33 その後の顛末
そんなことがあった後。
もうじき昼の八つ鐘がなろうかという頃になって、遠山様が上屋敷から戻ってきた。
いささか興奮した様子で、あちらの大変な騒ぎをきかせてくれたのだが。
「まあ、烏天狗とやらが出たのですか?」
加代はそう言って驚いてみせた。
そう、夜も更けた頃に大きな烏がお殿様の寝床に現れたかと思えば、烏天狗だと名乗ったというのだ。
けれどその大きな烏の姿を見たのは、お殿様一人だけ。
寝ずの番をしていたはずのご家来たちは、まったく気付かなかったそうだ。
というよりも、お殿様が烏天狗を見送ったら、それまで部屋の周りには何故か誰もいなかったというのに、番をしていたご家来たちが突如として現れたらしい。
「今までどこにいた?」とお殿様が問うも、ご家来たちはいつも通りに寝床の襖の前で番をしており、なんの異変もなかったと言った。
むしろ、気が付いたらお殿様が寝床から出てきていて、たいそう驚いたのだとか。
なんとも奇妙な話だが、「お殿様が夢を見たのではないか?」とご家来たちは思ったそうだ。
お殿様もだんだんと「そうなのかもしれない」と考え始めてしまい、そのまま寝床へ戻ったそうだ。
けれど翌朝、上屋敷にさらなる異変が起きた。
「なんとな、お屋敷の門前に大量の山の幸と、大きな山鯨がどぉんと置かれていたのだとさ」
山鯨とは、すなわち猪である。
これにはご家来たちが腰を抜かすくらいに驚いたそうな。
おそらくこれらは昨夜の烏天狗からの扇の礼であろうとお殿様は考え、周囲もなんとなく「そうではないかな」と思い始めたらしい。
お殿様もご家来方も、なんとも流されやすいことだ。
そしてお殿様はどうにも遠山様に話したくなり、朝一番に呼びつけたと、そういうことらしい。
そして土産として、遠山様は山菜や茸をどっさりと持ち帰ってきていた。
「殿のお話だと、ずいぶんなご立派な体躯の烏殿であったそうだ。
いやはや、儂もひと目みたかったのぅ」
「お殿様も恐ろしい目に遭ったのではなくて、よかったですねぇ」
遠山様が少々羨ましそうであるのに、加代はそう返しつつも、ふと疑問を胸に抱く。
――どうして烏の姿だったのかしらね?
加代の元には、ああして僧侶の姿で現れたというのに、何故いかにも化け物というような姿で現れたのか? それこそ、昼間にでもあの僧侶の格好で取りに現れても、よさそうなものだったのに。
案外あの烏天狗も、人を怖がらせるためのはったりで、そんな姿だったのかもしれない。
ともあれ、今夜の夕餉は山菜尽くしになりそうである。
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