1-3 校内アイドルと同じクラスになった件について

「なあ、部活の勧誘って今年は二年の俺らがやるんだよな? かわいい女子をマネージャーにしようぜ!」

「俺らは何も言われてないから他の奴らがやるんだろ。お前は一年が部活の見学に来ても絶対に話しかけるんじゃねぇぞ? お前が鼻の下を伸ばして近づいたら女子が逃げていきかねない」

「は、鼻の下なんて伸ばしてねぇよっ!」

「……あのなぁ。それは自分の顔を見てから言え」


 いつの間にか隣の席の男子たちの話題が部活の話になっていた。予想通り部活仲間だったのか。興味をなくして他のクラスメイトの顔を見ていくと見知った顔はひとつもない。


 自慢じゃないが、俺は同級生の名前どころか顔も全く覚えていない。唯一覚えているのは会いたくないアイツの顔だけ。幸運なことに今年は別のクラスで本当に助かった。稀によく感じていたアイツの視線からやっと解放される。


 だから、このクラスには俺が知っている生徒は一人もいな――いや、一人だけいた。


 俺の席から一番離れている、教室の右角の席の女子生徒。ダークレッドのロングヘアーをシュシュでまとめてサイドテールにしているのが特徴的だ。たしか去年の入学式で新入生代表として挨拶をしていた。席順からしてア行、それも名簿で最初に来る名前。


 青山……いや、伊藤……?


 上田も違うし遠藤も違う。そもそも、そんなありきたりな名前ではなかったはず。忘却の彼方へ消え去った一年前の記憶を必死に探っていると、前髪にシンプルなヘアピンを付けている女子生徒が推定ア行の女子生徒に話しかけた。


「お、おはようございますっ。あ……じゃなくて一ノ瀬いちのせさん。えっとえっと、今年も同じクラスですねっ!」


 席が離れているのにヘアピン少女が大声を出してくれたお陰でよく聞こえた。一ノ瀬……一ノ瀬って。そうか、あれが一ノ瀬グループの一人娘なのか。一ノ瀬グループとは、有名な財閥のひとつである。俺でも知っているのはゲーム業界にも進出しているから。


 停滞していたVR技術に莫大な予算を投じていて、そう遠くない未来にラノベのようなゲームが発売されるかもしれない……なんて噂がある。情報源ソースがネット記事なので正直眉唾物だが、もしも事実なら生きているうちに五感を感じるVRMMOを遊んでみたいものだ。


 その他にも……というか、本来は別の分野がメインの大企業だったりするが、ゲーム以外は興味がなくて詳しくは知らない。そんな一ノ瀬グループの一人娘が一ノ瀬愛良いちのせあいら


 斜め後ろから見ても、かわいいというのがよくわかる。たしかに立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が似合いそうだ。ちなみに立てば芍薬以下略は、生薬を正しく使えば健康的な美人になるということわざであり、間違っても歩く姿が百合の花のような女性が美しいということではない。


 ……まあ、間違って覚えている奴が他のクラスに約一名いるんだよな。


 成績優秀でスポーツ万能なのに、それを自慢しない性格で周りから慕われている。困っている人に優しく手を差しのべる姿は天使そのもの……らしい。


 らしい、というのは一年の頃にクラスで寝ていたら勝手に聞こえてきた噂程度の知識だから。去年の入学式で新入生代表として挨拶をしていたから、成績優秀というのは嘘ではないのだろう。


「そうだね、斎藤さん。同じクラスメイト同士、これからよろしくね」

「いっ、一度も話していない私の名前を覚えていてくれたなんひぇっ……」


 先程の大声はあれっきりで話している内容まではよく聞き取れないが、ヘアピン少女が盛大に舌を噛んでしまい、口を押さえて痛みを必死に堪えている。一ノ瀬愛良はそれを見て心配そうに話しかけた。


「大丈夫? 斎藤さんだって私のことを覚えてくれているよね」

「それは、その……一ノ瀬さんは有名人ですし……」


 そうそう、一ノ瀬愛良は校内アイドルでもあるらしい。アイドルという名の通り、校内にファンクラブがあるとかないとか。でもまあ、この平凡な猫乃瀬ねこのせ高校に、そんなものは存在しないだろう。


 そんな噂の絶えない才色兼備で天使の校内アイドル様が、なぜ偏差値が中の下程度の高校を選んだのだろう。近くに偏差値の高い高校があるというのに不思議な話だ。


 そんな人物と同じクラスになってしまった。三年生になる時はクラス替えがないから、今後二年間は校内アイドルと一緒に授業を受けることになる。そう思うと残りの高校生活が憂鬱になる。


