第2話 つい見てしまう目立つ彼女

 その日の夕食時。

 柚木は目の前の妹の萌々のはしゃぎ様をジト目で眺めていた。


「今週もりよたんかわゆす!」

「……毎週、よくそこまでのめり込んで観れるもんだ」  


 ILOVEりよたんと描かれたTシャツを着た妹の萌々。

 SPY×SISTERを観るときはいつもこの格好だ。

 萌々はテレビ画面に夢中で時折感嘆の声を漏らしてはその度に箸を止め、スマホでSNSに書き込む。食事もなかなか進まない。

 食べるなら食べる、見るなら見るでどちらかにして欲しいが、曰くスパシスファンの間では食べながら見るのがマストらしい。

 やがて画面で制服姿の女の子が大盛りごはんをかっ食らい始めた。萌々もそれにならってごはんをかき込む。


「おかわり! んっ、んんっー……」

「お、おお……ほらお茶、ちゃんと噛んで食べろよな」

「いいからごはんおかわり! りよたん補給シーンが終わっちゃう!」

「はいはい」


 柚木は呆れ気味にご飯をよそい萌々に渡すが、そのときお茶碗を渡す手に妹の手が触れた。

 すると萌々はおでこをもう片方の手でとんとんと叩く。

 柚木の顔がますます呆れたものになる。


「読めるか、バカ!」

「だよねー! でもさ、りよたんは――」

「はいはい」


 萌々のアニメ好きのエネルギーは凄いなと改めて感心しながら、少し微笑ましい気持ちになった柚木だった。



☆☆☆  



 翌日、いつも通りの朝稽古をこなし登校する。

 学校は正直面倒臭いが、将来的なことを考えるとそうは言っていられない。

 今日も放課後は道場に行くつもりだ。

 そろそろ新しい入門生がくるかもしれない。もしかしたら凄く強い人や、彼女・・がくるかも――そんなことを淡い期待を思い巡らせながら階段を上がり、廊下に出れば朝からやけに元気な声が聞こえてきた。


