4-2 ななみん三十分クッキング

 たまこっちさんがレフィーニャさんだと決めるには、まだ判断材料が少ない。確かな証拠が欲しいところだ。そのためには――


「実はそれのスマホ版のベータテストに参加しているんだけど遊んでみる?」

「っ!」


 たまこっちさんが初めて俺の目をまっすぐ見た。気だるげに半分だけ開いた目が、心なしか輝いている気がする。パソコンの電源を入れて数秒待つ。いつもなら一瞬で起動できるのに今日はやけに起動が遅い。


 そういえば、このパソコンは古いパーツで組んだものだ。いつも使っているものは分解掃除をするために配線を外している。ようやくデスクトップが表示されると、たまこっちさんが呟いた。


「起動、はやい」


 どうやら俺とは違い、早く感じたらしい。


「最近のパソコンと比べるなら、むしろ遅いほうじゃないか?」

「そうなの?」


 ようやく会話らしい会話が出来たことに感動して、ついパソコン談義を始める。


「このマザボは古いから第二世代のSSDまでしか対応してないし、M.2エムドットツーを積んでるパソコンならノートでもこれより早いはず」

「えす……えむ?」


 その単語だけを切り取られるとキケンな香りがするんだが。たまこっちさんが未知の言語を聞いたかのように目をまわして混乱している。起動時間を気にしていたから、パソコンに興味があるのかと思ったが、そこまで詳しくなかったらしい。


「えっと、たまこっちさんのパソコンは起動にどのくらいかかる?」

「一分くらい?」


 話してみてなんとなくわかってきた。たまこっちさんは自分から話さないだけで、答えやすい質問なら答えてくれる。聞かなくても勝手に話してくる七海とは正反対の性格だ。俺が色々と考えている横で、たまこっちさんは渡したタオルをペタペタと押し当てて髪の毛を乾かしている。


「たまこっちさんは……いや、トラ猫ワルツを入れるから少しだけスマホを貸して」


 今、レフィーニャさんかどうかを聞けば答えてくれるかもしれない。でも、もしも違っていたら恥ずかしいという気持ちが勝ち、聞けなかった。たまこっちさんのスマホにトラ猫ワルツのデータを入れてインストールする。


「はい、これで終わり」

「ありがと」


 ここで一緒に遊んで名前が確認できれば、レフィーニャさんかどうかがわかる――


「試しに一回遊んでみる?」

「……ん。帰る」


 ――はずだったのだが、たまこっちさんは帰る準備を始めた。その相槌は否定の時も使うのか。このままだと目的が果たせない。


「そうだ、マルチプレイをテストするために昼休みに第二美術室で遊んでるから、気が向いたら来てくれると助かるんだけど」

「……ん」


 これは肯定か否定どっちなんだ。聞いたら強制しているように聞こえてしまうし、ここで強引に誘っても逆効果だよな。でも今日一番に反応が薄かったし、これは否定のほうなのか?


 たまこっちさんが帰った後、入れ替わるように七海が家にやって来た。


「すばるんからレインが届いたんだけど、なにか用事?」


 レインで返せばいいものを、わざわざ家に来るあたりが七海らしい。まあ、自分でレインが起動できなかったのだろう。問題が解決したこともレインで送ったはずなんだが、どうやらそれは無意味だったらしい。案の定、レインを確認すると、どちらも未読状態である。


「あー、うん。もう終わったから帰っ……」


 帰っていいぞと言いかけて途中でやめた。なんで七海の後ろに母さんがいるんだ。俺の目を見て何かを悟ったのか、母さんがその答えを教えてくれた。


「帰ってる途中で、ななちゃんと会ったの。せっかくだから夕飯の買い物に付き合ってもらったのよ」

「そう……なのか。いや、七海がこの前言ってたスープカレーを食べてみたいなと思ったんだよ。でも夕飯の献立が決まっているなら別にいいかな!」


 咄嗟に考えたにしては上出来だ。別にカレーを食べたい訳じゃないし、今からカレーの材料を買いに行くのは面倒なはずだ。


「すばるんがカレーを食べたかったのなら、ちょうどよかった!」

「ん? 何がちょうどよかったんだ?」


 不穏な空気を感じて聞き返す。


「今日買ってきたもので作れるよ、スープカレー。すばるんのお母さん、今日の夕飯を私が作ってもいいですか?」

「それは助かるわ。男手が欲しかったら昴をこき使ってちょうだい」

「はーい。ほら、すばるんが食べたいって言ったんだから一緒に作ろ♪」

「おい、待てって。俺は手伝うなんて一言も……」


 あれよあれよという間に話が進み、七海の助手にされた俺はキッチンに立つことになってしまった。別に料理は女がするものだという古い考えは持っていないが、料理なんて学校の調理実習でやったことがあるくらいで、家ではただ焼くだけとか電子レンジ調理レンチンしかやらない。


