第6話 朝、戸惑いと薄い本
心春と再会したその日の夜は、あれは本当に心春だったのかなと嘘みたいに戸惑っていた。
隈が酷いなと思いながらも、起き出して柚木は日課の朝稽古を行う。
この日のメントレ。昨日見た彼女の構えがまだ鮮明に残っていて、以前の心春をアップデートするようにイメージすると、驚くほどにぴったりと重なった。
「やっぱ、あの子は心春なんだ……」
そう思えば再会できた喜びが嘘のように湧いてくる。
「兄貴、嬉しそうな顔だね。行ってらっしゃい」
「おう、行ってきます」
妹に見送られて少し早歩きになって駅へと向かう。
電車を降りて、1つ大きなあくびをすれば脇腹に不意にパンチが飛んできた。
「おいーす。なんだ、今日は随分と締まらねー顔してるな」
「いてっ! おっす」
「柚木よぉ、俺に言うことはないのか? 友達だろうよ、隠し事はいけねーな、いけねーよ」
「心春のことか! 見てたろ、昨日の教室での立ち合い、悠斗ならあれだけで凄さがわかるよな!」
「お、おお、まあな……まさか柚木と対等に向かい合える子がいるとは思わなかったけどな……」
通学路を歩きながら、話題は昨日の教室での立ち合いの話になる。
「あいつすげえからな。うん、ほんとすげーんだ」
「入学式の日、勝ちたい女の子がいるって言ってたのは……?」
「心春だよ。だから、再会出来てすげえ嬉しい」
「まっ、見てりゃあそれは痛いほど伝わるわ。揶揄おうにもそれが出来ない」
そんな話をしていると、前方に女子グループで固まって登校してくるグループがあった。
話が盛り上がってるのか、明るい笑い声が後ろから聞こえてくる。
その真ん中で話していた心春に柚木は気がつくと、一目散に駆けてきた。
「おはよう、心春。あのさちょ」
「あー、おっはー、柚木。探す手間が省けたよ」
「んっ?」
心春が傍にいると思うと、なんだかそれだけで困惑してしまう。
「あはは、すごいクマできてる、ウケる。そうそう、渡すものがあるんだよ。これね、これね、薄い本だけどりよたんへの愛が濃縮されてる本で、とにかくエモいから読んで!」
「お、お前、こんなとこで……」
鞄に手を入れ出てきたのは薄い本だった。エッチい本と言った方がいいかもしれない。
それを周りに登校してきている生徒が居るにも関わらず、全く気にする素振りもなく柚木に手渡してくる。
「柚木、顔真っ赤じゃん」
「お前が薄い本などをいきなり渡すからだ」
「ちょっとだけページめくってみてよ。ちなみに表紙はエロさ抑えてあるでしょ」
「まっ、たしかに……」
「あー、先生に没収されないようにくれぐれも注意ねっ。それじゃあまたねー」
「没収されそうな物を持ってくるなよな。あっ、おい……」
色々と話したいこともあったのに、切り出す暇もない。
心春は用件だけ終えて走って先に歩いて行った女子グループを追いかけて行った。
何やってんだと思いながら、興味は全くなかったが、りよたんの笑顔が記されたその表紙を見つめる。
薄い本の話題は妹からも出ていない。これがどういう内容なのか柚木自身全く予想すらつかない。
読んでと言われれば読まないわけには行かない柚木は、まったく……と頭を掻く。
「こんな大勢のみている前でほんとすげえな、あの子は……」
「ああ……なあ、まだ朝のホームルームまで時間あるよな? どこか人目に付かないところ知らないか?」
「そうだなあ……この時間だと、あー、校舎北の非常階段のところは誰もいなさそうじゃね」
教室に行く前に、図書館などがある校舎北へと向かう。
柚木も悠斗もスポーツ推薦で入学したものの部所属が条件というわけではないので、各自で稽古や練習をしていることもあって、今のところ部には属してはいない。
それもあって、柚木は教室や食堂以外の場所は、これまであまり立ち入る機会がないこともありこんな場所あったんだなと誰もいない非常階段に腰を下ろした。
「はやくみよーぜ」
「お前、ノリノリだな……」
薄い本。
柚木とてそういうものに全く興味がないと言ったら嘘になるが、そういうものを購入したことはこれまでなかった。
心春はエモいと言ってはいたが、エロいだけなんじゃとたいして期待せずにぱらぱらとページを捲りだす。
だがひとたび捲り始めると、その内容にえっとなり、ページを捲る速度は落ち、いつしか最初に戻りじっくりと目を通し始めてしまった。
吹き込む風がときおり少し強くて、すぐにページが捲られそうになるのを両手で抑えながら、その1ページ、1ページに目を凝らし読んでいく。
「うおお、すげっ、これすっげえぞ、柚木」
「……」
「エロっ。りよたんってこんな可愛いのか……」
「……たしかにこれ、ただエロいだけ、じゃないな」
SPY×SISTER7話絶体絶命のりよたん拷問シーンのIFと思いきや、彼女の健気さや弱さ、そしてキャラへの愛がしっかりとエロを書きながらも表現されていて作家さんのキャラと作品への愛が感じられる作りになっていた。
「エロいだけじゃないけど、やっぱエロいな……」
いわゆるリョナシーンがやはり一番そう感じさせられたと思い、柚木は無意識にそう漏らした。
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