4-3 スーパーハッカーではないのだから
休み明けの月曜日はアンニュイな気分になる。今週もまた授業が始まるのか。さっそく五日後の土曜日が恋しくなる。
ついこの間まで一ノ瀬さんが座っていた席を見ながら、昼休みが始まったばかりの第二美術室でそんなことを考えていると何の前触れもなくドアが開いた。入ってきた人物は、きょろきょろと美術室の中を見回すと向かいの席にちょこんと座った。
「えっと、たまこっちさ――「ミキ」――えっ?」
頭にクエスチョンマークを浮かべて混乱していると、たまこっちさんは何かに気づいたのか、スマホを数回タップしてその画面を見せてきた。表示されているのはメモ帳アプリで「御城たまこ」という文字が書かれていた。
「
ああ、そういうことか。何度もたまこっちさんと呼んでいたから教えてくれたのだろう。たしか、たまこっちさんのことを保健室の先生がミキさんと呼んでいた。あれは名前ではなく名字だったのか。
「ああ、よろしく
「マルチプレイ、しないの?」
御城が顔をこてんと傾けた。この前は反応が薄かったから、絶対に来ないと思っていた。これはいい機会かもしれない。マルチプレイをすることで御城さんのプレイヤー名を確認することができる。
「それなら、さっそく始めようか」
もしも御城さんがレフィーニャさんなら、俺がフレンドのニャンタだと教えることができる。そんな下心を持ちつつマルチプレイを始めると、御城さんのプレイヤー名がシステムメッセージで表示された。その名前は――
System:レフィーニャがパーティーに参加しました
いや、たまたま偶然天文学的確率で同じ名前を使っている可能性もある。俺のプレイヤー名を見て、御城さんが何かしらのリアクションをすれば確実に本人だと言えるはずだ。そう考えて目の前の御城さんを観察するが、御城さんは何事もなくスマホを見ている。
「……まだ?」
「あ、ああ。今からクエストを受けるから」
俺のプレイヤー名を見ても驚かないってことは同じ名前の別人なのか?
クエストを始めて自分のプレイヤー名を見た瞬間、俺はその理由を理解した。一ノ瀬さんとマルチプレイをした時にプレイヤー名をテトにして始めたのを忘れていた。クエストは順調に進み、数回クリアすると昼休みが終わる十分前になっていた。御城さんの操作やクエスト中の動きから、御城さんがレフィーニャさんなのは確実だろう。
「御城さん、頼みたいことが……いや、なんでもない」
教室に戻ろうとした御城さんを引き留めたものの、思い直して最後まで伝えるのをやめた。七海の話では御城さんは友達が少ない。いつかチャットで発言していた「ついにニャンタ
レフィーニャさんに友達が多いという前提で一ノ瀬さんのことをレフィーニャさんに丸投げするという計画だったが、それが破綻してしまったのだった。
そんなことがあってから二日後。
「ごめんね、田中さん。やっぱり私は付き合えないから――」
昼休みに教室を出ようとしたら、下級生が白昼堂々と教室前で一ノ瀬さんに告白していた場面に出会うなんて。一ノ瀬さんは既に断るつもりのようだ。思わず教室に隠れて様子を見守る。
昨今では多様性の波がゲーム業界にも影響しているが、わざわざ他人に認めてもう必要などない。好きになった者同士で好きなだけ恋愛を楽しめばいいと思う。一ノ瀬さんが断る以上、この百合は悲恋で終わるのだろう。自分が断られるわけじゃないのに、胸が締め付けられるような切ない気分になる。
「――手伝いは、別の人にしてもらってね」
……ええ、知っていました。こんなことだろうと思っていましたとも。
「で、でもっ! 私は一ノ瀬先輩と作業したいんです!」
「えっと、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……」
「それならっ!」
「でも、私も自分の時間が欲しいから同じ生徒会の人に頼んだほうがいいよ」
今まで頼み事を断らなかった一ノ瀬さんが断るなんて。一ノ瀬さんは徐々に変わろうとしているのかしれない。でも、本人が変わっても周囲が変わらなければ結局一緒だ。そんなことをしても、今までと変わらない。それでも、このままじゃ駄目だよな。
俺は凄腕のスーパーハッカーでも何でも解決できる権力者でもない。大団円な終わりかたを求められても不可能。今からしようとしていることは、一ノ瀬さんはよくて転校、最悪の場合、不登校になる可能性があるのは理解している。理解しているが、それでも俺は――
―――――――――――――――
キャラクター紹介【御城たまこ Tamako Miki】
高校二年生。七海と同じクラスで「たまこっち」と呼ばれている。パソコン版のトラ猫ワルツを遊んでいてゲームでのプレイヤー名はレフィーニャ。身長は高校生にしては低く、本人曰く小六の頃の服をまだ着ることができるらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます