28 番屋にて
「ごめんなさいな」
「おう、お加代に釜焚きじゃあねぇか。
こんなところへどうしたぃ?」
加代が番屋の戸口から声をかけると、中にはちょうど太助親分がいて、こちらに気付いてくれた。
その後ろを人相の悪そうな男が引っ張って行かれたので、なにかをやらかした輩を捕まえたのだろう。
だが、話しやすい太助親分がいるのはちょうどいい。
「いえね、この千吉さんの知り合いがね、なんでも落とし物を探しているらしくって。
大きな扇だそうなの、親分さん知らないかしら?」
「扇? どんなのだい?
扇子かい?」
落とし物を問われるのは、日常茶飯事なのだろう。
太助親分は慣れた調子でそう問うと、壁にかけられている帳面に手を伸ばす。
「大きな扇だとしか聞いてない」
「ふぅん」
千吉がそう話すのを聞いて、太助親分がその帳面をぺらぺらとして、やがて「お?」と声を上げた。
「あるぞ、ええとひと月ほど前、大川の橋の上で拾われているな。
なんでもえらくでかくて、綺麗な扇だとさ」
「まあ……!」
加代は千吉と顔を見合わせた。
なんと早速見つかったではないか。
やはり、落とし物といえば番屋である。
「早く教えてあげたいわね、どこに置いてあるの?」
加代が尋ねると、太助親分が帳面を睨んで「むぅっ」と唸ってから。
「ああこれのことか、思い出したぞ。
俺もあっちの番屋の奴から聞いた話なんだがな?
それがいかにも立派な扇だったんで、番屋に置いておくとうっかりした拍子に壊したりしねぇもんかと、心配だったんだと。
まあ、荒くれ者も出入りするからな」
太助親分が語りだしたが、言いたいことはわかる。
値が張りそうな品が目に付くところに置いてあると、なにもありゃしないとわかっていても、緊張してしまうものだ。
加代とて、お屋敷の掃除をする際、掛け軸の前あたりを拭き掃除をする時にはどきどきするものだ。
「そんで、どこぞに代わりに置いてくれないものかと、困って相談したんだと。
それこそおめぇのところの、慎さんにだ」
なんと、ここで意外な名前が出て来た。
「うちの爺にですかい?」
目を見張る千吉に、「そうさ」と太助親分が頷く。
「それでご紹介いただいた先の、遠山様の主殿ってお方がよ、飾っておくついでに置いておいてやろうと仰られたんで、ありがたくお預かりしてもらっているというわけさぁ」
なんとなんと、件の扇が南部様の上屋敷にあるのだというではないか。
「そうか、なるほどそういうことか」
すると、千吉がそう小さく呟くのが聞こえた。
ともあれ、扇の所在が知れたので、加代たちは番屋を出た。
「ねえ、なにが『なるほど』なの?」
しばらく歩いてから加代が尋ねるのに、千吉が顎を撫でながら答えるには。
「いつだったかお加代さんがいるお屋敷に、お殿様の御一行がいらしたという話だったでしょう。
思うにその時、おそらくはお殿様から扇の気配がうつったんだ。
烏めが嗅ぎつけた気配は、それだったってことで」
加代としても、千吉が述べる理屈はわからなくもないが、それにしても疑問がある。
「でもそれって、最初から扇がお殿様のお屋敷にあるって、わからないものかしら?」
これに、千吉が苦笑する。
「あの子烏程度じゃあ、お殿様の住まうお屋敷の方には近寄れねえですよって。
あちらのお屋敷の並ぶお城辺りには、魔除けがしてある所が多くあるもんですからね。
俺だって、好き好んで近付きたくなんてないもんでさぁ」
そう言って千吉は「おお嫌だ」と首を竦める。
どうやら「妖の者」という連中は、江戸の町のどこにでも行けるというわけではないらしい。
「そこから扇の気配が出たもんだから、子烏にやっとわかったってわけで。
けど居所が知れたんなら、あとは烏連中がどうにかするでしょう。
これでちったぁ町も落ち着くってもんさ」
色々とややこしいが、つまりもうじき物騒な事件もおさまるかもしれないということだ。
「そうあるといいけど。
もうどこに盗人が入ったなんて話、しばらく聞きたくないもの」
加代はそう言って、ほうと息を吐いた。
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