第8話 放課後、カラオケへ
放課後になり、教室内は穏やかな空気が流れていた。
「はやくいかないと先輩にどやされる」
「先輩張り切ってるからね」
「ねえ、帰りにモール寄って行かない?」
そんな声が耳に届く中で柚木は自主練の日だと席を立つ。
心春の気迫を感じた後は、リョナシーンはほとんど頭の中から消えた。
見た目は変わってもやっぱり腕はすごそうだ。
普段のギャルでオタクとのギャップをあってなんだか余計に大きく見えた。
しかし、ほんとに心春は普段も自然体で振舞ってる。と感心しながら、廊下に出たところで何人かと話をしていた彼女が目に入った。
なんか特別な練習でもしてるかもしれないと思い、柚木の方から声を掛けてみる。
「よっ」
「あっ、柚木ナイスタイミング。これからカラオケに行こっかって話しててさ、一緒に行こうぜ」
「カラオケ……いや、今日は自主練あるから」
「ちゃんと休んでないっしょ。やみくもに練習だけしても疲弊してくばかりじゃん。時には気分転換も必要だぜ」
「……そりゃあまあそうだけど」
「あたしも煮詰まっちゃったときとか違うことに目向けるし、休むこともちゃんとした練習じゃん」
「そう、かな……? って、おい!」
そうだよ。さあ行こうと言うように、またも心春は柚木の手を掴んでお昼のように引っ張って行く。
☆☆☆
カラオケ店はお昼に来た牛丼チェーンのすぐ傍にはあった。
飲み放題、学生割やってます、至高のパンケーキぜひお楽しみくださいなどと描かれたのぼりが立てられ、受付付近には柚木達と同じ高校生もいる。
なにげにカラオケに来るのが初めてな柚木は、店内に入っただけできょろきょろしっぱなしだった。
他の皆はなれたものでドリンクバーをスムーズに入れていく。
何杯でも飲めてフリータイム料金千円弱は安いなと感心する柚木。
部屋に入れば新曲のPVが流れていて、、スポットライトが揺らめいて、近くの部屋の音も少しだけ微かに聞こえていた。
中はこうなってるのかと興味津々な柚木だが、なるべくみんなの歌う邪魔にならないようにと奥の方に腰掛ける。
「楽しもうぜー」
心春はと言えば、皆に確認しながら慣れた手つきで何曲か曲を入れていた。
すぐに室内には心春の美声が響いてくる。当然のように入れたのはSPY×SISTERのオープニング曲。
画面にアニメの映像が流れ、本当に楽しそうに熱唱している。
それにしても、よくもまあ知り合いとはいえいきなり大勢の前で歌えるものだなと感心し、しかもやたらと上手で驚いた。
こういうところで知らず知らずのうちに度胸や気迫が備わったりするのかとも思う。
「さすが心春ちゃん、うまっ!」
周りを見れば手拍子や物静かそうな子もタンバリンで必死に盛り上げていたりとなんだかノリノリで、柚木一人場違いなきがして、手持無沙汰なこともあり思わずウーロン茶に口をつける。
思わずため息が出そうになった。
隣のクラスということもあり、当然ながら心春の友達との接点はないし、そもそも柚木には学校で日常的に話す相手は悠斗しかいない。
来る途中に心春が紹介してくれていたから、一応ここにいるみんなの名前だけは知っていたものの、案の定まだ一言も喋れてはいなかった。
そんなことを思っていると、ちょうど心春が歌い切り拍手が沸く中で、柚木の隣へとやって来る。
「さて、柚木は何歌おっか? あっ、これなんてどう? 小さいころ見てたでしょ?」
「そりゃあ知ってはいるが、俺は遠慮」
「じゃあ歌えるね」
「って、おい!」
そんな古い曲恥ずかしいし、聴きたくないだろうと断ろうとしたのに、即転送ボタンを押されてしまう。
何人か歌い終わるのを緊張の面持ちで待つ時間と言ったらない。
そしてやってくる柚木の番。
試合でも緊張などめったにしないが、今回ばかりは耳を真っ赤にし、ただ画面に出る文字を必死に目で追いかける。
度胸、集中力を身に着ける稽古といいきかせ、マイクを持つ手も竹刀のように両手になってしまっていた。
「~~~♪♪」
それは決してうまくない。