「おっはよー!」

「お、おはよう」

「おっはー!」

「お、おはようございます」

「はよーん!」

「は、はよん?」  


 誰構わず、惜しみなく笑顔を振りまいている子が目に入る。

 昨日の、彼女だった……。

 どうやらすれ違う人に無差別に握手を求めているらしい。


「おはよっ!」

「お、おはよう……」


 彼女はえいっとばかりに柚木にも勢いよく手を出してきて、ぎゅっと目をつぶり、おでこを人差し指でツンツンし始めた。

 女の子らしい小さく柔らかい手、それを握っただけでドキリとしてしまう。

 だがその行動には既視感があった。

 昨夜の萌々のそれであり、眉間に皺が寄る。


「えっと……」

「あ、おっはよーっ!」

「……ぁ」


 そのことをたずねようとするも、次に見つけたターゲットに去っていく。

 柚木は何とも言えない思いを胸に渦巻かせながら、


「なんだよ、もう」


 といって自分の教室へと足を向けた。

 教室に入れば、やけに男子の声が熱を帯びていた。


「入学早々いい事あったぜ!」

「なんか和気あいあいとしてて可愛くねーか、あの子」

「俺への握手はたぶん特別だったと思うぜ」


 どうやら彼女はクラスメイト全員に同じことをしたらしく、話題になっているようだ。

 それをバカ男子と言いたげな女子の冷ややかな視線が対照的だ。


「柚木、柚木、入学早々隣のクラスのめっちゃ可愛い子に手握られちゃったぜ。やっぱ共学最高じゃねえか。俺にも春が来たってことだよな、なっ、なっ!」

「……悠斗、浮かれちゃってるとこ悪いが、あれはたぶんアニメのキャラの真似だ」

「えっ!?」

「ほらみてみろ」


 くいっと廊下に視線をなげれば、彼女はまだすれ違う人やクラスメイト問わず同じように握手を求めていた。


「やばっ、りよたんみたいに心読むこと出来ないんですけど!」

「心春ちゃん、またやってる……スパシスの放送後はいつもそうなんだから!」

「あっ、涼子おはよう。りよたんと同じ高校生になったんだしさ、ワンチャンあるかもじゃん」


 彼女が友達らしき子とそんな話をしているのが教室に居ても耳に届く。

 悠斗が呆然としている様子が少しおかしかった。



 昼休みになり、悠斗と2人学食に行ってみることにする。  

 中学と違い学校に食堂があるということ新鮮で、何だかワクワクしてしまう。  

 スタッフさんの手際がよく混雑も何のそのとばかりに、数分で注文を終えられた。

 ランチが乗ったお盆を手に、空いているテーブルを探していると、随分と騒がしい一画が目に留まる。


 悠斗と顔を見合わせそっちに行ってみると……。

 そこにはお肉ばかり頼んだ、運動部男子が食べるにしても3人前はあるかのような量を前にする、彼女・・ がいた。

 そしてそのメニューにもまたしても既視感がある。

 昨日のスパシスのそれだ。マジか、この子と思う。

 だが周囲はまるでフードファイトを見守るような目線で彼女を見守っている。


「はぐっ、はむっ、んぐっ、んっ、んっ、はむっ……っ!」


 最初は意気揚々と食べていた彼女だが、柚木達が食べ終わったころにはその表情はだいぶ雲行きが怪しくなっていた。


「がんばれー!」

「自分に負けるなーっ!」


 いつの間にか彼女を見守るギャラリーが増えていて、自分のことのように熱く応援してる子までいる。

 そんなだからか、柚木達もその場を離れられずつい見入ってしまう。

 お腹を擦ったり、深呼吸したり、水を飲んでみたり、ちょっと休憩しながらも彼女は食べることを止めない。

 やがてチャイムが鳴る寸前、


「ごちそうさまでした!」


 苦しみながらも笑顔を作り完食を果たした。


 周りからは自然と拍手が湧き、学食のスタッフさんも労い、その盛り上がりときたら、なんだかショーでも見せられたようで……柚木があっけにとられたほどだ。


 悠斗と顔を見合わせた柚木は自然と労いの拍手をした。



 放課後になり、道場に行こうと校舎を出て校門前に近づいたところで、何やら人だかりが出来ていた。

 どこかの部活の勧誘かと覗き込んでみれば、


「これ、あたしの推しのりよたんが主役のスパシス、こっちはヒロインのあすみたんが可愛すぎてやばいりそヒロ、それでね、こっちのが……」


 心春と呼ばれていた彼女が、どこからか机を引っ張り出して、自分の好きなアニメ作品の原作ラノベを両手に持って熱弁を振るっていた。用意してきたのだろう、服装も制服のブレザーだったのか、りよたん命というTシャツに変わっていて、何だか本気度が伝わって来る。


 机には許可は取ってありますと可愛らしい文字が躍った張り紙がしてあった。

 彼女がいる場所も校門の端っこに位置し、これなら邪魔にならないというベストポジション。


 熱の入った彼女の話に、つい柚木も足を止めてしまう。


 何冊か布教用の作品も用意していたようで、貸出までしてくれるらしい。

 一番前で話を聞いてくれいた生徒に最初の一冊を手渡ししようとしたときだ。


「目立ってるね~1年生。つーか邪魔」

「……」


 上級生の女性の先輩方だろう、彼女が持っていた本を勢いよく叩き落とした。

 ムッとして怒ってもおかしくない状況だった。

でも彼女はあれ? というふうな顔をして下に落ちた本を拾う。


「食堂でもえらく目立ってたの、あんただよね」

「あっ、この流れは……もしかして先輩たちもスパシス好きですか?」


 文句をつける気満々な人たちに対し、彼女は臆するどころか嬉しそうな顔でその手を両手で握りしめる。

 周りで見ている生徒たちも顔を見合わせたり、首を傾げたり、ポンと手を叩いたり、その行動の意味が分かる人も何人かいたようだ。


「なにがスパシスだよ。あたしらはそんなのに興味もないってえの」

「またまた、わかってますって」


 明らかに馬鹿にされていたが、彼女はふうと一息してその表情は一変した。

さっとネクタイを掴んで引き寄せ至近距離から、その耳元に告げた。

 その声と態度に先輩たちは怯えたような顔をする。


「大好きなもの馬鹿にするなら、潰しちゃいますよ」

「っ! ちょ、ちょっとからかっただけ……」

「どうですか、似てました? ガチで怒ったりよたんの真似……あれ、って先輩、なんで後退りなんて、えっ、ちょっと!」


 おずおずと彼女を見ながら遠ざかって行く先輩たちはやけに滑稽に見えた。

 いちゃもんをつけに来たのに、彼女は先輩たちを演者と勘違いし、入学早々絡まれてしまうりよたんのワンシーンをものの見事に演じたんだ。


 その演技の結果として何事もなく遠ざけることになった。


「うわー、怒った時のりよたんそっくり」

「すげえのみたわ」

「あなたいい! アニ研にぜひ欲しい人材」


 それを見ていた周りの生徒たちはと大盛り上がり。


「どうも~です」


 当の本人は満更でもないようで、ちょっと照れながらもVサインで応じている。

 

「そういえば、今日は事あるごとについ彼女を見てしまった……」


 柚木はと言えば頭を掻きながらそう呟いていた。

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