第3話 ガチのアニメオタク

 高校生活が始まり一週間が過ぎた。

 柚木は相変わらず朝と放課後は剣の稽古の毎日。

 教室の中ではいくつかのグループに別れつつあるが、まだまだ話す友人が少ない人も多い。


 当の柚木も新しい友達と呼べる人はおらず、なにかと悠斗と一緒にいることがほとんどだ。

 今日もその悠斗と電車内であったので一緒に登校している。


「ほら見ろって、柚木。校舎の周りをランニングする陸上部の生足、まだ大きい制服に身を包む女子高生、きりっとした佇まいで落ち着きがあり優雅さを醸し出す上級生……って、おら聞けや!」

「よくもまあ朝からそんな元気が出るもんだ」

「ばーか、可愛い子見つけたら自然とスイッチはいるんだよ。たくっ、おめーはよ、目立ちまくる女子じゃねーと見もしねーんだから」

「そんな子、ああ……」


 思い当たる女の子は1人だけ。

 たしかに、この1週間も彼女は柚木がついつい見てしまうくらいに目立っていた。

 体力測定でも好記録を出したと話題に上がっていたし、部活見学が始まったら運動部のあちこちからスカウトされているのを否が応でも目にし、相変わらず定期的に好きな作品の布教活動を行っていた。

 見た目はいかにもギャルぽい彼女だが、友達や先生に挨拶は欠かさないし、クラスメイトからも頼りにされているらしい、当番ならば率先して掃除している姿も何回か見ていた。


 階段を上り廊下に出れば、その彼女のよく通る声が響く。

 そのまま教室に入ろうとした柚木だが、悠斗に引っ張られ隣の教室の前に連れていかれる。


「な、なんだよ?」

「これからつまらん授業も聞くんだぞ。事前に目の保養くらいちゃんとして英気を養え。剣のことにしか興味ないお前でも可愛いとか、美人とかの判断は正確だろうよ」

「……んっ?」


 悠斗に顎を強引に向けられ、柚木の視線の先には心春と呼ばれていた彼女が映る。

 いつもはグループ内の中心にいるのに、今日はなんだか様子がおかしい。


 彼女を何人かの男子クラスメイトが囲んでいて、教室内から他の生徒はその様子を見守っているそんな感じだった。


「り、りよたんのことを知ったようにいうのはやめて欲しい」

「そ、そうだ。どうせにわか知識で……」

「それって2人もりよたんラブってことなの?」

「「……」」


 オタクの子たちが彼女を認めてなくて抗議しているそんな感じのようだ。

 当の彼女はやけに嬉しそうに問いかけ、男子生徒の2人は恥ずかしそうに俯く。


「黙っちゃうとわかんないじゃん。あっ、それとあたしは知ったかでもにわか知識でもないよ」


 ふふーんと得意げになった彼女は鞄からピストルを出して2人に向けて構える。

 それを見て唖然とする2人。


「そ、それは……」

「ま、まさか、あの抽プレ品の!」

「そっ。りよたん愛用の拳銃レプリカ。かっこいいっしょ。ふっ、これくらいで驚いてもらっちゃ困るなあ……」


 心春は次々とポケットや鞄の中に手を入れ、グッズらしきものをあたりに並べていく。

 その中には萌々が持っているため、柚木が見慣れている物もいくつかあった。


「そ、そんなグッズを持ち歩いているからって……」

「じゃ、これはな~んだ?」

「っ! まさか、第一回スパシス検定、その合格書!」

「ふふふ、そのまさか。どう、これで信じてくれる?」

「い、いやいや、君みたいな目立つ子がSPY×SISTER好きなんて……」

「それ偏見でしょ。ギャルでもアニメ好きでりよたん好きな子たくさんいるし。もち、周りに布教しまくってるしね」

「「っ!」」


 心春は片目を閉じてウインクする。

 その持ち物や言動だけでは、彼女のキャラ愛が本物だということをまだ囲んでる男子はいぶかしんでいる様子。


「疑り深いなあ……しょうがない、あたしがスパシス好きで、りよたん推しだって確固たる証明。特別に見せてあげるよ……じゃ~ん!」


 彼女はブラウスのボタンを外し、勢いよくその下に来ていたTシャツを露にする。

 そこには拷問を受けているような肌が異様に露出した女の子がプリントされていて、間近で見ていた柚木達も思わず声を上げそうになる。


「そ、それは、スパイ×シスター7話の伝説の場面!」

「そ、それを、が、学校に……神ッ! 失礼しました」

「いいよ、いいよん。りよたん好きに悪い人いないしょ。いつでもりよたんの話しようよ」


 がっちりと握手をする彼女たち。どうやら疑っていたアニメ好きな男子にも伝わったらしい。

 申し訳なさそうな顔をしている彼らをなんだか明るく照らしているような、そんな気がする。


 トラブルが起きそうで、起きる前になんだかんだで自己解決してしまう、柚木にしてみれば少し危なっかしいがそんな女の子だった。

 一件落着と顔を見合わせ教室に入る柚木たち。

 自分の席に着こうとした瞬間、ぽたりと鼻血が垂れて来た。


「おいおいおい、なにも鼻血まで出すことねーだろ。ブラまで透けてたの見えちまったか?」

「なに言ってやがる……朝の稽古やりすぎて、ちょっとのぼせ……」

「お前も立派な男子だったんだな、柚木。俺は安心した。彼女はハードル高そうだからな、心して挑めや」

「お前、何言って」


 柚木が訳の分からないまま、すべてを悟ったという顔で悠斗は自分の席へと向かう。

 この後、柚木は放課後まで悠斗に事あるごとに揶揄われまくった。



 ☆☆☆


 その日の夕食。

 妹の萌々はりよたんの新しいTシャツを着ている。

 一瞬鼻に手をやりながらも、なんとなく気になる柚木。

 廊下で心春が見せていたTシャツとは絵柄も文字も違う。

 あれは凝視出来ないくらい、やたらとインパクトのあるものだった。確か男子生徒が……。


「萌々、SPY×シスターの7話ってどういう話だったっけ?」

「7話、絶体絶命のこと? 珍しいじゃん、兄貴からスパシスの話題が出るなんて……」

「まあ、ちょっとな……」

「剣道以外のことにやっと関心を持ったなら萌々は嬉しいよ……論より証拠だから、一緒に見よ」


 萌々はDVDを取りに二階に駆けあがる。

 りよたんが活躍する7話がどういうものだったかわざわざ映像をみせてくれるらしい。

 内容もすべて把握していて、解説も的確だった。


「ここの悪者たちの拷問してるシーン、ここね、ここ! りよたん好きが絶賛してるのは制服の破れと下着の透け具合がめっちゃリアルでほんとぎりぎりのところまで攻めてることもあって」

「あー、この場面だったかも……なあ、このシーンもTシャツ販売されたのか?」

「うん、されてたけど即完売しちゃって今じゃプレミアついてる。萌々でも買えなかった」

「……そのTシャツをだな、学校に着て来たらどう思う?」

「……いやいやいや、そんな人いないでしょ。絶対にいないよ。兄貴あほだな」


 少しの沈黙の後、萌々はそう言い切る。

 柚木から見て、萌々は熱狂的なりよたんファンだ。でさえ、この引くような反応……。


 見た目も変わり、中身は妹も真っ青なガチオタな子があの心春のわけがないなと改めて思う柚木だった。

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