第134話 是認

 ディーテの業務室は騒然としていた。それこそ異常事態と呼ぶに相応しい状況となっている。


「ディーテ様、警戒レベルが下がりましたよ!? 何が起きるというのですか!?」


 シルアンナは動揺している。それもそのはず、終末警報であったはずが、災禍警報に格下げされていたからだ。現状はツルオカによって滅亡となる未来しかなかったというのに。


「恐らくウンディー・ネネの行動が鍵でしょうね。世界が生み出したる大精霊には何かしら分かることがあるのでしょう。クリエス君に水属性を与え、大精霊の加護を与えるつもりかもしれません。彼女の行動により戦況が好転していると考えるべきでしょうね」


「いやでも、大精霊の加護は神格と違うはずですけれど?」


 シルアンナも大精霊の加護について知っている。属性とは大精霊に認められたことを意味し、四属性全てを手に入れると大精霊たちから加護が与えられるのだという。


「まあその通りなのですが、クリエス君は特殊エレメントである雷と氷、加えて女神の力である光属性と世界がバランスを保つために生み出した闇属性をも所有しているのです。大精霊の加護以上のことが起きるのかもしれません」


 ディーテは考えられる結末を口にする。ウンディー・ネネの思惑とやらについて。

 基礎四属性のコンプリートは割とある事象であったものの、全ての属性を揃えた場合にどうなるのかディーテにも分からない。


「ワタシたちも動いていきましょうか……」


 シルアンナにはまるで理解できない。大精霊の加護をクリエスが得たとして、その先に何があるのか。現状では大した力を得られるようには思えない。


「私たちにできることがあるのでしょうか?」


「もちろんです。ウンディー・ネネはワタシたちと異なる未来を見ています。今は彼女への助力をすべきです。ワタシたちが諦めていた事象。ウンディー・ネネが信じる魔王というジョブの先へと向かえるように……」


「魔王というジョブの先……?」


 正直に聞いたことがない。魔王のジョブツリーは魔王で完結しているのだ。だからこそ、シルアンナは困惑していた。


「シル、急ぎましょう。再び全世界に神託を与えるわよ? クリエス君に祈りを。世界を動かすのは常に想いの強さなの。本人だけじゃなく、誰しもが同じ願いを抱いたのなら、きっと世界は動く。強い願いを放置することはない。世界は必ずや最善の方法によって応えるはず。どのような動きを見せるのかは分からないけれど、もしも邪神が討伐される可能性が僅かにでもあるのなら、世界はそれを選択するでしょう。ワタシたち女神は信徒たちに願うよう促すのです」


 言われてシルアンナも理解した。前例の有無ではないのだと。今は願うだけだ。クリエスと世界の未来を。


 僅かな望みを胸に抱き、シルアンナは信徒たちに神託を与えている。



 ◇ ◇ ◇



 クリエスは再び後方へと吹き飛ばされていた。自身の刀は空を裂き、何倍もの攻撃を身体に浴びる。神を自称するツルオカは本当に異なる存在へと昇華したのだと思えてならない。


「ちくしょう……」


 荒い息を吐きながら、クリエスは身体を起こす。先ほど受けた傷跡からは血が流れていた。それはもう超回復に期待できないことを意味している。


「クリエス!」


 そんな折り、耳元で声が聞こえた。振り向くとそこには小さな精霊の姿。ウンディー・ネネが飛んでいた。


「ウンディー? お前なんで俺に付いてきた?」


「あたいはヒナに笑って欲しい。だからクリエスに勝ってもらいたくてね」


 要領を得ない話。かといって、ヒナが悲しむ様子を見たくないことは彼も同意している。


「ツルオカって奴は神なんだよ。魔王の俺ではどうしようもない……」


 嘆息しながら言葉にしている。クリエスとて勝利するつもりで刀を振っているのだ。しかし、イーサが持つ神格を得たというのに、攻撃は空を裂くだけであった。


「まあね。でも大丈夫。クリエスも神になればいい。あたいはそれを望んでる」


 眉根を寄せるクリエス。何を言っているのか分からない。クリエスは明確に魔王であり、邪悪な存在だというのに。


「邪神になれってか?」


「邪神になりたいのならそう願えば良い。あたいは神になる資格をクリエスにあげるだけだよ。火水風土雷氷に光と闇。森羅万象全てを集めたクリエスにはその資格がある。残りの水属性はあたいからのプレゼント。あたいも願うから、クリエスもあとで世界に求めれば良いよ。だからクリエスはヒナに笑顔を戻してあげて……」


