第126話 四神
再び小舟に乗り、海に出たクリエスたち。目的地であるタワワ岩礁は割と陸に近い場所であった。
「魔王さん、あそこから上陸できそうです!」
冗談なのか本気なのかパリカはクリエスのことを魔王と呼んでいる。間違ってはいないのだが、元聖職者として魔王と呼ばれるのは心外である。
タワワ岩礁は沖に突き出た岩山の連なり。海面に顔を出した岩山の中に一際大きなものがある。よく見ると進入できる洞窟があり、それが海底火山まで繋がっているのだと思われた。
パリカが見つけた場所に上陸。幾つか岩を飛び越える必要があったけれど、全員が難なく洞窟のある岩礁へと到達している。
どうしてか荒い息を吐くのはクリエス。一番の手練れであったというのに、彼はとても苦しそうである。
「クリエス様……?」
「近付くな、ヒナ!!」
心配したヒナであるが、なぜか怒鳴られてしまう。こんな今もクリエスの息は荒かったというのに。
「すまん……。性欲がやべぇんだわ……」
どうやら無尽蔵に湧き立つ精力が問題となっているようだ。割とムラがあるらしく、今は抑え込むのに必死であった。
『婿殿、じゃから娘ッ子で解消しろと言ったじゃろ?』
「るせぇ。俺はヒナに迷惑をかけたくねぇんだ……」
クリエスは怖かった。ヒナと結ばれることは転生前からの望みであったけれど、一度タガが外れるともう抑え込めそうになかったのだ。魔王ケンタがそうであったように、ヒナが死ぬまで行為を続けてしまうのではないかと。
「クリエス様、わたくしが必要なら構いません。婚前交渉とかお気になさらず。天界でお話しましたように、わたくしは最初からその覚悟をしておりますから」
「ヒナ、黙っててくれ。集中しないと……」
クリエスは大きく息を吸って気持ちを落ち着かせる。海を眺めては煩悩を抑え込もうとしていた。
「お嬢様、婚前交渉とか聞き捨てならない話が聞こえましたが? 絶対になりませんよ? 私はお嬢様の護衛。純潔は守ってくださいまし」
エルサはヒナの話から状況を把握している。クリエスの精力が増強され、性欲が溢れ出していること。その解消にヒナを使うかどうかという話なのだと。
「エルサに言われたくないわ……」
ヒナは不満そうだ。クリエスが苦しんでいるのだから、彼女は助けたいだけのよう。
「独身なのに妊娠して……」
「イカは婚前交渉などではありませんから!」
そもそも妊娠ではないとエルサ。彼女はイカに寄生されただけだと主張している。
「とにかくクリエス様、わたくしのことはご心配なく。残り少ない人生なのです。わたくしは好きなように生きたいと考えております」
ヒナの話には返す言葉がない。チンチポッポ島では僅かにしかレベルアップできなかったのだ。オーブを守護していたペタンコを討伐できなかったこと。ヒナはその事実を重く受け止めていた。
「もう落ち着いた。行くぞ……」
何とか性欲を抑え込んだクリエス。唇を噛みながらも、真っ先に洞窟へと入っていく。
ヒナの言葉が心に突き刺さっている。彼女の手助けをしようと合流を急いだというのに、今のところクラーケン・ガヌーシャを討伐しただけであったのだ。
タワワ岩礁の内部は細い通路のよう。これでは大型の魔物は現れない。魔素が漏れ出す通風口でしかない感じだ。
やはり現れるのは小さく弱い魔物である。これならばヒナだけでも対処できるだろう。
「ヒナ……」
クリエスは溜め息を吐いていた。諦めたような話をしたヒナであるが、魔物と戦う様子は真剣そのもの。やはり簡単ではない。一度受けた生を諦めるなんてことは。
ヒナの愛刀デカボイーンもまた切れ味は抜群であった。体力値はともかく戦闘値はスキル効果もあってアストラル世界で無双できるほどだ。よってクリエスが心配するような場面は訪れない。
「ヒナ、レベルは幾つ上がった?」
クリエスが聞いた。強い魔物は少なかったけれど、それでもかなりの数を倒してきたのだ。ある程度は上がったのではないかと考えている。
「4つです……」
上がらないよりマシであったが、期待とは裏腹に僅かなレベルアップでしかない。ヒナはレベル1300に迫ろうとしているのだ。雑魚を幾ら倒したとしてレベルアップなど期待できない。
「やっぱ強敵を倒すしかねぇ……」
