3-6 愛良様親衛隊アプリ

「スマホの電源入れるのに手間取るような奴って七海の他にもいるのか?」


 ちょうどいいと思い、俺が無知なだけで七海のレベルが一般レベルなのか気になって聞いてみると、白木さんは苦笑いを浮かべながら答えた。


「ええっと、ノーコメントで……」


 沈黙とは時に残酷だ。答えられないということは同意しているようなもの。流石に目の前で話していたら聞こえたようで、頬を膨らませた七海が不満そうな顔でこちらを睨んでいた。


「それより話があるんでしょ。すばるん、早く廊下に行こ!」


 七海に腕を引っ張られ、強引に廊下へ連れていかれた。


「ごほん。それですばるん、私に話って何?」

「七海は一ノ瀬さんのファンクラブに入ってるんだよな?」


 七海が頷くと、疑惑が確信に変わった。やっぱりそうなのか。子供の頃から身長が高くてサイズがなくてかわいい服を着ることができなかった七海は、その反動でかわいいものや小さいものが好きなのだ。


 それは人間に対しても言えることで、アイドルは男性よりも女性を熱心に応援していた。同じ高校に校内アイドルが居ると知れば、七海にとっては格好の獲物……もとい、ファンクラブに入るのは当然の結果だろう。


「いつから入ってたんだ?」

「一年生の頃から。寝てたから聞いてなかったかもしれないけど、一人で入るのは怖かったから、すばるんも誘ったんだよ」


 まじか、全く記憶にない。その時は本当に寝ていたのだろう。


「この前の写真ってどこから手に入れたんだ?」

「ちょっと待ってね。うーん、どうやって見るんだろう。この前まではここを押すだけでよかったのに。わからないから、すばるんやって!」


 渡されたスマホを見ると、ホーム画面にショートカットが乱雑に配置されていた。七海が自分で配置するはずがないから、インストールをした時に自動配置されたまま放置しているのだろう。


 この大量のアプリから探すのは面倒だ。七海のことだから、あの写真は起動させたままにしているはず。画面下部のナビゲーションバーの四角ボタンを押すと、大量のアプリが表示された。


 いくらなんでもマルチタスクさせすぎだろ。まあ、アイコンから探すよりも楽ではある。アプリはホーム画面に戻っても終了しないでバックグラウンド見えない場所で動作を続けている。


 アプリを終了タスクキルさせながら調べていくと、目的の写真が表示されているアプリを見つけた。名前は「愛良様親衛隊アプリ」という名前のセンスが最悪なアプリ。それを起動してみると、どうやらSNSアプリのようで、そこには―――


「な、なんだよこれ」


 一ノ瀬さんの写真が投稿一覧タイムラインにぎっしりと並んでいた。どれもカメラ目線ではなく、隠し撮りをしたような構図になっている。事実、隠し撮りをしているのだろう。文字投稿もあるが、どれも一ノ瀬さんについての内容になっている。


 ファンクラブと言うには執着心がすごいというか、ある種の狂気すら感じるレベル。校内アイドルの追っかけアプリだとしても、していいことと悪いことがあるだろ。


「……すばるんは学校で目立ちたくなくて私を避けていたんだよね?」


 それは事実だ。沈黙を肯定と捉えたのか、七海が言葉を続ける。


「だったら愛良とは仲良くしちゃダメだよ。私も愛良様と一緒に買い物したいのをずっと我慢してるんだからっ!」


 また愛良か。というか私怨が駄々漏れなんだが。


「だったら誘えばいいだろ」

「出来るなら、そうしてるもん。でも愛良様はアイドルだから仲良くしすぎるとダメで……」

「アイドルとか関係なく、誰かと仲良くなるのなんて本人の自由じゃないか?」

「……あれ? そうかも?」

「問題解決だな。よかったじゃないか」

「えっ、あ。ううん、違うの。理由があって、確か許嫁がいるから仲良くしちゃダメみたいで……スマホに書いてあったからそれを読んで!」


 すぐにファンクラブの規則が見つかり、それを流し読みする。一ノ瀬さんが一ノ瀬グループのお嬢様だとは知っていたが、それを再認識させられた。俺たちが産まれる遥か昔に、この町の地主の三人兄弟に均等に土地を分け与えられた。その家が御三家と呼ばれているらしい。御三家とかポケ〇ンかよ。


 血の繋がりが薄くなった現在でも御三家は親戚としての繋がりがあり、一ノ瀬さんの許嫁が二宮家の跡取りだと書かれていた。流石お嬢様、許嫁って現代日本にもあったのか。ご丁寧に相手の写真まで投稿されていた。子供の頃に一ノ瀬さんと一緒に撮られたもので、相手は生意気そうだが、このまま成長すれば、さぞ立派なイケメンになっていることだろう。


 帰宅後、アプリストアで検索してみると普通に公開されていた。インストールしてみても会員じゃないと閲覧不可。まあ、これくらいの対策はしているよな。隠し撮り写真のSNSなんて集団ストーカー行為でしかない。赤信号をみんなで渡れば怖くないのかもしれないが、被害者である一ノ瀬さんが知ればよくて転校、最悪の場合、不登校になる可能性もある。


 二年生になったばかりの頃に感じた親近感は、ぼっち同士だったからなのか。俺の場合は自分の意思で作らなかったものの、一ノ瀬さんは作りたくても作れない。まるでゲーム感覚で一人の人間の人生を扱うアプリに憤るものの、俺ができることなんて限られている。


 そうか、ストアアプリならアレができる。いや、上っ面だけの正義感で行動したとして、その後に責任を取れと言われても俺には不可能だ。なぜなら一ノ瀬さんとは一ヶ月ちょっとの付き合いでしかないのだから。


 一ノ瀬さんは高校生活をどのように過ごしても、イケメン御曹司との約束された結婚生活が待っているのだ。このまま知らずに過ごしたほうがいいに決まっている。アイコンをしばらく見つめた後、俺はこのアプリをアンインストールした。




 ―――――――――――――――

 今回のゲームネタ【御三家】


 ポケットなゲームのシリーズで博士から貰える最初のモンスター。基本的には三匹のうち一匹を選ぶ。選ばなかった御三家が欲しい場合、昔は違うモンスターを選んだ友達と交換する必要があったが、現在はオンラインで知らない誰かと交換することができる。

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