6 甘えたの弟
大介がそんなことを言ってきたのに、加代は怪訝な顔をする。
「なぁに? いきなり」
「だって、ここのところお屋敷を狙う盗人が出るんだろう?」
千吉に聞かされた話を大介からも言われたことに、加代はため息を吐く。
「あんたもその話?
みんな心配性ねぇ、もう」
「誰かにも言われたのか?」
自分よりも先にこの情報を加代に渡した相手がいたことに、大介がひそかに気落ちしている。
この弟は図体は大きくても、いつまでも姉に甘えたな男なのだ。
嫉妬を向ける相手が姉である自分なことに、加代は呆れてしまう。
――あたしじゃなくて、どこか余所の娘さんを心配してあげればいいのにね。
この大介だって結婚してもいいお年頃であるのに、こういうところが娘たちに遠巻きにされる理由なのだ。
曰く、「なにかあっても、自分よりも姉を助けに行きそうだ」ということらしい。
姉として、否定できないのが辛い。
大介には早く姉離れしてほしいものだ。
むしろ、弟に「もう姉に甘えるな」と釘をさすために、父がなんとか加代の嫁入り先を見つけようと今の奉公先を見つけたとも言える。
妹はさっさと嫁入り先を見つけたというのに、これは女と男の違いだろうか?
仲の良い長屋の女将さんたちも、「娘は小さなころから大人ぶったことを言いたがるけれど、息子はいつまでも赤ちゃんだ」と言っていたものだ。
そんな話はともかくとして、加代は大介に言ってやった。
「なぁに変な顔をしているの、あんたは。
湯屋の釜焚きの人にね、盗人に気をつけろっていう世間話をされただけだから」
この加代の答えに、大介が目を丸くする。
「千吉さんに?
珍しいね、姉ちゃんあの人嫌いなのに、世間話なんてしたんだ」
大介はこんな人が多い場所で、人聞きの悪いことを言わないでほしいものだ。
全くこの弟は、こうしたあたりの気遣いが足りない。
「あたしはね、あのお人を目の敵にしているわけじゃあないの。
ただちょっと好かないだけよ」
そういう加代も、言い直した言葉が結局似たようなものになっているのだが。
こうして大介と話をしている間に、大造が大きめの桶に魚を入れてくれたので、それを抱えて帰ることにした。
大介が「桶を持ってやろうか?」などと言ってくるが、以前は加代だって父親の手伝いをしていたのだから、このくらいの桶など軽いものだ。
むしろこの弟は、自分と離れがたいだけなのである。
まるで図体ばっかり大きな赤ん坊だ。
「あんたはしっかりおとっつぁんの手伝いをして、早く一人前の漁師になることね」
加代がぴしゃりと告げると、大介は口を尖らせる。
「ちぇっ、オイラはもうちゃんと漁師だい!」
「そんなことを言っている間は、まだまだなのよ」
加代は大介をそんな風にあしらってから、他の漁師連中に挨拶をしながら浜を去った。
屋敷に戻った加代は早速鯖を捌くと、塩焼き用の切り身とアラ汁にする部分とに分ける。
小魚も下ごしらえをして塩水に漬けておき、後で干すばかりにする。
小魚の干物は加代の分の食事のおかずにもなるので、美味しくなるように丁寧にしておくのだ。
この日の夕飯で出した鯖の塩焼きを遠山様はたいそう気に入ったようで、ペロリと食べてしまう。
鯖のあら汁もお替りをしたくらいで、その満足そうな顔を見ると加代も嬉しい。
「今、将軍様よりもご馳走を食べている」
そんな大げさなことを言っているが、さすがにそれは言い過ぎだろう。
葉物の塩もみで口の中の後味を整えている遠山様に、加代は食後のお茶を用意する。
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