7 遠山様のお話

 遠山様は一人だけお茶を飲むのはつまらないと言って、いつも加代にお茶を付き合うように望んでくる。

 そうして二人でお茶を飲む間の世間話に、加代は今日聞いたことについて問うてみた。


「そういえば遠山様、今日湯屋の千吉さんか盗人が流行っていると聞いたですけれど、最近はそんなに多いんですか?」


この質問に、遠山様は加代が差し出したお茶を「ズズッ」と一口飲んでから、考えながら答える。


「ふむ、確かに多いようであるな。

 特に大店や屋敷を狙っているようだ。

 二つ隣の屋敷にも入ったとか」

「まあ、そうなんですか」


千吉や大介に言われても「ふぅん」と思っただけなのに、遠山様から聞くと「嫌だなぁ」と思うのだから、これも話を持ってくる人の人徳なのだろう。


「このお屋敷にも、いつか来るのでしょうかねぇ?」


ちょっと怖くなって尋ねた加代に、「ふぅむ」と遠山様が手であごを撫でる。


「盗人ならばここではなく、すぐ近くのもっと大きな大名屋敷に入るだろう、と言いたいところだが。

 今回の盗人は、どうにも盗みに入る先が予想がつかんらしいな。

 同心や岡っ引き連中が苦心しておるよ」

「それは、なんだか怖いですねぇ」


加代は眉をひそめて自分の腕をさする。

 そんな加代に、遠山様が「脅しに聞こえたかのぅ」と苦笑した。


「だが、今のところ人死には出ておらんというし、戸締りと火の用心をしておれば、そう怖がり過ぎるもあるまいて。

 それに、この屋敷に盗人に狙われるような金目のものは置いておらぬしな」


穏やかにそう言われ、加代はホッと肩の力を抜く。


「そういえば千吉さんも、盗みに入られたのに、なにも盗まれていない時もあったとか言っていましたっけ」


加代は千吉の話を思い出し、そう告げた。


「そうそう、それを思えば案外盗みというより、なにかを探しているようでもあるよな」

「言われてみれば、そういう気もしてまいりました」


遠山様の言葉に、加代は落とし物を探しているうっかり者の姿が脳裏に浮かび、ちょっと笑ってしまう。


「それに、これについてはどうも『大泥棒が出た』とか言う輩がいるようだが、一つ大きな盗人事件が起きると、真似た手口をする輩が出るからな。

 これが全部同じ犯人とは限らんよ」


遠山様曰く、目立った盗人が出ると、他の窃盗もお上が「ソイツの仕業だろう」と考えてくれるので、罪を押し付けやすいと狙って増えるのだそうだ。


「はぁ~、嫌な世の中ですねぇ」


加代は自分のお茶を一口飲んで、ため息を吐いた。



加代が遠山様とそんな話をして、数日が経った。

 今のところ、なにも起きてはいない。

 盗人にも入られていない。

 やはり、このお屋敷に金もの物がないことは、盗人の間でも有名なのだろうか?

 盗人が来ないことは加代にとっていいことなのだが、屋敷の持ち主ある南部様は、困った評判なのではないだろうか?

 心に余裕ができた加代は、そんな余計なお世話を考えてしまう。

 そんな少々失礼なことを考えたからなのかもしれない。

 それからしばらく経ったある日、遠山様に朝餉を出している時に告げられたことは。


「殿が忍びでこちらに来られるとのことでな、後でちょっと茶請けに羊羹を買ってきておくれ」


このような、本日の衝撃的な予定であった。

 加代としては、「遠山様が朝から湯屋にでかけないなぁ」と不思議に思っていたのだが、まさか客人が来る、しかもお殿様ということは、お大名である南部様ということだ。

 驚き過ぎて、しばし口をパクパクさせている加代だったが。


「な、あ、そういうことは、もっと早く言ってくださいな!」


やがて気力を取り戻して、そう苦情を述べた。

 これに、遠山様も困った顔になる。


「いや、儂もつい先ほど文で知ったのよ。

 かような大事なことを言い忘れるほど、まだ呆けてはおらぬよ。

 全く、殿はよほど儂がここから逃げ出さぬか、気を揉んでおられるようだ」


そう言って苦笑する遠山様だが、加代としてはこのお人がいつも仕事を嫌々とこなす姿を見ているので、他の人から心配されるのも無理はない、と考えてしまう。

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