吉のような変わった風体の男をすんなりと雇い入れたりと、豪胆なのか抜けているのかわかりゃあしない。

 ところでこの三太は、どうやら車に乗って湯屋まで戻ろうということらしい。

 横着な河童である。


「乗っていくのはいいが、大人しくしていろ」


千吉は荷台に寝そべる三太にそう念を押して、湯屋へと戻っていくのだった。

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