ひとえに強敵と言っても数が限られている。災害級以上の魔物が多くいるはずもないのだ。やはりペタンコを無理にでも倒しておくべきであったと思う。今後、ヒナが大幅にレベルアップする機会はあまりないはずだ。
「ここのダンジョンボスは絶対に……」
もしもヒナがレベルアップするならば、考えられる魔物は二体のみ。オルカプス火山の守護者は既にクリエスが討伐していたし、チンチポッポ島もまたクリアとなっているのだ。
残すはタワワ岩礁のダンジョンと、北にあるデスメタリア山のダンジョンだけ。その二つのダンジョンボスは確実にヒナが討伐しなければならない。
「クリエス様、火口が見えてきました!」
山ではなかったタワワ岩礁のダンジョンは意外と浅かったらしい。レベルアップという目的もあったクリエスたちには残念に感じるところでもある。
灼熱の火口を彷徨く。ここもやはりエルサとパリカには上階にて待機してもらっている。彼女たちは邪魔になるだけだ。元より生存すらできない火口まで連れてくるなんてできない。
「主たち、何ようかの?」
オーブを捜すクリエスたちに声かけがあった。恐らくはダンジョンボス。かつてツルオカが守護者として配置した魔物に違いない。かといって、これまでのダンジョンボスとは異なり、いきなり交戦になることはなかった。
振り返るとそこには巨大な亀がいる。さりとて、竜種ほどの巨躯というわけでもなく、全高にしてクリエスよりも少し高いくらいだった。
「お前がオーブを守るダンジョンボスか?」
クリエスが質問を投げる。不意打ちしてこなかった現状から、一応は理性的なのかと。
「ほう、ならば地平十字について知っているようだな? 如何にも儂がダンジョンボス。オーブの守護者たる玄武である」
「玄武?」
クリエスが質問を続けた。固有の名を持つ魔物だろうか。亀の魔物は割と種類がいたけれど、クリエスの記憶にない名称である。
「如何にも。儂は誇り高き四神の一角。かつては世界の守護者であった。白虎、青龍、朱雀、更には玄武たる儂を合わせて四神だ……」
どうやら玄武は四神という神格持ちであるらしい。思えばツルオカが配置した魔物は全て神格相当であったように思う。精霊から神獣、そして四神。ツルオカは言葉巧みにオーブの守護者としてしまったようだ。
「世界を裏切ったってわけだな? ちんけなオーブの守護者に墜ちたってことは……」
恐らく四神とは世界が配置した地神であろう。世界の安寧を願って生み出された神に違いない。
「それは儂のせいではない。全ては青龍が裏切ったからだ。四神は四体でこそバランスが取れておったというのに……」
どうやら四体が合わさり、強大な力を有していたのだという。青龍の裏切りによって、三体となった四神は力を失ってしまったのかもしれない。
「青龍は四神を抜け、竜神となった。儂らが足手纏いであると独立した神になったのだ」
竜神という名はクリエスも知っている。それは確かイーサが超催婬をかけて倒したという地神の一つであったはず。
「まあ竜神は滅びたようだがな。欲どしい奴に相応しい最後だ……」
クリエスは頷いている。世界に認められた四神とはいえ、スタンドプレイをしたのなら滅びて然るべき。自分を過信した者は往々にしてそうなる運命なのだ。
「単独ソロライブで儲けようなど笑わせる。青龍が急に脱退したせいで、儂らは解散コンサートすらも開催できなかったのだ。傲慢にも程があるわ……」
何だかよく分からない話になった。クリエスは眉根を寄せている。
「総選挙でセンターを勝ち取ったくらいでソロ活動とか片腹痛い!!」
「四神ってそういうやつ!?」
目が点になってしまう。まるで理解不能な話だが、世界はその頃からバランスを崩していたのではないかと思う。何しろ四神は世界の安寧に少しも寄与しそうな気がしないのだ。
「儂ら四神はアストラル世界のアイドルであった。青龍のセイに朱雀のスーと白虎のハク。全員が大人気であったわ。もう少しでミリオン神力が貯まろうとしていたのだがな……」
「お前もアイドル神だったのか? 人気グループの……?」
どう考えても亀は人気がなかったと思う。青龍や白虎、朱雀とは見た目の差が激しい。
「当然だろ? 一番人気であったかもしれん。何しろ儂の愛称にだけ敬称がつけられていたほどだ。ファンは儂を手の届くアイドルではなく、神だと崇拝しておったわ」