 言ってウンディーはクリエスの胸の中へと吸い込まれていく。

 溶けるように馴染むように。ろくな説明もしないまま彼女は薄く消えていった。


「おい、ウンディー!?」


『静かに。やな奴を倒す力を欲して。神を裁く者は神しかいないの……』


 刹那にクリエスは身体中に異変を感じている。全身から溢れ出すそれは得体のしれない何かだ。イーサを取り込んだときとは異なる力。身体中に迸るそれはクリエスに闘志と勇気を充填しているかのよう。


『さあクリエス、願って……』


 それを最後にウンディーの声は聞こえなくなっていた。

 何が起きたのか分からない。けれど、クリエスは願うべきだ。世界を滅ぼそうという邪神に対抗し得る力を。


 しかしながら、神になったとは思えない。力が溢れるだけである。シルアンナの加護が切れたクリエスには現状を確認する術がなかった。


 嘆息しつつも、クリエスはウンディーが教えてくれたままに願う。自身の目的が何であるのか。どうありたいのかを。


「世界ってのが誰かは知らねぇ。でもウンディーが願えと言ったんだ……」


 よく分からないまま求める。しかし、本心だけを語るようにした。嘘偽りない気持ちを伝えるだけだ。


「邪神を討つ力。何を失っても守りたいものがある。俺は死んだって構わない。だけど、俺だって無駄死にはしたくねぇよ……」


 今となっては正解かどうか分からない。ウンディーに詳しく聞いておくべきであった。


「みんなを守れる力。巨悪に対抗し得る力が欲しい」


 クリエスは想いを告げる。魔王であるクリエスが迎える結末は一つ。結果が同じであるのなら、ヒナの手によって逝きたいと願う。


「せめて誇れる死に様を迎えられるように――――」



 ◇ ◇ ◇



 世界中に神託が下りていた。ディーテに至っては神力を要して巨大な姿で顕現している。

 一人一人に訴えるため、大司教級以上を介さず、自ら声を張った。主要都市の全てに顕現するとなると莫大な神力が必要になったけれど、もうディーテは次なる手など考えていない。この瞬間こそが全てを注ぎ込むべき時なのだと。


「邪神ツルオカと戦う勇敢なるシルアンナの使徒クリエスに祈りを! 彼が世界を救えるように祈りを捧げましょう!」


 クリエスという名は既に魔王戦にて認知されていた。邪神という新たな存在を知らされた信徒たちは一心に祈っている。ディーテ神に促されるままに。


「偉大なる救世主クリエス・フォスターが邪神を討つことを! 世界中の誰しもが彼に光が射すようにと願わねばなりません!」


 結果は女神たちにも分からない。世界に選択肢が残っていることを願いながら、女神たちは信徒たちを誘っていくだけだ。


 世界中で祈りが捧げられている。クリエスの状況を知らぬ人々。女神が促すままにクリエスへの祈りを始めていた。


「救世主クリエスに幸あれ!」

「クリエス様に神のご加護を!」

「クリエス様に……」


 全てがクリエスの無事を願っていた。また全ての祈りは一つの言葉に帰結している。


「世界をお救いください――――」



 ◇ ◇ ◇



 力を願ったクリエス。しかし、まだ変化はない。けれども、諦めない。元大精霊ウンディー・ネネがその身を捧げてくれたのだ。無駄死にを強いたなんて我慢ならなかった。


「俺に力を寄越しやがれぇぇえええ!!」


 声を張るクリエス。もう現世での願いはそれだけだ。ヒナとの時間も、生きることすらも諦めた。だからこそ、声の限りに訴えている。それこそ魂の叫び声であった。


 刹那に胸がすくような感覚に陥る。ずっと囁いていた破壊を促す声が聞こえなくなっていた。


 まるで時が止まったかのように、邪神ツルオカは動かない。加えてクリエス自身も身動きできなくなっていた。何がどうなったのか分からないけれど、耳障りな破壊衝動の代わりに聞き慣れない声が届いている。


