extra 天界にて

ExtraEP エンジェルゲート 

 アストラル世界をクリエスとヒナが救ってから実に七十年が過ぎていた。


 ここはかつてエデンの園と呼ばれたエンジェルゲート。大通りにある下界管理センターの一室にクリエスはいた。


「マジかぁ。説明を受けたけどサッパリ分からん……」


 クリエスは現世を終えたあと、世界を救った報酬として男神になっていた。新人研修を終えたばかりであるというのに、創造されたばかりの世界を受け持っている。


「クリエス、そんなに悩まないで好きにしたらいいのよ? 公国でも立派に国王を務めていたのだし……」


 クリエスに話しかけたのはヒナである。彼女の寿命はクリエスよりも五年ほど短かった。ディーテの元で修行をし、此度クリエスの補佐として新世界を発展させる役目を請け負っている。


 ヒナの話に、クリエスは笑みを浮かべた。彼女が失われてからの数年はとても長く感じられていたのだ。だからこそ、天界での再会は彼にとって何よりも嬉しい褒美となっている。


「ヒナ、俺はまた君に会えて嬉しい。再びピッチピチの身体になってて、喜びもひとしおだよ」


 最後は二人共に年老いていたけれど、天界では若かりし頃の見た目に戻っている。見た目は選択できたのだが、二人共が出会った頃の姿を希望した結果だ。



「クリエスは相変わらずね? わたくしはそんなに老いていませんでしたわ」


 クリエスの話にヒナはプイッと顔を背けている。幾つになっても女性は若々しさを追い求めているようだ。かといって、クリエスとの再会は彼女も願ったままだ。


「まずは世界の名前を決めないといけませんわ。わたくしとしては第100811番世界アクヤクレイジョーとかが希望です」


「まだ言ってんのか……」


 クリエスは嘆息している。結局のところ、ヒナは転生の目的を達成できずにいた。従って二人の手によって生み出される世界にはその名が相応しいのだと。


「まあでも世界の名は決めているんだ……」


 ヒナの意見はあったものの、クリエスは産まれたばかりの世界の名を既に決めているという。


「キョニュウ世界とか嫌ですよ?」


「ああいや、そんなのじゃねぇよ。俺は転生時の目的を達成したからな。何の後悔も未練もない。ま、だから世界の名は二人の名を取って、エスナ世界にしようと考えている」


 クリエスの話にヒナはポンと手を叩く。ベタな名前ではあったけれど、響きも良いし完全に同意だといった風に。


「クリヒ世界では何だかパッとしませんしね」

「う、うむ、そういうことだ……」


 第100811番世界エスナは生み出されたばかり。ここから魂を配置したりして、世界を発展させていくのが新人男神の仕事である。文明が生まれた頃合いに女神へとバトンタッチしていくのだ。


 さりとて何もない世界は発展するまで何千年もかかる仕事。簡単なようで非常に難しいのは研修でも理解できた。


 頭を悩ませていた折り、業務室の扉が急に開かれている。


「やっほ! 元気にしてる?」


 現れたのはシルアンナであった。ディーテがそうであったように、新人の部屋へと入るのにノックは必要ないらしい。


「シル、お前は主神としての仕事をしてろよ?」


 クリエスが話すようにシルアンナはディーテからアストラル世界を引き継いでいた。見習いのポンネルはまだ見習いのままであり、ディーテが受け持つ新しい世界の業務へと着いて行っている。つまるところ、アストラル世界はシルアンナ教の一神教となっていた。


「国際手配されていたペターパイ教皇が捕まってから、もう新たな土着信仰は生まれていないからね。ディーテ様が神託にて主神の変更を伝えてくれたおかげで、引き継ぎもスムーズ。七十年に亘って何の問題も起きていない。だから新人の様子を見に来るくらいわけないわ!」