饒舌に玄武が語る。スーやハク、セイよりも人気があったというアイドル時代の愛称について。
「ゲン爺さんと……」
「お前だけ場違いじゃん!!」
やはり断トツで人気がなかったのだと思われる。ゲン爺さんが足を引っ張っていたから、青龍は脱退したという仮説が考えられた。
「とにかく儂はアイドルとして第一線に残ることに疲れてしもうたのだ……」
「疑わしい第一線だけどな!?」
クリエスは認識を改めさせようとするも、無駄なことであった。
「儂は超人気アイドルを引退し、普通の亀になりたかったのだよ」
「元から普通だって!」
圧倒的に自己評価が高い。
三人のかませだということに玄武だけが気付いていないようだ。
「儂は一人、ステージにそっとマイクを置いた……」
「図々しい亀だな!?」
正直に疲れている。さっさと戦闘を始めたかったというのに。
「まあそれで儂は世界を放浪しておったのだ。ツルオカに出会ったのは神力も底を突いた頃であった」
ようやく話が進む。玄武の昔話にツルオカが現れていた。オーブの守護者となる経緯が語られようとしている。
「奴は儂にアイドル復帰を願った。まあしかし、スポットライトの中央にはもう興味がなかったのだ……」
「絶対に見切れてただろ!?」
過度に美化された話である。玄武の身体はスポットライトから確実にズレていたはずなのに。
「あまりにしつこく頼むものでな。仕方ないから、儂は裏方なら引き受けると返答した」
どうやら玄武はツルオカの言霊によって操られたようだ。心にもないアイドル復帰を頼むことで、労せずオーブの守護者としてしまったらしい。
「それでオーブを守っているのか?」
「そうだ。四神は既に解散したのだ。青龍亡き今、復活するなどあり得ん。儂らは四人で四神。バックセンターの儂がいたとして、当時の人気には届かん」
「バックセンターってなんだ?」
アイドル神文化に疎いクリエスは問いを返している。バックセンターなるものが、どういったものなのかと。
「儂は固定されたセンターなんじゃ。フロントセンターは三人の人気投票で決まっておったのだが、儂は選挙に参加する必要がなかった。一番人気である儂はバックセンターから外れるわけにはならんからな。三人に頼まれたなら、儂も引き受けるしかないだろう?」
どうやら玄武はツルオカだけでなく、四神のメンバーにも良いように扱われていたらしい。バックセンターという立場を与えられていたものの、そこは絶対にスポットライト外であるはずだ。
「背中は任せたぞ――と」
「ああん、騙されてるぅぅ!!」
可哀相な玄武。今になって青竜たちが非道な神ではないかと思えてならない。仲間を思う気持ちが圧倒的に足りていないのだ。
「まあツルオカに義理はないのだが、引き受けた以上はやり遂げるのが儂の信念だ」
「損な生き方してんな……」
同情してしまうけれど、玄武は倒しておく。クリエスは決意していた。またこの戦闘は勝利が確定しているとも考えている。
『婿殿、やる気か?』
「ああ、四神なら問題ねぇ……」
かつてイーサは四神を脱退した青龍を倒したのだ。竜神になった青龍を魔王候補となる前に討伐している。ならば魔王化したクリエスは玄武に負けるはずがない。
「超催婬ッッ!!」
魔王となり解放された超催婬。これにて玄武の自由を奪う算段である。幾度となくかけ続けるしかない。玄武の意識を完全に掌握できるまで。
「うおおぉぉっ!?」
ところが、玄武は一発で催婬にかかってしまう。元より疑うことを知らない彼は少しも淫夢耐性を持っていなかったらしい。
「うはっ、うはっ……」
気持ちの悪いゲン爺さんこと玄武の声が火口に響く。たった一回で成功するとは思わなかったクリエスは呆然とその様子を眺めている。
『婿殿、どういった淫夢を見せたのじゃ……?』
「いや、ただ巨乳の夢だが……」
どうやら玄武は嗜好がツルオカとは異なるようだ。巨乳の夢を見てニヤけ顔の彼を見る限りは明らかであろう。
「さて、とりあえずアンデッド化させるか。ヒナが倒せるように」
「お、お願いします……」
妙な会話のせいで罪悪感があったけれど、クリエスたちには後がない。少しでも強者を倒しておかねば取り返しのつかないことになってしまう。
「しっかし、アンデッド生成術【極】まで熟練度がマックスになってる。シミツキパンツの錬成は馬鹿げてんな……」
