20 正体
「……!」
その言い方がなんだかぞくっとするような、恥ずかしいような気持ちになり、加代は千吉の頭からぱっと手を離すと、尻で後ずさる。
そんな加代の態度に、千吉は気を悪くした風でもなく、頭を上げた。
「ちぃっと脅かしましたか。
だが、お加代さんは自覚なさった方がよろしい。
お前さんは、妖の者に好かれるお方だから」
さらには、なんだか奇妙な忠告までしてくるので、加代は首を捻る。
「ようのもの、ってなに?」
この疑問に、千吉は親切にも答えてくれた。
「俺のような鬼や、床下にいる烏のようなものは、人の世では『妖の者』と呼ばれているんで。
この『妖の者』が
またまた、色々と気になる言葉を聞いた。
――千吉さんって、鬼なの?
そういえば、外でもそんなことを言っていた気がする。
確かにあのツノは鬼っぽい。
けれど絵姿などで描かれている鬼はもっと怖くて禍々しいのに、千吉はツノさえなければ、まるっきり人のようではないか。
それに、精気とはなんだろう?
これについても、千吉が教えてくれた。
「精気っていうのは、生きているものの力の源、とでもいいましょうかね。
木や土や風から精気は頂戴できますが、一番たくさん精気を頂戴できるのが、人間って生き物でして。
活きの良い人間ほど、この精気を巻きちらして歩いているんでさぁ」
まき散らすという言い方が、なんだか聞こえがよくない。
まるでその精気とやらが、汚物みたいではないか。
加代がかすかに眉をひそめたのに、千吉は気付いているのかいないのか、話を続ける。
「精気にも、美味い不味いっていうものがありましてね。
その点で言えば、お加代さんの精気はとんでもねぇ極上品だ。
その香りが匂い立ち、ひと舐めしただけで腹いっぱいになるってもんでさぁ」
「……そうなの?」
この話に、加代は顔をしかめる。
なんだろうか、そのとんでもないご馳走みたいな匂いとは?
加代は思わず自分の身体をふんふんと嗅ぐが、全くその香りとやらがわからない。
それでも何度も嗅ぐ加代に、千吉が告げた。
「『妖の者』だけが匂うもので、人にはその香りはわかりませんよって。
お加代さんに『妖の者』の姿が見えちまうのは、その極上の精気の持ち主なせいでございましょうかね?」
そんなことを言われて、加代にはその精気とやらが極上だということが嬉しくないなと思うのと同時に、もっと気になることがある。
「もしかして、他の人にはそのツノ、見えないの?」
そう、加代にだけ見えていると言わんばかりのことである。
こんなにはっきりとツノがあるというのに、他の人たちには本当に見えないのだろうか?
疑わしい視線を向ける加代に、千吉が苦笑する。
「ええ、夜は『妖の者』が力を増すんで、こうやってお加代さんに見えちまっていますが、昼間はまず見えねぇもんです。
念のためにいつも手拭いを被っておりますが、これまで気づかれたことはありませんよって」
千吉がこう述べるのに、加代は「確かに」と頷く。
頭にあんなツノがあったら、手拭いを被っていてもゴツゴツしていて目立つだろう。
さらに千吉が語る。
「お加代さんみたいに俺たちの気配に敏感な人は、この江戸にもそうそうおりません。
お加代さんが俺を怖いと思うのは、当たり前のことです。
他の連中が鈍いだけで、本性を知ればみぃんな怖がって逃げますよ」
心の奥の本心を突かれ、加代はどきりとする。
加代が千吉が怖くて避けていることに、ちゃあんと気付いていたらしい。
加代はこれまで誰かに千吉を「嫌い」と言ったことはあっても、「怖い」なんて話していないのに。
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