第4話 大会と突撃
高校入学から1ヶ月余りが過ぎ、迎えたGWの休日。
柚木は剣道の大会が行われる総合体育館にやってきていた。
参加者は有段者、各種道場の推薦選手、その中には全国大会常連組も参加しており、関東の大会ではかなり規模の大きなものだ。
大手のスポンサーがこの大会を主催して、そのスポンサー企業の会長の娘さんはメディアにも取り上げられるほどの美人で柚木の知り合いだった。
この大会でいい成績を収めれば名門大学への推薦や、一流企業への就職も有利に働くとかで参加選手の目の色がいつもの大会とはなんだか違って見える。
試合開始前でもあちこちで気合の入った掛け声が聞こえ、大会慣れしていない人はそれだけで怯んでしまいそう。
そんな中でも柚木はいつも通りだった。
高校生ともなれば小さいころに比べ、男女で試合出来るチャンスがそうあるわけではない。
今回の大会も会場は同じだが男女別だった。
公式に試合は出来なくてもそれでも、もしかしたらという想いで今日も柚木は大会参加者を見逃すまいと参加者に目を光らせる。
「おら柚木、ついでに応援に来てやったぞ」
「えっ、悠斗、お前なんで居るんだよ……」
観客席に目を移せば、悠斗が2階の前の席から声を掛けてくれた。
「バーカ、俺の目的は決まってるだろ」
「まっ、なんとなく想像できるけど……」
試合開始が近づき始め、柚木は一つ深呼吸。
そして試合が始まると共に無心になる。
それは雑念を払い、今までの練習の成果を発揮する。
「しょ、勝負あり」
審判の言葉を聞いて一礼してからふうと息を吐きながら面を脱ぐ。
柚木の試合は他の試合よりも短時間で終わる。
それは大会の規模が大きくなっても、参加者が強者揃いでもあまり変わらない。
相手に打たれる前に、すぐに一本取ってしまうのでいつの間にか雷鳴とまで呼ばれていた。
柚木本人は理想の剣には程遠いと感じていて、他の参加者のざわついた反応とは裏腹にその表情はどこか冴えない。
「柚木、もうちょっと愛想よくしろよな……あの子も見てるかもだぞ」
「お、お前、う、うっせーぞ」
悠斗のからかいにも似た声にしかたなく片手をあげて応えようとしたのだが、余計な一言につい素の自分が出てしまった。
「
「んっ、まあ……。そっちも勝ったんだろ?」
「当然です」
「それにしては冴えない顔だが……」
試合時間までまだ余裕があるのか、
彼女とは昨年までよく男女混合の試合、それも決勝で竹刀を交えていた。
艶のある黒髪と清楚な佇まい、剣道を始めたのも中学からということだがその上達ぶりはすさまじく、まだまだ伸びしろを1番感じるのは彼女だ。
今日も強者揃いの相手にもかかわらず、柚木同様なんなく勝っていた。
奥歯を噛み締めたような顔でわからないのですかと迫る葵。
「あ、あなたと試合が出来なくてはそんな顔にもなりますよ。私は男子と一緒で構わないのに……」
「大会スポンサーの1人娘でも、さすがに融通は聞かないよな」
「そうですね、公式には……あなたこそ、さきほどご友人に見せた顔とはまるで別人ですよ」
「……そうでもないだろ?」
悠斗を見れば、「葵さーん」と大げさに手を振っている。
やはり見に来た目的は葵だったらしい。
悠斗の他にも観客席からの視線をたくさん感じる柚木。
剣道雑誌の表紙を何度も飾っている葵は、その強さもそうだが、美人でファンも多い。
本人曰く、私が表紙だと売れ行きが良いそうで……と恐縮しながら言っていたのを思い出す。
今日も勝利するたび、インタビューを受けていて彼女の存在は広い会場内でも柚木もわかるほどに目立っていた。
というか、カメラやインタビュアーの人がいるのは彼女が参加しているからではとさえ柚木は思う。
「そうでもあると思いますが……とにかく私以外にはくれぐれも負けないように、優勝してください。まあ、月間剣道誌の表紙は私が飾らせてもらいますけど」
「はい、はい……」
「そ、そういう態度が私を強くして、あなたを負けさせるということをお忘れなく」
「肝に銘じておくよ。そっちこそ、負けないようにな」