『魔王化したのじゃから、術の難易度はグッと下がったはず。光属性の勇者であった頃よりもな。ステータスを上げるよりも、有する力を最大化するくらいは容易だったはずじゃ』
イーサの解説にクリエスは頷いている。確かに持てる力を最大化しただけだ。二つあったサブジョブを統合し、集約することによって。
『それで婿殿はだいぶ調子が良くなったんじゃないか?』
イーサが続けた。魂を接続する彼女はクリエスの体調を直に感じ取っているようだ。
「ああ、超催婬を使ったらスッキリした。やはり魔王なんだと思う。破壊衝動を抑えるには力を使っていくしかないみたいだ」
魔王はやはり悪のジョブだと確信している。催婬は破壊スキルなどではなかったけれど、闇属性スキルの使用は湧き立つ衝動を抑えるのに役立っていた。
「アンデッド生成術【極】!!」
クリエスは迷わずアンデッド生成術【極】を実行していく。ヒナの目標レベルは1965が最低ラインなのだ。同情などによって見逃すつもりはない。
ところが、玄武はニヘラと笑ったまま朽ちることがなかった。熟練度マックスであるアンデッド生成術が少しも効いていない。
「やっぱ四神というだけはあるな……」
神格が問題となってしまう。催婬は問題なかったというのに、身体を蝕む術式はレジストされている感じだ。
『婿殿、かけ続けるのじゃ。試行数がものを言う。レジストは絶対ではない。それは妾が証明しておる』
察知したのかイーサが助言をくれる。確かに剣術が一度入ったとしてしれているけれど、催婬や腐食術ならば一度でも充分だ。サキュバスであったイーサにもできたこと。魔王化したクリエスならば分母は彼女よりも小さくなるはずだ。
「アンデッド生成術【極】!!」
クリエスはアンデッド生成術【極】を撃ち続ける。持久戦はお手のものだと。ヒナのためにアンデッド化させるしかない。更には死体使役術【極】をかけ、使役しなければならなかった。
『婿殿、妾も手を貸そう。婿殿の術式行使に干渉してやるのじゃ』
見かねたのかイーサが言った。クリエスの術式に干渉するのだと。
「んなことできんの? 一発で決められるのか?」
『婿殿と同化して魔王となった妾じゃぞ? 現在の結びつきはかなり蜜になっておる。色々と分かるのじゃし、駄肉の術式くらい行使できるじゃろ』
軽く言うイーサであったが、クリエスは彼女を頼るしかない。天界のフォローが期待できない今は先輩魔王であるイーサに任せるべきであった。
『婿殿の術式展開に合わせる。同時に発動させるのじゃ。きっと上手く行く』
こんなにも頼りがいがあるだなんて思いもしなかった。かつて世界を震撼させた凶悪な悪霊であったけれど、今は間違いなくクリエスの仲間である。
「サンキュー、イーサ。本当に助かる」
『婿殿、礼には及ばぬ! さあ腐らせてやるのじゃ。亀は頭だけで充分なのじゃからな!』
少し見直したのだが、最後はいつも通り。サキュバスジョークが炸裂していたものの、此度はツッコむことなくクリエスは笑っている。
「いくぞ、イーサ!」
『望むところじゃ!』
クリエスはアンデッド生成術【極】を実行。すると同時に脳裏へと展開されていく術式を確認できた。恐らく、それはイーサが発動させているもの。クリエスを介してアンデッド生成術【極】が並列起動している。
「『アンデッド生成術【極】!』」
聞いていたように二人同時に発動となる。また考えていたよりも力強い魔力が流れ、想像していたよりもスムーズに実行されていた。
二人の手の平の前には巨大な魔法陣。異様なほど魔力が圧縮したあと、アンデッド生成術【極】が解き放たれている。
刹那に苦しむような声を上げる玄武。先ほどまでのアヘ顔は影をひそめ、苦痛に喘ぐ表情をしていた。
『婿殿、入った! 死体使役術【極】で仕上げといこうぞ!!』
催婬にかかったまま玄武が朽ちていく。即座に二人は死体使役術【極】を実行に移す。使役するための術式を撃ち放っていた。
「『死体使役術【極】!!』」
再び同時に発動する。先ほどとは異なる魔法陣が展開され、闇の魔素が玄武を覆い尽くす。
玄武を覆った暗雲。漆黒に染まったかと思えば、霧が晴れるようにして消えていく。そこに残されたのはピクリともしない玄武だけであった。
