1-2 ぼっちざあっしゅ

「あら、六月五日はあなたも休みなのね」

「平日だから昴は高校に行っているだろうし、たまには二人でどこかに旅行に行こうか」

「いいわね。日帰りで温泉旅行にでも行っちゃう?」


 一階のリビングのドアを勢いよく開けると親父と母さんがテレビを見ながら呑気にコーヒーを飲んでいた。まったく、俺は何を見せられているのだろう。この光景は学生の目には毒だ。いくらリモートワークだといっても、この夫婦は平日の朝にのんびりしすぎだろ。


 高校の授業もリモート授業だったら、俺も朝に優雅なティータイムができるというのに。いや、余裕が出来ても起きる時間が更に遅くなるだけか……って、今はそんなことはどうでもいい。


「母さんっ、今日が始業式なのを知っていたんだから、起こしてくれてもいいだろ!」

「やっと起きたの? 部屋の前で呼びかけても昴が起きなかったんじゃない。どうせ昨日も夜遅くまでゲームをしていたんでしょ」


 うぐっ、ぐうの音も出ない。母さんの的を射た発言に何も言い返せない俺を、親父がフォローしてくれた。


「別にいいじゃないか、昴の趣味なんだから。それに遅刻が多いようならパソコンを没収すればいいだ――「ああもう、行ってきますっ!」――遅刻するんじゃないぞー」


 親父め、俺をフォローしてくれたんじゃないのかよ。目の前のテーブルに置いてあった卵焼きをつまんで口の中に放り込むと、絶対に遅刻なんてするものかという強い意思を持って全力で走り出した。


 寝落ちなんてするんじゃなかった。ゲーム中に寝落ちする度に同じ反省をして、忘れた頃にまた寝落ちをするのは、ある意味様式美だよな。


 そんなことを考えながら肩で息をして、ひたすら走る。今なら高校登校RTAリアルタイムアタックの最新記録が出せそうだ。まあ、区間を決めて計測をしたことなんて一度もないんだが。


 ベッドで寝ることができず、ただでさえ疲労が溜まっている体を酷使すること数十分。校舎が見える距離になると、新しい制服に身を包んだ新入生がちらほらと増えてきた。昇降口で靴を履き替え、階段を二段飛ばしで駆け上がる。二年生の教室がある三階へたどり着き、額の汗を拭って一組の教室のドアを開ける。


「はぁ、はぁ……あ、危なかった」


 始業式はまだ始まってないようでクラスメイトが雑談をしている。先生不在の教壇に上がり、黒板に貼られたプリントを確認する。名簿順に指定された席の前後左右には知らない名前が並んでいた。それもそのはず、一年の頃の親友は一人だけだったのだから……いや、その数え方は間違いか。


 去年は本当に辛かった。毎日寝不足で休み時間はもちろんのこと授業中も寝て過ごしていた気がする。自分の席に鞄を置くと、ばたんきゅーと机に突っ伏す。しばらくの間、こいつが俺の親友になるのか。心の中で「よろしくな」と挨拶をする。


 疲労した体が休息を要求するかのように、重たい目蓋が自然と下がっていく。無機質な親友との親睦を深めていると、クラス替えに一喜一憂する声が聞こえてきた。


「……チッ。お前がこのクラスになったってことは、教科書が借りられなくなったじゃねーか」

「去年も思っていたけど、お前ってバカだよな。置き勉すればいいだけだろ。俺は去年そうしていたぞ?」

「あっ、そうか。お前、頭いいなっ!」


 いやいや、置き勉て。それは頭がいいのではなく頭が悪くなる方法だ。勉強は復習してこそ身に付くのだから。まあ、そういう俺も教科書を家に持ち帰らない派だから他人の事は言えない。


