21 においとは

 ――でも、そうか、怖くていいんだって。


 意味もなく千吉を怖く思うのが、相手には筋の通っていない滅茶苦茶な言いがかりみたいだと、申し訳なく思う気持ちもあった。

 千吉をそう思うのが周囲でも自分だけなので、なおさらだ。

 けれど、むしろこの気持ちの方が真っ当なのだと、当の千吉が言うのだ。

 そのことが、なにやら加代の気持ちを軽くしてくれた。

 しかし、あの烏モドキは不気味だとは思っても、怖いとまでは思わなかった。

 千吉の話では両者とも同じ『妖の者』であるというのに、この違いはなんだろうか?


「って、そうだ。

 じゃあその精気とやらが『臭い』って、あの烏モドキは言っていたの?」


やたらに「臭い」を連呼されたことを実は根に持っていた加代なので、このことはぜひ聞いておきたい。

 しかし、この問いに千吉が眉を下げた。


「いえ、すんません、あの野郎が臭いって言ったのは、俺の匂いですよ。

 勝手に加代さんに俺の気配を刷り込んじまったんです。

 ここ、首の付け根は精気の要の一つなんで」


千吉がトントン、と自身の首を指さす。


「あ、あの時!?」


その仕草を見て、加代は驚きの声を上げる。

 加代はその個所には覚えがあった。

 そう、先日焚き物を引き取ってもらった時に、「糸くずがついている」と言われて触られたのだったか。

 あの時に妙な心地がしたので、やけに覚えていたのだ。

 あれがまさか、そのような意味があったとは。

 加代はあれから、普通の人にはわからないとはいえ、千吉の匂いをつけて歩いていたのだ。


 ――千吉さんの匂いって、どんなの?


 あんなに「臭い」と嫌がられるとはどんなものなのか、気になるのだが、やはり加代がくんくんと自らを嗅いでもわからない。

 けれど自分ではわからないとはいえ、「臭い」と言われるようなにおいをつけられるなんて、あまりいい気分はしないものだ。


「なんで、そんなことをしたの?」


加代が問うと、千吉が申し訳なさそうな顔をする。


「お加代さんの話を聞いて、もしやと思ったからで」

「もしやって、なにをよ?」


加代がさらに問い詰めると、千吉が困ったように顔をくしゃりとしてから、仕方ないといった様子で答えた。


「最近妙に物騒なことが続くのは、あの烏めのせいでございますよ」

「そうなの?」


意外なことを言われ、加代は目を丸くして驚く。

 一体どういうことなのか、千吉が言うには。


「あの烏めは、烏天狗っていう奴らの子どもでして。

 それがどんな理由か知らねぇですが、この江戸をうろつきながら妖気を派手に振りまいて、人の中にある悪心を突いて回っているんだ」


そのようなことであるらしい。

 この話を聞くと、加代としてはとても質の悪い行いだと思うのだが、一方で千吉があの烏天狗とやらのことを「子ども」だと断じたことが引っ掛かる。


「子どものいたずらなの?

 けど盗人騒ぎで死人まで出ているし、もう子どもの悪戯じゃあ済まされないわ」


加代の懸念に、千吉も難しい顔をする。


「恐らくは、わざとそうしているんじゃあねぇでしょう。

 あいつが未熟者なせいで、妖気をてめぇで制することができていねぇだけだ。

 自分が騒ぎを起こしていることすらも知らないでしょうよ。

 けど、それだけ妖気を振りまけば、当然疲れる。

 それで強い精気が欲しくなって、お加代さんに目をつけたんでございましょう」


加代としては、「妖気がどうした」なんていう話を芯から理解することは難しいが、子どもが自分の元気さの具合を上手く扱えないというのは、加代にもわかる。

 弟妹たちもそうだった。

 元気に走り回っていると思ったら、突然パタリと動きを止めて寝てしまうのが、子どもなのだ。

 だから、大人が近くでよくよく見ておかないといけないし、たまにえらいことをしでかしてしまう。

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