チラリと視線をイーサに向けると、彼女は頷いている。現状がどうなっているのかよく分からなかったものの、イーサの頷きは確信を得ても構わないものに違いない。
「やった……」
正直にイーサが使役したとしか思えないが、それでも満足であった。ゾンビとして使役することで、ヒナが安全確実に倒すことができるのだから。
『婿殿、動くなと命じておくのじゃ』
「俺が? お前じゃなくて?」
二人同時に発動したけれど、成功したのはイーサの術であるはず。だが、彼女はクリエスに命令を出せという。
『妾のスキルではないのじゃぞ? 妾は婿殿のスキルを拝借して行使したまで。術式の帰結先は婿殿なのじゃ』
なるほどとクリエス。確かに同質化をして魔王となったイーサだが、ミアの術式まで入手していない。魂を接続するクリエスの術式を借り受ける形で実行しただけのよう。
納得したクリエスは玄武に動くなと指示を出し、ヒナを振り返る。
「ヒナ、全力でぶっ放せ。君の未来を閉ざすもの。全てぶっ壊してやれ!」
クリエスの声にヒナはコクリと頷いていた。既に勝利は確定的。動かぬ的であり、神格を有するヒナにとって、玄武の神格は問題とならないのだから。
「セイクリッドフレアァァッ!!」
ヒナの神聖魔法が炸裂する。自信満々に撃ち放たれたそれは玄武の身体を貫いていた。
結果は想像よりも容易い。玄武の身体は一瞬にして消し去られており、期待するところはどれだけの魂強度を得られるかだけであった。
現在ヒナのレベルは1289。レベル1965を超えてくると制約達成に現実味を帯びてくる。
例によって例のごとく玄武が存在した場所から現れた黒い靄がヒナへと吸い込まれていく。確実に魂強度を得られた瞬間であった。
緊張の一瞬。ヒナの脳裏に通知が届いている。
『レベル1424になりました――――』
愕然とするヒナ。かつて四神と呼ばれた玄武を倒したというのに、奪っただろう魂強度は想像よりもずっと少ない。クリエスの魔眼が使えなくなっていたから、正確なレベルは分からなかったけれど、軽く500以上は上がると考えていたのに現実は135上がっただけである。
「ヒナ、どうだった?」
クリエスに返す言葉がない。レベルアップはヒナの責任ではなかったけれど、完璧なお膳立てをしてくれた彼に135しか上がらなかったなんて口にできなかった。
小さく首を振る。懸念となっている体力値は9上がっただけ。伝えられる内容がヒナにはない。
「そっか、駄目だったか……」
『まあ、仕方があるまい。亀は好戦的なタイプではなかったし、実際に世界を守護するため魔物を率先して狩っていたということもなかったのじゃろう。こうなると婿殿が倒して神格を奪った方が良かったまであ……』
「イーサ、黙れっ!!」
イーサは感じたままを口にしただけ。もしもクリエスが更なる神格を得ておれば、邪神にも対抗できたかもしれないのだと。イーサはこの先を見越して答えただけだというのに。
『失敬。ま、今さらじゃな。北にあるというオーブの守護者に期待するしかないの』
クリエスは頷いている。怒鳴ったことをイーサに謝ってから、もう一度、ヒナに聞いてみた。
「ヒナ、体力値はどれだけ上がった? 俺は別に落胆しねぇから。上がらなかったならともかく、幾らかでも上がったんだろ?」
クリエスの問いには頷きが返されている。加えて小さな声で9しか上がりませんでしたと続けられた。
「そうか。あと一カ所、強者がいる。まだ諦めんな……」
クリエスはそれ以上問うことなくオーブの前へと進む。邪神ツルオカの地平十字はこのオーブを破壊することで機能しなくなる可能性が高い。何しろ東西のオーブを破壊するのだ。ここを潰せば、もう十字になることはないのだから。
東のオーブと同じく叩き割る。と同時に全員が全力でダンジョンを駆け上がっていく。
オーブを破壊すると噴火が起きてしまうのだ。巻き込まれないためにも、全力疾走にて海上を目指している。
少なからず落胆していたけれど、クリエスだけでなくヒナもまた前を向くのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
明日は二話更新です!
どうぞよろしくです(>_<)/
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