 薄目を開けて確認すると体格からみて、どちらも運動部のようだ。教科書の貸し借りをするくらい親しいということは同じ部活に入っているのだろう。


 ……あいつらに絡まれると面倒だな。要注意人物として警戒しておくか。


 ぼっちは他人に全く興味がないのではない。むしろ、その逆だ。面倒事が起きないように、こうして周囲の動向は常に気にかけている。まあ、俺の場合はだが。


 欠伸をしながら視線を窓の外へと向けると、新入生を祝うかのように空には雲ひとつない綺麗な青空が広がっていた。新たな門出にはぴったりの天気だ。そんな天気とは裏腹に、俺の心は台風接近中かのように荒んでいる。ぼっちにとってクラス替えは関係ないもの。でも、この席だけは本当に最悪だ。


 名前がヤ行、それも最後も最後の夜空よぞらのヨから始まる俺は、名簿順だと教室の角の窓際の席になることが多い。渡辺さんや渡部さんが五、六人くらい居ればよかったが、残念なことに今回はワ行の名字は一人も居なかった。


 この席は、いわゆる主人公席と呼ばれる物語の主人公がよく座る席。一般的には席替えで人気になりやすい席ではあるものの、俺が座りたくない席のひとつである。


 この席からは教壇に上がっている先生がよく見える。そう、見えてしまうのだ。こちらからよく見えるということは相手からも見えるわけで。つまりは授業中に寝ると先生に即バレてしまう。


 アニメで主人公が変な行動をしていると、先生がチョークを豪速球で飛ばすのも納得できるくらい悪目立ちするんだよな。真面目に授業を受ける生徒なら問題ないが、残念ながら俺は真面目な学生ではない。むしろ不真面目なタイプだ。


 逆に、寝ていたりスマホを弄っても目立たない席は一番前の席。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中。教卓の目の前なんて、先生からは死角になっていて最高。天国と言ってもいい。


 一番前の席で生徒が何をしているのかなんて、教壇からは下を向かないと先生には一切わからない。プリントを配る時には細心の注意をはらう必要があるが、それでも天国には変わりない。ちなみに情報源ソースは俺の体験談。


 席替えで目が悪いと言えば確実に教卓前が確保できるから、俺にとっての席替えは確定ガチャでしかない。早く最初の席替えで天国を確保したいところだ。


 黒板の上の時計を確認すると、ホームルームの開始時間を七分過ぎていた。教室についてから数分も経っていないから時間的にはアウトだったか。いや、まだ先生が来ていないからセウトだよな。遅刻扱いされなければ無問題。


 いつもの癖でポケットからスマホを取り出して、暇潰しをするために電源ボタンに指を置いた所で手を止めた。今からクエストを始めても先生が来たら中断することになるのか。


 スマホをコツコツと軽く叩きながら悩むこと数十秒。結局、電源を入れてゲームを始めると、とあるアイコンが視界に入った。それは協力プレイをするためのマルチプレイ機能。この高校にゲームを一緒に遊ぶような友達がいれば出来るのだろう。


 そう、友達が一人でも居ればなっ!


 そんなもの、ぼっちの俺には無縁の存在だ。そもそも休み時間に話すような友達が一人もいないのだから、一緒にゲームを遊ぶ友達なんて存在しない。自分で考えていて虚しくなり、おじゃまぷよのように虚空を見つめる。そういえば、あいつらは一体何を考えているのだろう。


 隣で色付きぷよが集まって消えたら、一人で勝手に消えていく灰色のぷよ。


 ……ああ、俺の高校生活も同じか。


 隣で陽キャ色付きぷよが集まって騒いで消えたら、一人で勝手に移動する消えていく灰色の存在ぷよ


 あはは、俺の高校生活が灰色だなんて笑えない冗談だ。




 ―――――――――――――――

 今回のゲームネタ【おじゃまぷよ】


 ぷよっとした落ち物パズルゲームに登場する灰色のぷよ。同じ色のぷよを繋げて消すと、対戦相手に灰色のぷよが送ることができて邪魔をすることができる。灰色同士で繋げて消すことは出来ず、隣接したぷよを消すと勝手に消えていく。

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