22 頂戴された
ここで疑問が湧く。
では、その烏天狗とやらの子どもには、見守る親はいないのか?
それとも『妖の者』とやらには人間のような親なんていないのだろうか?
この加代の問いに、千吉が「うぅん」と唸る。
「烏どもは、それぞれの群れで山に居ついて暮らすもので。
人のように親はいねぇが、子らの面倒を見る奴はいまさぁ。
普通、子どもが一人で現世をふらふらとしたりはしねぇものなんですがねぇ」
千吉にも、そこはわからないらしい。
父と母とが面倒を見るわけではないから、ふた親に死なれての孤児ということではないという。
――なんだろう、ちょっと家出をしたら迷子になったとか?
加代には、子どもが一人でふらふらとする理由が、それくらいしか思いつかない。
しかし、加代にはその烏天狗の子どもの身の上を心配してやる義理は、そもそもないわけである。
それは千吉としても同様のようで、そこをあまり突き詰めて考える風でもない。
「けど、こうして捕まえちまったから、もう盗人騒ぎも納まってくると思います。
あの烏めは、俺が連れていきますんで、お加代さんはもう寝ちまいなせぇ。
人は夜寝るもんだ」
ばっさりと話をそう終わらせた千吉は、立ち上がって障子を開けた。
加代たちはいつの間にかずいぶんと話し込んでいたようで、夜空には月がずいぶんと昇っているではないか。
「こら、そこから出てこい、行くぞ」
千吉が床下から烏天狗の子どもを引っ張り出す。
相手はくちばしまでぐるぐる巻きにされているため、乱暴にされてもなにも文句を言えず、モゾモゾするばかりだ。
そしてひょいと肩に担ぐ千吉を、加代は縁側に立ってなんとなく見送る。
そういえば、烏天狗が加代の部屋の辺りをうろついていた理由はわかったが、千吉がここにいた理由はなんだったのだろう?
偶然ここいらにいて、烏天狗を見かけたので捕まえたのが、加代の部屋の上だったとでも言うのか?
いや、それだとあまりに話ができすぎだろう。
千吉は烏天狗がいるのではないか? と疑って加代に自分の匂いをつけて、こうして捕まえて、引き取ってくれるという。
つまりそれは、どういうことかというと。
――もしかして千吉さんは、あたしを案じてあの烏を捕まえるために来たの?
わざわざ、いつも千吉さんを怖がっている加代の所までだ。
加代であれば、いつも嫌な顔しか見せない相手のために、わざわざ骨を折ってやろうなんてしないだろうに。
なんというか、人の好いことである。
いや、人ではなく鬼であったか。
「あの、ありがとう」
加代がそう声をかけると、千吉が困ったような顔で頭を掻いた。
「いえ、礼を言われることじゃあありまんせんよって。
本当は、お加代さんに気付かれないように、静かにするつもりだったのに、騒がせちまって申し訳ねぇ」
謝られても、加代には謝ってもらうようなことはなにもなくて、むしろ騒ぎの元を捕まえてくれたと、感謝を述べないといけない立場だろうに。
「けど、助けられたのだから、やっぱりお礼をしなきゃ」
「怖がらせちまったっていうのに、律儀なお人でございますねぇ」
加代が重ねてそう言うと、千吉は悩むように「うぅん」と唸り、やがてはっとしたように目を瞬かせた。
「礼ならばちょいとだけ、いいものを頂戴したいんですがね」
「いいもの?」
ふいにそう言われ、加代が首を捻っていると、千吉が大股に距離を詰めて来た。
大男の千吉は、一段高いところへ立っている加代よりも、まだかすかに目線が高い。
その千吉が、ふっと顔を加代の首筋に寄せてきて、うなじをペロリと舐めた。
「……!?」
ぬるりとした生暖かい感触と、もぞりとしたあの感覚が加代を襲う。
しかも、あの指で触れた時よりも強く感じて、身体の力がどっと抜けたように疲れてしまう。
――なにか、食べられた!?
そう、「喰われた」感触が、確かに加代の身体に残っていた。
うなじを手で押さえて呆然とする加代に、千吉が口の端を上げる。
「うん、やっぱり直に喰うと美味い。
ご馳走さんでさぁ」
千吉はそう言うと、ひゅうっと風が巻いた次の瞬間、もうそこにいない。
この行為に文句を言い損ねた加代は、しばしあっけにとられて突っ立っていたのだった。
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