第135話 世界
『クリエスの昇華を是認する』
世界の台詞にクリエスは息を呑む。昇華と言えば神格を意味する。だからこそ、どうしてそんな話になるのか理解できないままだ。しかしながら、困惑するクリエスに世界は尚も続ける。
『ジョブ魔王並びにサブジョブ勇者の消去――是認』
『エレメントモナークとウンディー・ネネの神格を統合――是認』
『邪神竜の神格と魔王イーサの神格を統合――是認』
『大神格の融合――是認』
『極神格と魂の融合昇華――是認』
意味不明な話であったが、是認とあるそれは明確に誰かの願いである。
それはウンディーが語っていたままだ。恐らくエレメントモナークなるものは彼女が話していたプレゼントに違いない。神格の全てを統合する過程と起こり得る現実はウンディーが願った内容そのものであった。
『
遂には行き着いていた。全てはウンディーが望んだ通り。加えてクリエスが願ったままだ。
世界は現人神の現世降臨に許可を与えている。
『嘘……だろ?』
少しも理解できなかったけれど、クリエスは強制的に知らされることになる。
唐突に胸が痛み出したかと思えば、それは直ぐさま安らぎを得た。加えてこれまでとは世界が一変している。どこまでも見通せそうな視野。底知れぬ力を自身に覚えている。また自分の存在がとても軽くなったように感じられていた。
『現人神クリエス、再度願いを聞こう。まだ死に様に美学を求めるか?』
世界が問う。恐らくそれはクリエスが願ったことに対してのものだ。最後クリエスは誇れる死を望んだのだから。
『お前ってなかなか良い奴だな?』
『我は均衡を尊ぶ者。良いも悪いもない。偏らぬ者である』
煮え切らない返答であったけれど、クリエスは理解していた。この最終確認は世界が気を利かせてくれた結果だろうと。
『いんや、生憎と俺は煩悩まみれなんでな? 未来に光が射し込んで来たのなら、死ぬなんてごめんだ……』
クリエスは笑っている。せめて死に様を選べたならと考えていたのは弱気になっていたからだと。欲深い自分自身は生き続けたいと語る。
『俺が望む未来は一つ。ヒナ・テオドールが十八歳以降も生き続けられること。俺はヒナとイチャコラしたいとずっと願っている。それこそ転生する以前より……』
クリエスは望みを伝えた。神へと昇華したクリエスはもうヒナに魂強度を与えられない。願いごとがあるとすればヒナの制約だけであった。あと十日とない期日に間に合うようにと。
『否認――――』
ところが、世界はクリエスの望みが叶えられないという。ヒナの未来を繋ぐ可能性は少しも残っていないかのように。
『おい、何とかしろよ!? 否認って何だよ!?』
正直にクリエスが神に昇華するよりも容易いと考えていた。だからこそクリエスは声を荒らげて返している。
『それは既に叶う運命。よって我は静観する。他に望みはないだろうか?』
『本当だろうな? まあいい。俺が望む未来はそれだけだ。どうせ邪神の討伐を願ったとして否認するつもりだろうが?』
『如何にも。もうその願いも叶っている。しかし、現人神クリエスよ、神に昇華したとして肉体を持つ貴殿は不死でも不老でもない。現人神はその名の通り、神であり人である。魂こそ失っているが、神である期間は肉体に依存することを忘れるな』
クリエスは頷いている。やはり世界は自分自身に期待しているのだと思う。神となった他の存在たちよりも詳しい説明をしてくれているはずだと。
『やっぱお前は良い奴だよ』
『良いも悪いもない。我は均衡を尊ぶ者。現人神クリエス、この世の均衡を保つのだ。現世にて人であり神である者よ、この世を歪ませる存在を討ち滅ぼせ……』
言って世界の声は聞こえなくなる。と同時に制止していた世界が動き始めていた。
仕切り直しと考えていたクリエス。けれども、出鼻を挫くかのように脳裏が騒がしくなる。
『シルアンナの寵愛が復帰しました――――』
どうやら切断されていたシルアンナの寵愛が復帰したらしい。ジョブ魔王の消失により、クリエスは天界が定めた悪を脱したようだ。
脳裏への通知は続く。世界が施したお膳立てに呼応するかのように。
『スキル[魔眼]が[神眼]に昇華しました』
『スキル[隠密]が[存在消去]へと昇華しました』
『スキル[浄化]が[カタルシス]へと昇華しました』
『スキル[ハイヒール]が[エクストラヒール]へと昇華しました』
『神の祝福を獲得しました』
怒濤の通知に息を呑む。それらは全て習得難度が極めて高いスキルへの昇華や獲得であった。
最後に通知されたもの。それは現人神が邪神を討つ力に他ならない。数多ある世界で唯一邪神から救済したスキルであるはずだ。
『破邪神滅を獲得しました――――』
確認するまでもなく邪神に特化したスキルなのだと分かる。神を屠る力。世を乱す邪悪に対抗する唯一の手段であると。
クリエスは長い息を吐く。一年以上にもなる長い旅路。出会いと別れを繰り返した末、もうその旅も終わりなのだと知って。
「貴様、何をした!?」
落ち着き払ったクリエスにツルオカが問う。世界との遣り取りはこの世の埒外であった。従ってツルオカとしては瞬間的に異変が起きたと感じられていたことであろう。
「さあな? 色々と悟っただけだ。俺は弱っちいんだよ……」
クリエスは嘆息している。ここまで頑張ってきたと胸を張れるけれど、自分一人の力では決して到達できなかったのだと。
「弱っちい俺は常に誰かの世話になってきたんだ。情けねぇよな? そんな俺が世界を救う使命を持っているなんて……」
旅路で出会った仲間たちは軒並み失われていた。選ばれたのが自分ではなかったのなら、違う未来があったはず。ツルオカのように勇者として召喚されていたとすれば、全員を守れていたに違いないのだ。
「まあでも使命は果たすよ。それだけは常に考えてきた。俺は世界を救わなきゃいけない。俺に力を与えてくれた全ての者たちが期待するままに……」
クリエスは睨むようにしてツルオカを見た。最後の敵。千年前から世界の破滅を望んでいた男を許すつもりはないのだと。
「ツルオカ、悪いが地獄へは一人で逝ってくれ――――」
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