「一ノ瀬さん、おはようございます。それと斎藤さんも」

「小川さんっ……お、おはよう、ございます。すみません一ノ瀬さんっ。わわわ私っ、席につかないとっ!」


 ヘアピン少女は後からやってきた女子生徒に声をかけられた途端、ビクビクと慌てた様子でその場を去っていった。


「では、私も失礼します」

「あっ、うん。えっと、これからよろしくね……」


 一ノ瀬愛良は笑顔で手を振るが、目の前から二人が去ると一瞬だけ暗い表情をしてため息を吐いた。その様子に、どこか親近感を感じた。


 ……いや、そんなわけないか。ただの気のせいだろう。


 なぜなら俺は、一ノ瀬愛良とは真逆の存在なのだから。平穏な高校生活のためにも、なるべく関わらないようにしよう。俺は心の中で、そう決意したのだった。


 始業式から二週間経ち、席替えで念願の教卓前の席を確保した俺は水を得た魚のように楽しい日々を過ごしている。


 校内アイドルの一ノ瀬愛良と同じクラスになったからといっても、ラブコメ的な展開が始まるわけもなく会話をしたことは一度もない。そもそもクラスメイトと会話をしたことがあるかも怪しい。


 授業中にプリントを渡す時はノーカンとして、体育で組んだ人と会話を……いや、いつも男子グループの余った奴と組むから「ああ」とか「おう」とか、そんな言葉しか交わした覚えがない。


 今更、どこかのグループに混ざるのは気が引ける。そもそも一人の時間が減るのは避けたいから混ざるつもりなんて一ミリもないんだけどな。寝ながら先生の話を聞き、たまにスマホを弄って過ごしていると授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。


 黒板を消される前にカメラアプリを起動して、慣れた手つきで書かれている内容を無音撮影していく。撮影を終えて教室を気だるげに見渡すと、休み時間の緩んだ空気の中でゲーム好きなグループが楽しそうに雑談をしていた。


「なあ、お前はLLⅩⅩ20どこまでクリアした?」


 一昨日発売したばかりのLL最新作の話が聞こえてきて、頬杖をついて聞き耳をたてる。俺も気になっているタイトルだが、今は最新家庭用ゲーム機の独占販売期間。


 独占販売期間というのは、その名の通り特定の家庭用ゲーム機だけで独占販売する期間。その期間は最短で半年、長いと一年以上になることもある。俺はPC版派だから、まだ遊ぶことができない。


 今は最新作であるLLⅩⅩの話が活発だが、長い期間が開いてしまえば別のゲームソフトの話題になっている。ああいうグループは同じゲーム機を持っていないと自然と仲間はずれになるんだよな。


 俺も子供の頃は家庭用ゲーム機を買っていたが、最近のものは性能が良くなった代わりに無駄に高い。最新作を遊ぶためだけにゲーム機を買うくらいなら、その金でPC部品を買いたい。


 家庭用ゲーム機は数年後に最新のゲーム機が発売されて型落ちするし、その最新のゲーム機も数年経てば片落ちする。一番痛いのがメーカーの都合で昔のゲーム機のソフトが最新ゲーム機で遊べなくなることだ。


 つまり昔のゲームソフトを遊びたい場合、ゲーム機を押し入れから引っ張り出さないといけない。遊ばないと思って中古屋にゲーム機を売っていたら、もう大惨事。


 その点、PCは古いPC専用のゲームソフトなんて存在しないため、昔のゲームを遊ぶために押し入れから引っ張り出さなくてもいい。長期的に見るなら断然パソコンに金をかけたほうがいいというのが俺の結論である。個人差があるので異論は認める。


「序盤も序盤。まだ二匹目の幻獣を倒したとこ、お前は?」

「俺はクリアしたぞ! いやあ、二徹した甲斐あってラスボス戦がすげえアツい展開だった。まさかあの敵と共闘できるなんて――「俺はまだ序盤だって言っただろ。ネタバレするんじゃねえよ!」――ああ、わりぃわりぃ」


 ネタバレ禁止は最新ゲームの醍醐味だよな。ぼっちの俺はネット記事さえ読まなければネタバレなしで遊べてしまう。ぼっちは常にネタバレなしでゲームが出来て最高だぜ。


 ……まあ、うん。自分で言っていて悲しくなってきた。


 楽しそうな会話が聞こえる中、俺は虚しさを紛らわせるためにスマホを数回タップしてゲームを起動した。手慣れた操作でクエストを開始すると、デフォルメされた愛らしい猫たちが画面内で進軍を始めた。


 一本道のマップを左から右へ進み、敵を倒しながら進んでいく。第三ウェーブを終えると敵から虹色の箱が出現した。お、ラッキー。このセーブで初めて虹レアが落ちた。でも、これより強い装備は持っているから今更このレベル帯のレアが落ちても遅いんだよな……って、この虹レアの表示がバグってる。


 ゲームを一時中断して、ポケットから取り出したメモ帳にバグの症状や条件を書き込む。こうして、俺の平凡な高校生活が今日もまた過ぎていった。




 ―――――――――――――――

 キャラクター紹介【一ノ瀬愛良 Aira Ichinose】


 ダークレッドのロングヘアーをサイドテールでまとめている少女。容姿端麗、成績優秀な高校のアイドル的存在。高校に非公式のファンクラブがあるほど人気。

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