27 千吉の話

 ――やっぱり、この人は本当に鬼なのか。


 加代が今更怖いような気持ちになってくると。


「お加代さん、ちょいと聞きたいんですがね」


千吉が加代に尋ねてきた。

 そう言えば、尋ねたいことがあるのだったか。

 加代はこういうことになった最初のあたりを、すっかり忘れてしまっていた。


「そうそう、なんだったかしらね?」


「覚えていましたよ」という風を取り繕って問い返す加代に、千吉は少々声をひそめて聞いてくるには。


「お加代さんのいるあのお屋敷に、見たことねぇ扇は置いてありませんかね?」


また、妙なことを尋ねるものだ。


「扇? それなら遠山様がいくらか扇子はお持ちだけれど」


加代が思いつくままのことを告げると、千吉が「いいや」と首を横に振る。


「そんなものじゃあねぇ、恐らくはもっと大きな扇だと思うんだが」


そう答えた千吉が、難しい顔をした。


「実は昨夜、あの烏めを締め上げて、ここいらをふらついていた理由を問いただしましたんで」


こう語る千吉曰く、あの烏の子どもは落とし物をしてしまったのだという。

 それは立派な扇で、御山の主である烏天狗が直しに出していた、宝物ともいえるものなのだそうだ。


「大方、初めて仰せつかった遣いだってんで、浮かれちまっていたんでしょうよ。

 そいつがいつのまにか背負っていた袋に入ってなくて、慌てて探したものの見つからなかったというわけでさぁ」

「まあ、ずいぶんなうっかりをしでかしたものねぇ」


加代はこれを聞いて呆れてしまう。

 だいたいの話、宝物だというのならば、あんな子どもをひとりぼっちで出さずに、もっと大勢で遣わせればよかっただろうに。

 加代はそう考えたものの、頭の中に大勢の大きな烏の大群が「かあかあ」と飛んでいる様子を思い浮かべると、それはそれで怖そうだなぁと考え直す。

 加代がこんなことを考えているとは知らないだろう千吉が、話を続ける。


「それで泣きべそをかきながら探していたところ、その扇の気配が、どうもあのお屋敷のあたりからしたんだそうで。

 それでウロウロしていたらお加代さんの精気の匂いに気付いちまって、腹が減ったあの野郎はふらふらと吸い寄せられて、お加代さんを怖がらせちまったんですよ」

「そうだったのねぇ」


事の次第を聞いて、加代は「ほぅ」と息を吐く。

 なんというか、加代としては運が悪かったとしか言いようがない。

 そもそもあの烏の子どもが扇を落とさなければいいのだが、落とした先があのお屋敷のあたりではなかったら、加代は怖い思いをせずに済んだだろう。

 だがそれにしても、加代には大きな扇なんてものに覚えはない。

 お屋敷の掃除も加代の仕事の内だが、出入りする部屋にそんな扇が置いてあっただろうか?


「あたしは、そんな扇は見たことないわね」

「まあ、あの烏めの言うことをどこまで信じられるか、わかりやせんがね」


首を捻る加代に千吉もそう言い足すものの、腑に落ちない顔だ。

 しかし、事が落とし物だと考えたならば、やりようがある。


「その扇とやらがお屋敷の外に落ちていたのなら、落とし物で番屋に届けが出ているかもしれないわね」

「そうなんですかい?

 誰か拾って持ち帰らないんで?」


加代がまずはまっとうな物の探し方を口にすると、千吉が初耳であるように驚く。

 どうやら千吉はそのあたりに疎いらしい。

 そうしたところに出くわしたことが、まだないのだろう。


「あのね、落ちていたものを盗んでしまったら、きつぅいお仕置きを受けるのよ。

 代わりに拾って届けたら、後で持ち主からお礼の金子が貰えるの。

 持ち主が出なければ、それは拾った人のものってわけ。

 ならちゃんと番屋に届けて、後でお礼の金子を貰うほうがずっといいじゃない」

「なるほど、そういうわけでしたか」


加代が説明してやると、千吉が得心したように頷く。

 そう、拾って届けた方が己の徳も上がるし金子も手に入るのだから、それをあえて盗む輩はろくな輩じゃあないということだ。


「こうなったらついでよ、この後番屋に尋ねてみましょうか」


加代がそう言ったことに、千吉が「いいえ」と遮ってくる。


「俺が一人で行きますよって。

 お加代さんがそこまで手を煩わせるこたぁありません」


遠慮する千吉だが、加代にしてみたらここで帰ったら余計に気になるというものだ。


「いいから一緒に行きましょう」


というわけで、加代に押し切られる形で、二人連れ立って今度は番屋に向かった。

 普段のんびり者だと言われても、漁師連中に揉まれて暮らしてきたので、押しの強さはそれなりなのだ。

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