第7話 昼、外で振り回される
午前中、授業を受ける傍ら薄い本に幾度となく目を通してしまう柚木。
たしかに心春の言っていた通り、なんかエモい。
そのためか、見れば見るほどりよたんのことが好きになって行った。
だが、お昼が近づくころには、倫理的にダメだと思っているのに、それでも良いと思ってしまう自分に混乱し頭を抱えだす。
特にリョナシーンが鮮明に頭の中を駆け巡り、柚木は終始顔を真っ赤にしてしまっていた。
エッチい物を見慣れていない反動なのかもしれない。
そんな中、午前の授業を終えるチャイムが鳴り、クラスメイトが一斉に立ち上がる。
隣の教室からは勢いよく心春がやって来た。
「どうだった、どうだった? あっ、その顔は熟読したな。りよたん、マジよかったっしょ?」
「えっ、ああ、うん……よかった、確かにエモくて……で、でもな」
「あーわかる、わかる。最初はみんなそうだって。大人の階段上ったな柚木。そんじゃあ、お昼は外に食べに行こうぜ」
何も言う間もなく、いいから早くと言わんばかりに、心春は柚木の手を握るとそのまま引っ張って行く。
訳もわからないまま校舎を出て、駅前までやって来た。
ちょうどお昼休みということもあり、サラリーマンやOLさんの姿が多く、柚木達みたいな制服を着た高校生は見当たらずよく目立つ。
心春の言葉に短い言葉を返すのみ柚木。
気がついたときには大手牛丼チェーンの席に腰を下ろしていた。
「柚木、わかってるね!」
「えっ、なにが……?」
どうやら無意識で注文したらしいことは何となくわかった。
目の前には牛丼の並盛が3つも運ばれてくる。
今はあんまり食欲があるわけではなかったが、普段ならそのくらいは頼んでも不思議はないか。と、隣を何の気なしに見つめた。
「いただきまーす」
「って、お前も3つ!?」
「すべてはりよたんへの愛だよ」
周りを見増せば、お昼休憩と思われる紳士風の人もいたがその前にも3つ、きゃしゃにも見えるOLのお姉さんの前にも、体格のいいお兄さんの前にも……。
いやなんだ、3つ注文することがはやってるのかと不思議に思いながら、柚木たちも黙々と食べ始める。
「「……」」
3杯目を食べるころには柚木のペースも遅くなったが、注文してしまったからには完食しないといけない、そんな気持ちで紅生姜や七味をかけてなるべく美味しく味わい、ごちそうさまをする。
隣を見れば、心春はようやく3杯目に手を付けているところ。
暑いのかブラウスのボタンを外して食べている。
「平気かよ、手伝うか?」
「だ、大丈夫。自分の力で完食しないと、喜び半減しちゃうし」
「えっ、そう、なのか……?」
なんのことだかわからず首を傾げ周りを見れば、心春の言葉に賛同するかのように労いや励ましの言葉が飛んでくる。
「その通りだ、お姉ちゃん」
「私も頑張らなくっちゃ! もう一息だよ。頑張りましょう」
「もうあと半分だぞ」
それは前にも見たような光景だった。
だがここは学校ではないし、確かに心春は食べているだけで目を引くが、他人に対して声を掛けるのって結構勇気がいるものだと思うんだけど……。
「いいな、いいなあ、2人で同じ趣味共有とかマジ萌える」
「君、絶対に放さないようにね」
「欲しいのが出るのを祈ってるよ。それじゃあ、お先」
自分だけが場違いな気がしたが、心春とセットと思われているのか、柚木にも優しい声が次々に飛んできたり、退席の際には肩をポンっとフレンドリーに叩かれもした。
どういうことだろ? と思いながら会計を済ませた時、ようやくその理由がわかる。
「こちらが並盛り3つをご注文の方にお配りしているコラボグッズになります。こちらのボックスからお引きください」
1人ずつ引いて外に出れば、スパシスとコラボ中とりよたんが従業員の制服を着て牛丼を美味しそうに頬張っているのぼりがちゃんと出ていた。
「あー、そういうことか……」
ようやく状況が呑み込めた。
ていうか知らないうちによく自分も3杯頼んだなと苦笑いを浮かべる。
「柚木、柚木、キーホルダーどのシーンか開封してみようぜ」
「えっ、ああ……」
心春の言葉に促され、ポケットにしまっていたそれを取り出そうとした時だった。
「その人、引ったくりよ、誰か捕まえて!?」
その声に即座に反応する心春。
柚木はすぐ動き出した彼女の行動にただただ引っ張られる。
「やるよ、柚木っ」
「っ! お、おう……」
心春は向かってきていたサングラスをかけ、無精ひげを生やした中年男の道を塞ぐように前へと出る。
丸腰なのに、さっきまでとは別人のような鬼気迫る気迫と構え。
それを身近で目の当たりにして、柚木は武者震いを覚えながら近くにいたカフェの店員さんから持っていた箒を借り受けた。
心春のその気迫に怯んだように男は一度足を止めるが、すぐに我に返り心春に向かってくる。
「交代っ!」
「おうっ!」
すうっと下がった心春と入れ替わるように今度は柚木が前に出る。
鋭い踏み込みから無防備な頭に向かって綺麗に面を放つ。
それは、男の動きを大きく鈍らせるには十分すぎる威力だった。
フラフラとした足取りで意識を保とうと必死に頭を振っているところを周りにいた大人たちが取り押さえる。
一連の動きを見ていた人たちからは自然と拍手が沸く。
「さっすが、柚木……やばっ、午後の授業に間に合わないじゃん。急いで戻るよ」
「えっ、おい……」
来るときと同じように心春に引っ張られていく柚木。
教室の時よりも凄い気迫だった。
しかもそれまでは完全オタだったはずなのに、なんて切り替えの早さだ。
試合じゃないけど、心春と一緒に振るう剣の楽しさを再確認した。
「やっぱり半端ねえや……」
「えっ、なんか言った?」
「いや、別に……」
手を引かれ目の前を走る心春を見つめながら、柚木は小さな声を漏らした。
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