『クリエス、君を歓迎しよう――――』


 初めて聞く声だ。しかも身体の中心から話しかけられているとしか思えない。

 今もクリエスは身動きできなかったけれど、心の内に問いを返している。


『誰……なんだ……?』


 クリエスは力を欲して願ったはず。間違っても何かを召喚しようとしたわけではない。従ってクリエスは声の主が誰であるのかを問う必要があった。


『我は均衡を尊ぶ者。女神が光を放つのなら、我は闇を生み出す。女神が善を創造するというのなら、我は悪を生み出そう。我は全てに均衡を求める者……』


 返答には思い当たる節があった。女神たちの話に聞いたことがある。輪廻する魂が善であり、女神たちは善たる魂の循環を管理しているのだと。また善たる魂が産まれた分だけ、世界はバランスを取るために悪を生み出すとも。


『世界……なのか?』


 これまでも世界は色々とクリエスに干渉していた。シルアンナから聞いた話によると、世界はクリエスを評価しているのだと。実際にクリエスは世界の選定により勇者にまでなっていたのだ。


『女神はそう呼ぶ。しかし、世界でも神でもない。なぜなら我は均衡を尊ぶ者。善でもなく悪でもなく、有でもなく無でもない。たとえるなら世界に付属する何か。我は世界が転覆しないように動くだけの何か……』


 まるで理解できないが、概ねクリエスが考える世界というものに違いない。


『とりあえず俺も世界と呼ぶ。此度は随分と均衡を崩したんじゃねぇか?』


 邪神なんてものを生み出したのだ。声の主が世界でも概念でも構わない。文句を言わずにはいられなかった。


『かの神は既に誕生していた。顕現しただけである……』


 屁理屈のような話が返されていた。単に隠れていたものが表にでただけであるかのように。


『馬鹿言ってんじゃねぇよ。邪神を誕生させたのはお前だろ?』


『多くの願いが届いたのだ。だから我は是認した。クリエスの眼前にあるアレとは別のものだ』


『別物? あのツルオカって男は千年前から存在していたんだぞ?』


『先日までは別々の存在。ツルオカ神をアレは取り込んでしまった。クリエスが話す邪神とやらになってしまった……』


 聞く限り、事実は天界が考えていたものと異なるらしい。真相は人々の願いが生み出したツルオカ神をややこしいことにツルオカが吸収したのだという。


『ツルオカ神ってのは抵抗しなかったのか? 神なんだろ?』


 問題は過程にある。もしも脳裏の存在が話すようにツルオカ神がずっと以前から誕生していたとすれば、どうしてツルオカに呑み込まれてしまうのかと。


『そのような力はない。漠然と復活を願った彼らにはそれで良かったはず』

『いや、願えばどのようなことでも是認するってか!?』


『願いにもよる。願いの大きさにもよる。大勢が復活を願った結果が存在しかないツルオカという神だ』


 女神たちが考えていたように、世界はバランスを崩しておかしくなっているとしか思えない。神という存在を願いだけで生み出してしまうなんて。


『つまるところ、眼前のアレは予定にないもの。相応しい入れ物に神を取り込んだもの。徐々に同化し、ツルオカ神を乗っ取ったと考えるべきもの』


『同化する前に何とかしろってんだよ!』


 クリエスは荒々しく返している。どうして事前に思考しないのか。結果としてバランスどころではなくなってしまうというのに。


『我は均衡を尊ぶ者。よって中身のない神には関与しない』


 苛立ちすら覚えている。相手が世界だと分かっていてもクリエスは腹立たしく感じてしまう。


 ところが、続けられた話はこれまでの煮え切らない内容とは異なっていた。世界が取るべき対処が何であるのかを明確にしている。


『混ざったアレは均衡を崩す者。従って我は動かねばならない。無であった選択肢が一つ生まれた。我はそれを是認するのみ……』


 何が何だか理解できなかったけれど、世界は続ける。ただ一方的な話を口にするだけだ。

 続けられた話は意味不明な内容。クリエスは呆然とそれを聞いている。


『クリエスの昇華を是認する――――』



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

本日は一話のみです(>_<)/

校正箇所が見つかってしまいました。

どうぞよろしくお願いいたします!

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