3-7 レフィーニャの中の人
日曜日の夜、トラ猫ワルツのチャット欄を見て動揺した。
「ど、どうしてレフィーニャさんが、このことを知っているんだ?」
何もできない自分に苛立ちを覚えつつ、気晴らしにパソコンでトラ猫ワルツを遊んだ。いつものようにログインしたレフィーニャさんとチャットを始めると、この前話していたビッグニュースを教えてくれたのだが――
レフィーニャ:にゃんと、トラ猫ワルツのスマホ版があるらしいにゃ! ニャンタは知ってた?
パソコンの画面を何度見ても、そこに表示してある文字は変わらない。たしかにスマホ版は制作中。しかし驚かせるためにレフィーニャさんにはスマホ版の存在を完成するまで伏せている。
どこからその情報が漏れたんだ?
スマホ版を知っているのは一ノ瀬さんだけ……ってことは、一ノ瀬さんがレフィーニャさんだったのか?
以前、レフィーニャさんが席替えをしたと言っていたのは、俺のクラスの席替えと同じ時期だった。レフィーニャさんに友達ができたというのも、俺と一ノ瀬さんが初めて話した時期と一致する。
もちつけ俺。いやいや、落ち着け俺。
既にスマホ版を遊んでいる人間は「らしい」という言葉は使わない。確認をするためにキーボードに手を置くが、指が震えて上手く入力できない。テキストチャットで本当によかった。ボイスチャットだったら声が震えてレフィーニャさんが不信に思ったはずだ。
ニャンタ:初耳
レフィーニャ:あれ? ニャンタなら知ってるかと思って期待していたんだけど
ニャンタ:それってどこ情報?
レフィーニャ:学校で遊んでいる人を見かけたけど、アプリストアで探しても見つからなくて。だから詳しいことはわからない
一ノ瀬さんである可能性が消えた。そもそも、そんな運命的な出会いなんて俺に降ってくるわけがないよな。そのことに安堵する自分がいる。冷静になって考えてみると、レフィーニャさんは隣の席の女の子と友達になったと言っていた。
ニャンタ:遊んでた人って女子だった?
レフィーニャ:ううん、男の子だった。話を聞こうとしたけどまだ聞けてない
なるほど、俺が遊んでいるのを見たということか。つまりクラスメイトの中にレフィーニャさんがいる。大学生というのは嘘だったのだろう。それと同時に同時に不安を感じてしまう。ひとつ嘘があるのなら、他にも嘘をついている可能性がある。
性別も嘘――つまり、ネカマかもしれない。
いや、よく考えたら男だったらかなり嬉しい。別に俺は
でも、中の人に会うことで今までのレフィーニャさん像が崩壊すると思うと、知らないままでいたいのもまた事実。それに、レフィーニャさんは大学生と自称していることから、リアルは知られたくないのだろう。一ノ瀬さんの一件もあり、知ってしまうことを躊躇ってしまい、それ以上のことは聞けなかった。
翌日、昼休みの第二美術室で俺はやるせない気持ちでいっぱいになり、深いため息を吐く。それでもスマホを操作する手を止めないのは職業病だろう。ただのゲーマーなだけか。
一ノ瀬さんが忙しくなった原因の一端は、例の写真に一緒に写っている俺にもある。巻き込まれた形だとしても、事情を知ってしまうと罪悪感を覚えてしまう。他人の人生に影響する行動に責任なんて持てないし、幸か不幸か愛良様親衛隊は一ノ瀬さんを見守るだけのファンクラブでしかない。
「あっ、やっとにゃんスプーンが出た! 夜空くん、手伝ってくれてありがと」
盗撮については度が過ぎる行為だが、一ノ瀬さんが嫌がる行動は直接していないし、友達を作らせないというのも校内アイドルに悪い虫がついて欲しくないというファン心からくるものだと思えば納得はできる。
今まで一ノ瀬さんがファンクラブの存在を知らなかったのなら、俺が何もしなければ現状維持で卒業できるだろう。確定された許嫁との未来が待っている一ノ瀬さんにとって、高校で友達が出来ないくらい誤差だよ誤差。
「夜空くんはどの子に持たせたほうがいいと思う? ルカちゃんに持たせたいけど、ステータスが高いミケちゃんのほうがいいかな?」
「ああ」
「……ねえ、夜空くん聞いてないでしょ。そうだ、今なら何でも頷いてくれそう」
何やら不穏な言葉が聞こえてきて前を向くと、一ノ瀬さんが真剣な表情で悩んでいた。そういえば今日は一ノ瀬さんが来ていたのか。立て続けに色々なことが起きて、昼休みに一ノ瀬さんと過ごすことに安らぎを感じてしまい、つい自然体になっていた。
ここ最近、一ノ瀬さんは頼まれ事が増えてストレスくらい溜まっているはずだよな。ストレス発散に付き合うか。無理難題が飛んでこないように祈る。願わくは俺が可能な範囲の内容でありますように。
「これからは、その……名前で呼びあいたいんだけど……」
「えーっと、別にいいけど」
「……いいの?」
「まあ、そのくらいなら。愛良にどんな無理難題を言われるのかと思って覚悟を決めていたのに、本当にそれだけでいいのか?」
「う、うん。さっそく呼んでくれたのは嬉しいけど、もっとこう緊張とかして欲しかった。それで、その。す、昴くんは何を悩んでいたの?」
ファンクラブのことを考えていたなんて、口が裂けても言えない。何か話題はないかと画面を見るとポイントが貯まっていることに気づいた。フレンドと遊んだり、フレンドが登録している猫を、猫の手として借りると貯まるフレンドポイント。話題そらしにはちょうどいいか。
「こ、これで何を交換しようか悩んでいたんだ」
「そのポイント、私も貯まってるけど、どこで使うの?」
「この交換ショップで使えるから、好きなものを買うといいよ」
「おすすめはどれ?」
消費アイテムを交換すると節約になるが、始めたばかりなら猫が多いほうがパーティー編成の選択肢が増える。これだけ貯まっていれば、あの猫が交換できそうだ。
「俺も交換するところだけど、この猫はここでしか手に入らないからおすすめ」
「そうなんだ。それなら、この子にしようかな」
交換を終えたのか、一ノ瀬さんは嬉しそうに画面を見ている。
「こういうのって一緒に遊んでいる感じがして楽しいね」
「フレンド機能って、ぬいぬいにもあったんじゃないか?」
「あー、うん。似たような機能はあったよ。それに、フレンドにハートを送る機能もあったけど、遊ばないで私にハートだけを送る人がいっぱいいて……そ、そんなことよりも、さっきは何を悩んでいたの?」
ぬいぬいは愛良にとっての地雷だったらしい。盛大に踏み抜いた俺に、話題そらしという名のしっぺ返しがきた。悩み事がフレンドポイントじゃないのは気づいていたらしい。だがファンクラブのことは言えない。
ああ、そうだ。あれがあった。他にも悩みごとがあることに気づいた俺は、もう一つの悩み事を話すことにした。
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今回のゲームネタ【ネカマ】
ネットとオカマをかけ合わせた造語。オンラインゲームなどで、自分の顔や声がわからないことを利用して男性が女性になりすますこと。
逆に女性が男性になりすますことをネナベという。こちらはオカマから派生して生まれた、オナベという造語をかけ合わせている。
ヒロインがネナベで、ヒーローがネカマの恋愛漫画がアニメ化されたことから、昨今ではどちらも
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