 そんな俺が台所に立ったところで、ぼっ立ちしているだけの存在にしかなれない。ぼっちだけにぼっ立ち。あはは、笑えないぼっちジョークだ。乾いた笑みを浮かべていると、隣でてきぱきと料理をしている七海に怒られた。


「そこでじっとしてないで、すばるんも手伝ってよ!」

「俺は普段、料理をしないから何をすればいいかわからないんだが」

「そうなんだ。それじゃあ辛口のカレールーがあったら持ってきて」

「それは母さんが知ってるから母さんに手伝ってもらえば――「昴、カレールーは流しの向かいにある棚の下の段に入っているわよ」――はいはい、わかったよ」


 母さんに言われた場所を探してカレールーを手に取ると、ふと七海が高校で言っていたことを思い出した。


「なあ七海、スープカレーは固形ルーを使わないんじゃなかったか?」

「そうだよ。私だって本当はスパイスで作りたいけど、急に食べたいって言い出すから。本当は私特製の配分でスパイスを入れたいけど、家まで取りに行くのが面倒なんだもん。カルダモンにターメリック、コリアンダーでしょ。それにガラムマサラを入れたいのを我慢してるんだよ?」


 子供の頃よりもカレーの知識が増えて、マニアレベルに達している幼馴染に感心しつつ同時に呆れてしまう。面倒って、七海の家はすぐ隣だろ。スパイスを入れたいなら持ってこいよ。ターメリックとコリアンダーがカレーの香辛料なのは、知識がない俺でもなんとなくわかるが――


「……ガラムマサラってなんだ? ゲームの技名?」

「ガラムマサラは、最強スパイス!」


 なるほど、わからん!


 俺がいま話しているのは七海だった。カレーが美味しくなるのなら材料の詳細は気にしないのだろう。切れ目を入れた鶏肉に謎の粉をもみ込んでいる七海の元へカレールーを届けると、次はじゃがいもをラップで包んで電子レンジで加熱しろと命令されて、渋々作業を続ける。


「すばるんのお母さん、クミンってどこにありますか?」

「前に買ったはずだけれど、調味料棚にないかしら?」


 クミンと書かれた容器が調味料棚にあるにも関わらず、七海はどこだろうと明後日の方向を探している。仕方なく代わりに手にとって七海に渡す。互いの手が触れた瞬間、七海が手を引っ込めた。何を今更、女の子っぽいことをしているんだ。


「あっ、ありがと」


 この機会に、たまこっちさんのことを聞いてみるか。


「なあ、たまこっちさんって友達が多いのか?」

「えっ、たまこっち? 教室では私と一緒にいるけど、友達は少ないんじゃないかな? あっ、でも、すばるんよりは多いと思うよ」


 最後が一言余計だ。でも友達が少ないというのならレフィーニャさんではないのだろう。もしかしたらネットやSNSで性格が変わる可能性もあるが、レインすら使えない七海に聞いても仕方がない。


「……ねえすばるん。愛良様のことは諦める気になった?」

「まあ、俺にはどうすることもできないことだけはわかったかな」

「そっか」

「なんか色々ごめん。七海はポンコツなだけで、俺を心配してくれていたんだよな?」

「うん、そっか。わかったなら……って、私はポンコツじゃないもん!」


 七海の料理は三十分で終わり、完成したスープカレーはお世辞なしに美味しかった。結局、夕飯を一緒に食べた後も七海は夜遅くまで居座り、風呂に入ると言ってやっと自分の家に帰っていった。


 風呂上がりにパソコン版のトラ猫ワルツを起動すると、すぐにレフィーニャさんからチャットが届いた。


 レフィーニャ:スマホ版、手に入れちゃったにゃ♪

 レフィーニャ:まだテストプレイ用だからパソコン版のセーブは引き継げないみたい。ニャンタに渡すのは難しいかも


「……七海の友達がレフィーニャさんだったなんて、そんな偶然ありえるのか?」


 ここまでタイミングがよすぎると、そう断言せずにはいられない。でも性格が違いすぎる。少なくとも、たまこっちさんは明るい性格でもないし友達は多くないらしい。それに一度会話をしてみて、語尾に「にゃ」なんて冗談でもつけない子だということは理解できた。




 ―――――――――――――――

 今回のゲームネタ【ぼっ立ち】


 一言で説明すると、ぼーっと立っている状態のこと。


 人物やキャラクターがポーズを取っていない時にも使用されるが、恐らく格闘ゲームで生まれた造語がインターネットを通して浸透したのだと思われる。

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