男女の朝
神楽家と白金家の両家の縁結びを機に、急ピッチで土地の開拓、地盤の調整、地鎮祭、着工。同時並行で庭の作成。
こんな短期間にこんな豪邸が建つなんて…御近所さんは驚いた。
まるで、目をぎゅっと閉じて開けたらポンと魔法のように現れたと言った。
閑静な住宅街だが、土地単価は脅威の億越え一等地。地主が売り渋っていた空き地を言い値一括で黙らせたのは、他でもない白金家である。
そして、家を建てたのは神楽組率いるスーパーエージェント。黒光りしたムキムキアニキ達が元気よく働く姿は素晴らしかった。
そんなこんなで、最大手同士の政略結婚で得た名タッグの初仕事は、両社の子息子女の新居だった。
あっという間に結婚して、あっという間に式を挙げ、あっという間に完成した新居への移住。
あれから冬を越し、春を迎えた今日この頃…。
両者が二日前伝えられたのは、毎年の恒例行事の進行を担う任務。
様々な業界の重鎮が集う由緒正しき花見会。それを…夫婦で成し遂げろ。
そこである一つの問題が生じた…。
それは、二人には結婚したという自覚が薄く、尚且つ夫婦とは?と言い出す始末。
両者政略結婚で結ばれた身。互いの領域には踏み込まない…が暗黙の了解であった。
そんな二人が結束し、熱愛夫婦を偽装しようと試みた。
タイムリミットまでは、残り三日を切っている。当日を含まなければ残り二日。
さて、勘違い男女は世間を欺くことが出来るのか…。
昨晩行われた第二回夫婦会議の末、金曜日の朝は夫を起こすミッションの幕開けだ。
ーーー…ジリリリリリリリリ
「ハッ!…ハッ⁉︎…寝坊したっ‼︎」
ホワイトハウス二階、無駄に広いその家屋の間取りは、廊下のど真ん中に配置された階段を境界に、夫婦のプライベートが保たれていた。
そして妻雪乃は、昨日同様の時間に目が覚める。
被っていた布団を勢いよく捲りながら上半身を起こし、真横の棚に置いた目覚まし時計を見て、空いた口が塞がらない。
約束の時間はもう二時間は前のこと、昨晩は珍しくドラマを観て、明日の脳内シュミレーションを繰り返した後に就寝に入った。
結局いつもと寝る時間は変わらずだったが…きっと大丈夫さ!と謎の自信を持った雪乃だったが…見事やらかしてしまった。
布団に足が引っかかりながらベッドから降りると、無防備な姿で廊下へと飛び立て政宗の寝室へと走る。
この家に住んで初の未開の地への進入。混乱していた雪乃はノックも無しに扉を開けた。
もしかしたら私が起こすまで寝てるかもしれない…それは不安よりも淡い期待の方が強い。
あわよくば…なんて考える雪乃だったが、流石に現実はそう甘くはない。
「お、はようっ…。」
「…おはよ。」
目の前には、丁度ネクタイを結び終えたらしいスーツ姿の完全武装。
「もう出るから、」
「あら、そうなのね…。」
不覚にも失敗してしまったものの、怒られる事はない。
…政宗は、はじめから期待などしていないどころか、この女を一切信用などしていないのだから。
神楽組とプラチナカンパニーは、両者業界内の最大手として君臨する大企業だ。
世の中の仕組みとしては両社は古くから関わりが有ったものの、この度踏み切った縁談話を持ち掛けあった。
同じ二十五年前に誕生した男女の子供。それぞれが自社の広告塔として活躍する最中、それでは二人の結納を機に業務提携を致しましょう。
安直な考えに聞こえてしまうが、両社本気で御座います。
大企業の御曹司、御嬢様として育てられた二人は、それぞれ自分の役割を理解していた。
いつかはどこぞの誰かとの政略結婚が待っている。
今の時代に自由恋愛を許されず、他人に敷かれたレールを歩まされる事は、彼等にとっては普通の事だった。
そして両者、二十五年間全く恋愛せずに過ごし、遂にこの時が来たか!と己の運命を受け入れ挑んだお見合い。
政財界御用達の日本料亭で執り行われた最大手ゼネコン会社と、最大手不動産会社の子息令嬢の顔見せ。
鹿威しが一定のリズムで水を溢す音をBGMに、一張羅の振袖で粧し込んだ究極の美女。
普段よりも念入りに塗り固められた肌は粉っぽく、真っ赤で艶やかな唇。嫌々ながらも伏し目で対峙する。
「それではお若い者同士で…」
そんな台詞は、生まれて初めてだ。きっと凡人は一生聞くこともないだろう。
両家の両親がそそくさと退散すると、二人は初めて目を合わせた。
「「(…チッこんな女(男)かよ。)」」
第一印象は予想外。美男美女だが恋愛経験皆無。
運命に抗うこともなく、真っ当に過ごしてきた両者の目には、偏見が蔓延っていた。
両者共に“
男、神楽 政宗。趣味筋トレと読書(漫画)…ガチムチばかりをかき集めたゴールデンジムへ通い、昔から漫画は少年誌。偶に出てくるボインな誘惑系ヒロインに興奮する事は無し。
強さこそが男の正義。守るものがあるとすれば、それは己と会社の名誉。ハニートラップなどに引っ掛かってならぬものかと、異性は初めからシャットダウン。
意識が高過ぎるこの男は、邪魔者を許さない。
女、白金 雪乃。趣味と言うか、ストレス発散は睡眠と買い物なお嬢様。自分よりも金を稼いでる男を見てみたいと、凛とした強気な姿で害虫を寄せ付けない姿勢は高嶺の花。
社長令嬢ならぬ会長令嬢として無駄にプライドが高く、負けず嫌い。そして自分より美しくないものは大嫌いだ。
自尊心が高過ぎるこの女もまた…邪魔者を許さない。
だがしかし、そんな両者は結婚してしまった。
心に決めた相手は居ないが、心に決めていた事事ならある。
例え愛の無い結婚だろうと…絶対にバツは付けたくない!
だって会社のイメージが悪くなるから。全ては生い立ちに在り。
両者顔だけは見栄えだけは良き男女。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群…卓越した存在として君臨するその二名。
今回の結婚で得た莫大な利益見込みは、年間で数百億円はくだらない。
…お互い両親からの熱い期待を背に、自らの運命を受け入れた。
「どうしたら早起き出来るのかしら。」
「突然どうされたんですか、雪乃様。」
新妻は悩む。一度の失敗如きで悄げるそこら辺の女ではない雪乃。
「…あの男をぎゃふんと言わせたいのよ。」
野望を胸に、めらめらと闘志を宿した瞳はやる気に満ち溢れていた。
政略結婚から始める熱愛偽装 吉野 @gyudon_yoshino
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