第38話 これから

 翌日、柚木はいつも通り自宅の庭先で朝の稽古をこなしていた。

 昨日の試合の疲れもなく、むしろつかえていたものが取れたような感じで素振りの切れがよく調子がいい。


 物静かな庭先で柚木の素振りの音だけが響く。

 集中力は増し、その表情もすこぶる明るく楽しく竹刀を振れる。


 メントレでの試合も心春の他に葵も追加した。

 それは柚木が葵といつも試合をしたいという現れであり、彼女との試合は楽しいと認めたということでもある。

 五分の試合を演じれば、悔しさと共に少しの達成感がある。


 試合相手が増えたことも喜ばしい。

 一通りの稽古を終えてもなんだか少し物足りなくて、アニメのキャラの技を稽古に取り入れる。


「……雷鳴雷閃!」


 その技は『剣鬼の弟子』というアニメの主人公である紬が稽古の末に編み出した独自のもの。

 鋭い踏み込みと共に刀を雷のように振り下ろす。

 1人ということもあり掛け声とともにノリノリで再現する柚木。


 もう少し力を抜いて、振り下ろす瞬間に込める方がしっくりくるかと思えば、すぐにそれを試してみる。


「おお、今の感じよかった」

「……兄貴、なにしてるの? 今のってつむぎんの技だよね?」

「おう、これ試合でも使えそうだから、今度やってみっかな」

「楽しそうすぎて萌々では揶揄えない域にいってしまってる……そうだ、心春さんもう大丈夫なんでしょ。近々遊びに行こうよ。それとご飯出来てる」

「そうだな、お腹空いた」


 萌々が作った朝ご飯。

 今日はカフェ風のサンドイッチにサラダとスクランブルエッグ。

 食事中には、昨夜探しだした『剣鬼の弟子』のアニメがかかっている。

 萌々と作品について、ああだこうだと談議していれば、すぐに登校する時間となった。


「いってらっしゃい」

「いってきまーす」


 お腹いっぱい食べて家を出る。


 朝の通学路は悠斗と一緒になった。

 話題は昨日の葵との試合のことに。


「あの強い葵さんに勝っちまうとはな」

「いや、マジで危なかったぞ」

「あんなアニメ見たいな剣ふつうやらねーだろ」

「なになに、何の話?」


 心春と友達たちもやって来て話はさらに盛り上がる。


「柚っちの技みたい」

「私も、やってやって」

「……」


 柚木は今朝上手く行った紬の技を恥ずかしがりながらも披露する。


「すごい、なんか剣が生きてるみたい」

「そんなことも出来るのか、柚っち」


 周囲がおおっと盛り上がる中、紬を知っている心春だけは、


「あはは、紬だ。紬がいる! そっくりじゃん。やばっ、なんか可愛い。動画に収めておきたかったんですけど!」

「お、おまっ、恥ずかしいから、あんまキャラ名出すな」


 初めて見る柚木の子供っぽい光景に心春は大声で笑う。


「ねえねえ、もう一回やってよ、柚木。今度はばっちりとスマホ構えとくからさ」

「も、もう、やらないぞ……」

「いいじゃん、なんかめっさ可愛かったし」

「……」


 そんなことをしていると、柚木達のすぐ傍に見覚えのあるリムジンが停止する。


「うおっ、この車きのう柚っちたちが乗って行ったやつ……」

「「「なんで……?」」」


 柚木達が驚いている中で、葵が悠然と降りて来る。


「ありがとう。ここからは歩いていきます」


 運転手にそう告げる彼女の格好は心春と同じ制服に身を包んでいる。


「なぜそんなに顔を赤くしているのですか……?」

「……な、な、なんで、葵がいるんだよ!?」


 柚木が恥ずかしいところを見られ顔を赤くしているところに現れる葵。

 この前の試合の時よりもなんだかちょっと大きく見える。


「さっきの遠目から見させていただきました。いい線行ってたじゃないですか? あなたがこの前最後に見せた技もアニメにあったような。私はこっちの方が好みですが、風蛇の舞!」


 彼女は恥ずかしげもなく蓮が得意とする横一文字の回転を見せ、どや顔を作る。

 その様は、以前心春がりよたんのTシャツを披露していた顔と重なるなと思う柚木。


「なあなあ柚っち、この可愛い子だれよ?」

「柊葵です、よろしく皆さん。随分と大所帯での登校なんですね……それより倉木君、今の技どうでした?」

「あー、えっと、良かったと思うぜ」

「あなたは他にどんな技のレパートリーが?」

「そうだな――」


 そんな柚木と葵の姿をみた心春は、


「まだ、まだ、あまい」


 声と素手で、小手・胴・面と打ち分けるように振り、最後には周りの敵全てを薙ぎ払うとでも言うように、360度回転して剣を振るったように錯覚する。


「今日はこれくらいで勘弁してあげるわ~!」


 心春の剣と同世代くらいに見える女剣士キャラに、柚木と葵は圧倒させられる。


「心春ちゃん、やる~」

「だ、誰ですか、あのキャラ? あんな剣技使う人どの作品に居ましたか?」

「い、いってえな、叩いてるぞ。あ、あれはあいつのオリジナルだろうよ」

「オリジナル! 新技というわけですね……」


 その姿に興奮し、柚木の膝に竹刀をバシバシと叩く葵。

 どうやら葵もアニメはわりと好きな感じがする。


「どう、どう、あたしの剣技は?」

「イケてたんじゃね。お、俺もちょっと自分のオリジナル考えるかな」


 試合をしていないのにもかかわらず、なんだか胸が熱くなって体が震えだす。

 負けていられないと本当に感じさせてくれて感謝したいくらいだ。


「柊葵ちゃんだよね、改めて無事に解決してくれてありがとう」

「ああ、あなたでしたか……いえ、お礼ならこの倉木君に。私は試合をしたくてかかわっただけですので……」

「うーん、お人形さんみたくかわいい。これはどんな格好も似合うじゃん」

「……はあ?」


 この人は何なんですかという目を葵は柚木に向けた。


「おほん、それでなんで葵はこんなところにいるんだよ?」

「あなたと試合することでまた色々と気がつきました。この先ももっと柚木君、あなたと多く試合したいですし、それならば、いつでも竹刀を交えられる環境に身を置くべきでしょう。だから転校してきました」

「「なっ!」」

「登校したら、まずは一戦お手合わせ願います」

「やばっ、はやく行かないと遅刻しちゃうじゃん。行くよ、柚木」

「……」


 ここまでは心春に振り回される高校生活だったが、そこに葵まで加わったらどうなってしまうだろう。

 より騒がしい日々になるなと、想いを馳せながら柚木は口元を緩め学校に急いだ。



~~~



 この話で完結とさせていただきます。

 ここまでお読みくださりありがとうございます。

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昔、竹刀を交えた清楚な幼馴染と高校で再会したら、見た目はギャルで引くほどのアニオタになっているんだが~えっ、今はガチで声優やってるって、マジっ! 滝藤秀一 @takitou

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