昔、竹刀を交えた清楚な幼馴染と高校で再会したら、見た目はギャルで引くほどのアニオタになっているんだが~えっ、今はガチで声優やってるって、マジっ!
滝藤秀一
第1話 似ても似つかないギャル
剣鬼の弟子というアニメのキャラ
幸いにして柚木には才能があるようだった。
振れば振るほどめきめき実力を伸ばし、年上の中学生だって打ち負かす。
思い通りに剣の軌跡を描ければ、紬になれるような気がした。 ――あの、少女と出会うまでは。
桜の花が綻び始めるある早春、とある県立の体育館。
目の前の相手はまるでアニメのキャラのような自由自在な剣を振るう。
剣道を始めたきっかけがまるで目の前にあるようだった。
こんなふうに出来るんだと思えば、一段と柚木の気持ちが高まっていく。
『勝負あり!』
初めての敗北。だけど、悔しい以上に剣道が楽しいと思った。
そう思わせてくれる相手だった。
『あんなにこっちの技を受けられたのは、君がはじめてだよ!』
『お、おう。俺もあんな剣は初めて味わった』
面を脱いで駆けてくるその人物は綺麗で――。
艶のある黒髪が靡き、大きくて少し潤んだ瞳が柚木を見つめている。
その表情は明るく、暖かく、そして剣と同じくお日様みたいに輝いていた。
『ふふーん、君の剣すっごく楽しかったよ。また試合しようね!』
『さ、さっきのはちょっと油断しただけだ。次は負けねーぞ』
『望むところだよ。じゃあ、再戦の約束』
差し出された小指をみつめそっぽを向きながらもゆっくりと絡めた。
ただの約束。それなのに、こんなにも胸がドキドキする。
幼い柚木にはその意味は解らなかった。
それまではただ力任せに振りぬくスタイルだったが、彼女にはそれでは勝てないと悟り、この日から考えて、考えて毎日の稽古に取り組む。
だが今日こそはと思った時、彼女は試合会場に顔を見せなくなってしまった。
それでも心春の剣に憧れ、彼女の姿を来る日も来る日も追い続ける。
それはもう5年も前の話。
そして、今年も桜の季節がやって来た。
☆☆☆
入学式を控えた朝、そんな日でもどうしても負けたくない女の子がいる柚木は練習を欠かさない。
庭先に響くヒュン、ヒュンとリズミカルで心地いい風切り音。
前後に移動しながらの素振りで、体に余計な力が入らないように、膝を柔らかく使って腕だけでなく色々な筋肉を使う、早素振りと言われるものだ。
その運動量だけでも相当なものだが、事前に準備運動として5キロのロードワークをしていたこともあり、自然と衣服と真下の地面は滴った柚木の汗で湿っている。
それでも呼吸は乱れていない。
「498,499,500……!」
やがて己に課した既定の回数を終え、ふぅと一息ついて今度は見立て稽古に入る。
いわゆるイメトレだ。思い浮かべる相手は未だ一度も勝利したことのない女の子。
先ほどまでとは違い微動だにしていないにも関わらず、表情は歪み呼吸はどんどん乱れていく。
「……っくそっ!」
やがて彼女の影に一本取られ、悪態を吐く。
どれだけ勝ちたいと願い練習を重ねても、イメージの中でさえ勝ち筋が見えない。
彼女は柚木にとってそれほどの相手だった。
「はあ、なんで入学式の日にそんな汗だくになるかなあ……」
「わぷっ!?」
一息を吐いたタイミングを見計らってタオルが投げ込まれる。
視線を上げると呆れたような妹の顔があった。
「もう結構いい時間。朝ご飯は
「お、おう……って、これなに?」
「この前の兄貴が出場した大会の記事」
「ああ……」
妹に渡された記事に軽く目を通す。
そこには、
『倉木選手、圧倒的優勝』
『正確無比』
『まるで機械』といった賞賛の言葉が躍っている。
しかしそれを読んだ柚木はさもつまらなさそうにくしゃりと顔を歪め、リビングに5年前から1つずつ増えていく優勝トロフィーへと視線を移す。
「あいつのいない大会で優勝してもなあ……」
柚木が寂寥感の混じったため息を零すと共に、台所から呆れた声を投げかけられた。
「……兄貴、まだシャワー浴びに行っていないの?」
「っと、今行ってくる!」
☆☆☆
朝食終えると、慌てて鞄を引っ掴み、萌々に見送られ家を出る。
40分ほど電車に揺られ駅の改札を出て学校へと向かう。