ツンとした態度で葵は柚木に背を向ける。
彼女なりの激励と思い、その背中に柚木も言葉を返せば葵はわかっていますと言うように手を振った。
迎えた決勝戦。
それでも柚木の剣道は特に変化はない。
試合開始の声と共に相手が勢いよく踏み込んでくる。
ここまで勝ち抜いてきた相手。竹刀を振る速度も踏み込みも鋭い。
それでも。
柚木の体は無意識に動いて、まるで機械のように反応してしまう守り。
攻めの方はと言えばほんの僅かな隙さえあれば、そこを逃さず今は打ち込めてしまう。
「勝負あり」
それが練習の成果と言えば聞こえはいいが、それでも柚木は思ったように竹刀が振れなかったと面の下の素顔にしわが寄る。
結果も出ているし、悪い剣道ではないのに何か物足りないことを実感してしまう。
試合後はそういうちょっとした不満との闘いで、それはいつものこと。
挨拶を終え、面を脱いで帰り支度を始めようとしていると、
「あの倉木選手、決勝を終えてお疲れだと思いますが、エキシビションということで、もう一試合お願いできませんか?」
「えっ、いいですけど、でも相手は……」
振り向くとヒュン、ヒュンと心地いい素振りの音が聞こえた。
決勝の相手よりも鋭いその振りに、好奇心を抱いた柚木はもう一度面をつける。
開始される試合。
振りも足運びも、そしてメンタルも今日戦った相手の中では段違いだった。
それでも、柚木はあっさりと一本取ってしまう。
勝負ありの言葉を聞いても、相手はその悔しさをかみしめるように固まっていた。
少し粗削りだけどすごい素質と伸びしろを感じた。今度戦うのが少し楽しみだなと思い、名前くらいは覚えておこうとあいさつの後、相手が面を取るのを待つ柚木。
「ま、負けました……」
「……葵だったのか」
男女別の優勝者と試合をすれば盛り上がる。そんな口添えがなされたのかと柚木は想像する。
同時にいらんこと言ってしまったなと後悔もした。
「この悔しさは、屈辱は、ぜったい必ず晴らしますから」
「お、お手柔らかに、また試合しようぜ……」
「そ、その余裕しゃくしゃくの表情、すごく腹が立ちます」
「あ、あのさ、向こうでインタビュアーの方がお待ちしてるみたいだぞ。ほ、ほら、お前の受け答え絵になるし、またファンも増えるだろうしさ、優勝の報告してきたらどうだ?」
「あ、あなたに負けてインタビューなんて受けられません! 勝ったあなたが受けてください!」
「はあ、なんで俺がそんなめんどくさいこと……」
葵の顔色を窺いながら火に油を注がないよう言葉を選んだ柚木だったがどうやらお気に召さなかったらしい。
彼女はむっとした顔で、インタビュアーを素通りするのかと思いきや、あろうことか何か言ってからこっちを指さして去っていく。
仕方なくも、柚木は慣れないインタビューを受けることとなった。
そのインタビューは誰が見ても素っ気ないもので……。
☆☆☆
翌日、優勝したことが大きかったのだろう。いや、受けさせられたインタビューのせいかもしれない。
柚木が教室に入るとあっという間にクラスメイトに取り囲まれる。
「昨日のインタビューみたよ。大きな剣道の大会だったんでしょ?」
「私なんて試合の動画もみたもんね。こうずばばばんって、打ち込んで、もう勝負着いたのって感じだった」
「やっぱすごい練習してるの?」
「いや、うん、大きな大会で、練習はそれなりに……」
それぞれからの試合の感想や質問。
柚木は苦笑いを浮かべながら一つずつ答えていく。
「また隙が無くなったな」
「そうか、な……?」
ひと段落したところでの悠斗の言葉に、自信を持って肯定できない柚木。
廊下がざわつきだしたのはそんな時だった。
「おじゃましまーす。あの、このクラスにくらきゆ……あっ、みーつけた!」
やってきたのは、あの心春と同姓同名なギャルの女の子。
悠斗がこちらを見る顔が嫌に憎たらしい。
悠斗には解けない誤解で揶揄われているのもあって、また面倒なことになりそうだと思う柚木。
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