人様に聞かれるのが恥ずかしくなるほどの歌。
しかも最初は小さな声でぼそぼそと声を出してしまった。
それでも途中からはどうにでもなれと腹をくくり、声だけは出して歌い切った。
「いいじゃん、いいじゃん! うわっ、懐かしいなあ」
「柚ッち、おつかれ。めちゃ盛り上がる!」
「ねえ、次はさ、このアニメの曲どう、知ってるかな?」
意外にも歌い終われば、みんなフランクに話しかけてくれて柚木の方が面食らう。
変に自分が身構えてしまっただけなのかとも感じた。
次に歌う順番がまわって来るまでは心春以外の人ともちょっとだけ会話をした。
「剣道やってるんでしょ」
「う、うん……」
「今度、柚木君の試合、わたし応援しに行くわ」
「おお、いいね、いいね。間近で柚っちの活躍みてみたい」
「あの……みんなはなんか部活以外でもやってるの?」
「バンドやってる。今度聴きに来て」
「ぜひ……」
「俺んち、ラーメン屋だからサービスするぜ」
最初は一言の相槌や、同意の言葉。
そこから徐々に徐々に話していくうち、グループの輪の中へ入っているようなそんな気がした。
「やばっ、あたし今日バイトだった。お先にね……柚木、最後まで楽しめよ!」
「お、おお」
そう言い残すと、心春は慌ただしく部屋を出ていく。
それはいつものことなのか、他の人たちは「また明日ね」「おつ」と挨拶してカラオケにまた興じ始める。
心春の友達の顔と名前が完全に一致しだしたころ、頃合いの時間になった。
緊張していたからかやけに疲れたし、喉も少し痛い。
ドリンクのグラスを端にまとめ、最後に忘れ物がないか確認し部屋を出る。
「柚っち、喉痛い系?」
「うん、ちょっと……」
「ごめん、うちら歌わせすぎちゃったかな」
「いや、そんな、たぶんすぐ治るから」
そんな話をして会計をして外に出れば、夕暮れになっていた。
先に表に出ていた子たちの様子がおかしいことにすぐに気づく。
「あの、困ります……」
「ちょっとお茶してほしいだけだから」
どうやらグループの中では大人しい涼子という子が、不良たちに気に入られたようでナンパされている、そんな状況らしい。
「あの人たち、知り合い?」
「知らない人、絡まれちゃってる。どうしよ?」
他の子たちが右往左往している中で、柚木はすぐに前へと出る。
その動きに不良の1人は気づき立ちふさがるように行く手を阻むが、柚木はそれを難なくかわし、地面を強く踏んで涼子の肩に手を掛けていた男の手を払い、面を打ち込んだ後のように気づいたときにはその距離を引き離していた。
「はっ、いま、なにを……?」
「てめえ、やる気か?」
「ばか、こういう奴に係わるな!」
不良たちは柚木に手を出すこともなく、遠ざかった行く。
それをポカーンとしながらみていた陽キャたちは、
「すげーっ、今のなによ柚っち」
「気がついたら涼子もう助けてたんですけど!」
「あれだべ、雷のように動いとかっしょ!」
「いや、ちょっと足元に集中して動いただけで、大したことは……」
「「「すっげえ!」」」
学校を出るときは見ず知らずの間柄だったのに、今は普通にやり取りが出来ている。
話をすればするほどいい人たちなんだなって言うのを実感した。
☆☆☆
その日の夜は帰宅しても竹刀を握らなかった。
何度もうずうずしたけど、心春の休むことも練習という言葉が頭から離れない。
夕飯の用意をするため2階から降りて来た萌々が柚木を見てフリーズする。
「っ!? ど、どうした兄貴……今日は夜間稽古してないじゃん! 雷雨の日や雪の日でもやってたのに……」
「……たまには休みの日を作った方がと言われて……あっ、そうだ。こういう本って珍しくないのか?」
「んっ……こ、これ、りよたんの薄い……って、なんで兄貴がこれを! ちょ、ちょっと読んでいい? ていうか貸して!」
萌々は薄い本に目を通し始めると、すぐに感嘆の声を漏らし始めた。
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