「それはそれはご丁寧に。まあ俺はどこから手をつけて良いのかも分かっていないのだけどな……」


 与えられた資料をドサッと机に置いて、クリエスは背伸びをする。焦ったとして仕方のないことだ。ゆっくりと時間をかけて育てていくつもりである。


「それでエルサのことなんだけど、この度シルアンナ教の教皇に抜擢されたわ」


「マジで!? あの人って長生きすぎんだろ!?」


 急な報告にクリエスとヒナは目を丸くする。エルサはまだ生きているのだ。しかも彼女はシルアンナ教の教皇にまで登り詰めていた。


「しかし、エルサは魔力があまりありませんけれど、大丈夫なのでしょうか?」


 ヒナは心配している。彼女が神職者の道を目指したのは知っているけれど、まさか教皇になってしまうなんて驚愕すべき話だ。


「んーまあ、信仰値はかなり高いし、神託を伝えるのに支障はないわね。それに彼女はほら、教皇に推挙される素質があったし……」


 急に言い淀むシルアンナ。抜擢された理由には何やら話しにくい内容が含まれている感じだ。


「ああ、ド貧乳だからか……」

「ド貧乳言うなぁぁっ!!」


 シルアンナ曰く満場一致で可決したとのこと。ただのシスターであった頃から、胸のおかげで信徒たちには絶大な人気があったらしい。


 実をいうとエルサはクリエスたちの結婚のあと、五度もイカ生産機になっていたのだ。

 一度目こそクレア公爵夫人による強制であったものの、大規模な飢饉が南部で起きたことを聞くや、エルサは自らイカ生産機となった。クリエスが飼い慣らしたクラーケン・ガヌーシャの液体を身体に浴び、シスターとして南部を走り回って救済したという。その後も貧しい村を訪れたりと、彼女は着実に教会内の地位を高めていったらしい。


 加えて、イカの消費に多大なる貢献をしたとして、シスターエルサは超有名人となった。漁業関係者の信頼は厚く、聖女とまで呼ばれるほど尊ばれている。

 エルサは教会での長い下積みを経て、大司教から枢機卿に、そして多大なる支持の元に教皇へと成り上がったようだ。


「しっかし、現世を終えても二人でイチャつくのは妬けるわねぇ。天使としてこき使ってやるつもりだったのに……」


 ここでシルアンナが溜め息を吐いた。ずっとクリエスを昇華させようと考えていたというのに、現人神となってしまうなんて彼女にとって誤算である。現人神となった魂を天使として迎えられるはずもなく、そのような人材を天界が放置するはずもなかったのだ。


「シルアンナ様……」

「ああいや、気にしないで! 祝福はしてるのよ。まあ、ただ私は初めての使徒で少しばかり思い入れが強くなっていたみたい……」


 ヒナはそれとなく察している。シルアンナが主神と使徒という関係以上を望んでいたのではないかと。更には自分もまた天使として迎え入れられてしまったこと。シルアンナにとって色好い話ではなかったはず。


 記憶を頼りに何とか言葉を絞り出すヒナ。もし仮にシルアンナの想いが成就するならば何か良い言葉がないものかと。


「えっと、NTR展開というものが……」

「ヒナ、貴方ねぇ。私もそこまで落ちぶれていないわ。今はアストラル世界のために全力で頑張るだけ。ま、婚活することになるのなら、エグゼクティブな男神たちとの合コンにでも参加するし」


 シルアンナはヒナの話を笑い飛ばした。少しばかりあった未練を断ち切るかのように。


 一方でクリエスは小首を傾げている。どうやら新人男神には彼女たちが話すNTRの意味合いを理解できなかったらしい。


「ま、シルはアストラル世界に専念しろ。俺はディーテ様の意志を継ぐ。笑顔が約束された世界。誰しもが満足して輪廻に還っていく世界を創りあげるんだ。未来永劫続く平和な世界を俺は創り上げてみせる」


 シルアンナは文句を呑み込んだ。クリエスが掲げた崇高なる願い。男神として立派だと思う。

 男神の役割は世界の基礎を創るだけであり、クリエスが話すような内容まで求められていないのだ。彼は生前と変わらず、気高い聖職者なのだと分かった。


「俺の後任はディーテ様にお願いしたい。再び巨乳信仰を世に広めて欲しいんだ!」


 ところが、続けられた話にシルアンナは軽蔑の眼差し。たった今、感じたことが間違いであったと考えてしまう。なぜならクリエスは転生前から変わっていない。だからこそ、懐かしくも思う感想を口にしていた。



「ホント、あんたは煩悩まみれね」――――と。




                    ~ 大団円 ~



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『煩悩まみれの聖職者(巨乳好き)と女子高生(悪役令嬢)

だけで世界を救うって本気ですか?』をお読みいただきありがと

うございました。

本話でこの物語は完全完結です。後日、あとがきを更新する予定

ですが、ひとまずここでお別れとなります。


お付き合いくださいました読者様に感謝を。とても有り難く感じ

ております。本当にありがとうございました!


現在は悪役令嬢ものを執筆中です。本作とは異なり滅茶苦茶シリア

スなお話です(笑)


詳しくはあとがきに記します。日曜日くらいに更新できたらと

考えております。それでは皆様、ごきげんよう!(^^)/

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