周りをみれば同じ制服を着た生徒ばかり。左右をやけに見回していたり、表情が硬くっている人、そうかと思えばやけに明るい笑顔を浮かべ早歩きで学校に向かっている子もいた。
入学式ともなればそういう反応が普通かもしれない。
だけど、そんな中柚木はといえばスマホで次の大会について調べていた。
GWに近隣の県からも出場者がやってくる、かなりの規模の大会がある。
練習も順調だ、優勝も難しくないだろう。
そんなことを思っていると、長い黒髪の女の子が目に入った。
それはかつてのライバルと同じ髪型。
一瞬期待をして思わず見つめてみるも、彼女ではなかった……そもそも運動とは程遠い体型だ。
そんな自分に呆れつつ、思い出したかのようにスマホで、
『剣道、大会、女子、中学生』と検索する
何やってるんだと思いつつも、定期的によく調べていた。
案の定彼女の情報は無くて、落胆と呆れのため息と共にスマホを握りしめる。
そこへ、中学のころから知っている友人に声を掛けられた。
「よう柚木、高校の入学式なのによ、随分と辛気臭い顔してるじゃねーか」
「……悠斗か。春休みが終わって練習時間が減って気が滅入っている」
「相変わらずおめえは……おっと練習相手に誘うなよ。俺は汗臭い剣道辞めて華麗なる水泳に転向したんだからな」
「お前なら剣道との掛け持ちも出来たろうに……まあ、水泳はいいよな。足腰も鍛えられるし、水中は思った以上に体に負荷がかかるからな。俺もトレーニングメニューに組み込みたいくらいだ」
柚木の隣にやって来た悠斗は肩を組み、大真面目な顔になる。
「……柚木よ。とりあえず、剣やそのトレーニングから頭を切り替えろ……周りを見てみろ、うちの制服可愛いし、女の子のレベルも高いっていうぜ。せっかくの高校生活、もうちょっと異性を意識した方が健全で明るくなるとは思わねーか?」
「女の子、か……倒したい女の子なら俺にもいるぞ」
「それだそれ! そう言う話をしようぜ……はっ、なんつったお前? 倒したい女の子?!」
悠斗は目を丸くすると共に、相変わらずの調子の柚木に、こりゃだめだと肩を竦めた。
☆☆☆
入学式が行われた体育館は中学に比べればやたらと広い。
先生や生徒の代表挨拶を聞きながらも、ここで剣道の試合をしたら同時に何試合出来るかなと考えたり、朝が早かったためか欠伸が出てしまって、次第に柚木はうとうとしてしまった。
気がついたら式が終わっていて、教室に戻ればやけに室内は騒がしい。
「よろしくね、連絡先交換しようよ」
「電車通学! 俺も俺も、今日一緒に帰ろうぜ」
「えっ、駅前にカフェあるの。あとで行こ、行こう」
朝はあまり会話も弾んではいなかったが、自己紹介を経てみな距離を縮め始めているようだ。
それでもまだよく知らないクラスメイトと打ち解けるための話が聞こえてくる中、柚木はと言えばせっかくの午前中終わり、道場にでも顔を出すかと思いを巡らせている。
「またその顔は剣のこと考えてんな……クラスの懇親会やるって言ってるぞ。行かねーか?」
「いや、乱取り稽古ならいくけどな……」
「……聞いた俺がアホだった」
あきれ顔の悠斗を横目に廊下へと出れば、そこにはすでにホームルームの終わった他クラスの人たちで溢れかえっていた。
何人かのグループがいっぱいあって、そのほとんどがこれから出かける場所について話しているようだ。
その中でも一番人数の多いグループの盛り上がりはすごかった。
「りよたんがクレープ食べるとこが毎回神なんだよ。口の周りいっぱいにクリームついちゃってさ、それをぺろって、もうね、もうね、マジ可愛いの!」
その輪の中心にいる人の声になんだか聞き覚えがあって思わず立ち止まってしまう柚木。
「にしても、あんな自己紹介初めて聞いたよ、
「あたしを紹介するには、まずはりよたんへの愛伝えなきゃじゃん」
心春と呼ばれた女の子にまさかという想いで視線を向ける。
だが視界にとらえた刹那瞬きしてしまった。
目に飛び込んでくるのは、黒髪ではなく、亜麻色のセミロング。
おまけに少し緩めのパーマとウエーブを掛けていて、少しメイクもしているようだ。
そこに居たのは彼女と似ても似つかないギャルだった。
「……思い違いか」
柚木は自嘲気味に呟き、そのまま道場へと向かった。
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