第125話 望まぬ結果

『サブジョブ【魔王】はメインジョブへと昇格します』


 愕然とするしかない。何がどうなって魔王となったのか。幾度となく頭を振るけれど、通知によるとメインジョブが魔王となってしまったらしい。


「嘘……だろ?」


 戸惑うクリエスに追い打ちをかけるように通知が続く。


『スキル【ニルヴァーナ】を習得しました』

『固有スキル【超回復】を獲得しました』


 続けられたのはイーサが持っていた強大魔法ニルヴァーナと魔王ケンタが所有していた超回復を獲得したとの内容。メインジョブとなったことで習得に至ったのかもしれない。


 クリエスの困惑はそれだけで終わらなかった。


『以降、シルアンナの寵愛は機能停止となります』


 息を呑むクリエス。未だ何も理解できないのだ。しかし、呆然とするクリエスを嘲笑うかのように現実は進行していく。


 刹那に、大量の荷物が飛び出してきたのだ。それらは全てクリエスがアイテムボックスへと収納していたもの。食糧から小舟まで全てが一瞬にして取り出されてしまう。


「クリエス様!?」


 流石に意味不明な行動と感じられたのだろう。ヒナが声を大きくし、クリエスの名を呼ぶ。


 今もまだ頭の整理ができていないクリエスはヒナに対する返答を持っていない。

 ところが、この状況でたった一人、クリエスの変化を理解する者がいた。


『婿殿、覚醒したのじゃな……?』


 それはイーサであった。彼女は魂の接続を果たしているからか、察知できたのかもしれない。


 イーサの問いには頷くクリエス。質問の回答だけは明確に通知されていたのだから。


「俺は魔王になった……」


 クリエスの話に全員が絶句している。魔道具を錬成したシミツキパンツでさえも。


「クリエス様が魔王に?」


「間違いない。通知があったんだ。あと魔王化した俺はシルアンナの寵愛を失ってしまったらしい。魔眼はグレーアウトしているし、アイテムボックスも使えなくなった。だけど、使えなかったイーサの超催婬は使用可能になっているな」


 すまないがアイテムは収納してくれとクリエス。当然のこと、ヒナは散らかったアイテムを収納していくのだが、疑問が全て解決したわけではない。


「クリエス様、魔王化によって何か変化はございますか? たとえば内面的なことで」


 ヒナはクリエスから邪悪な気配を感じ取っていた。一応は普通に会話しているけれど、クリエスに何かしらの変化が起きたのは間違いない。


「それな。確かに力が湧いてくるんだが、破壊衝動的な感情まで伴っている。力を使えば意識ごと持って行かれるかもしれない」


 こんな今もクリエスは込み上げる悪意を意識と切り離していたのだ。気を許せば悪に染まってしまいそうな気がしている。


『婿殿は心配ないじゃろう。光属性を持っておるから、妾よりも簡単じゃろうて』

「んん? お前も抑え込んでいたのか?」


 気になるのはイーサがどうやって対処しているかだ。彼女の倫理観は滅茶苦茶であるけれど、邪神竜のように見境なく破壊するような存在ではない。


『いや、最初は完全に我を失っておった。それこそ街という街を襲ってしもうたな。まあしかし、ニルヴァーナを一発撃ち放って昏倒したあとは力を制御できるようになった』


「ニルヴァーナってあの地面が割れたやつだよな? 俺も今さっき習得した……」


 魔王ケンタとの一戦にてイーサが唱えた強大魔法。大きく地面が割れたのを覚えている。


『うむ。あの頃、妾は正気を失っておってな。北大陸を南北に割ってしもうた』

「やはり世界の狭間はイーサ様が生み出したものなのでしょうか!?」

『何せ破壊衝動のままに動いておったからの。馬っころ魔王の女漁りなど可愛いもんじゃて』


「笑いごっちゃねぇよ。まあでも、今となってはその気持ちが分かる……」


 気を張っていないと目に入るもの全てを壊してしまいそうだ。加えて、どうしてか性欲が抑えきれなくなっていた。


「イーサ、俺はどうも性欲が増幅されたようなんだが、なぜだか分かるか? ちなみに魔王ケンタが持っていた超回復というスキルを手に入れたんだけど……」


『婿殿はあの馬っころ魔王の魂強度を取り込んだじゃろ? 恐らくそのせいじゃろうな。妾とも接続しておるから、ニルヴァーナまで習得できたのじゃろう』


 イーサの推論であったけれど、納得がいく説明であった。ケンタのスキルを継承してしまったのは魂強度を奪ったからだと思われる。


『性欲はそこの娘ッ子で解消せい。超回復と精力増強はワンセットなんじゃろう』


 常にエクストラヒールが自動発動するならば無敵に近い。元々の精力が魔王ケンタとは異なるだろうが、それでも間違いなく増強されているはず。致死性の攻撃を何度回復できるのか不明であったけれど、クリエスは戦う力を手に入れたといっても過言ではない。


「わわわ、わたくしで解消ですか!?」


 エルサにイーサの声は聞こえていない。よって余計な問題には発展しなかったものの、流石にヒナは戸惑っている。


『妾が乗り移ってやろうか? 手解きしてやるのじゃ!』

「やめろ。リング(絶)で性欲にはもう慣れた。破壊衝動共々抑え込んでやる」


『ふはは、男前じゃのう。ま、婿殿は光属性持ちじゃし、抑え込めるかもしれんの』


 ケタケタと笑うイーサ。人ごとだと思っているのか、彼女はまるで心配していない。


『それはそうと妾も覚醒した――――』


 ここでイーサはとんでもない話をシレッと伝えてしまう。霊体であるイーサまで魔王化するだなんて意味不明である。


「マジで? 何か変化はあったか?」

『いや、何もないの。ステータスがアップしたくらいじゃろう。接続する婿殿の覚醒が原因。元々婿殿のジョブは妾のジョブであるしの』


 ようやくクリエスも物事を整理できていた。困惑したけれど、自制できるのなら問題はない。力を欲したのは自分自身であるし、リング(秘)は望みを叶えてくれただけだ。


『何にせよ婿殿も強くなれたじゃないか? 馬っころ魔王並になれたんじゃないかの?』


 ニシシとイーサは笑っている。相変わらず彼女は他人事のようだ。


「クリエスさんが馬っころ魔王並みだなんてあり得ないです!」


 どうしてかシミツキパンツはイーサの話を否定する。自身が作り出した魔道具に自信があるのか、或いはそこまで強くならないと考えているのか。


「クリエスさんはショートダガーですし……」

「馬並みって意味じゃねぇよ!!」


 やはり悪魔は馬鹿である。クリエスは嘆息しつつ、何度目かの感想を持った。

 長い息を吐くと、やりきれない思いが沸き立つ。現状の矛盾がクリエスを悩ませてしまう。


「笑っちまうよな? 闇属性の魔王と光属性の神が戦う。何も間違っていないけれど、俺が魔王なんだぜ?」


 立場的正義。世界を救おうとしているのだが、クリエスは魔王だ。破壊衝動に呑まれてしまえば、その名の通り世界を混沌に陥れるだろう。仮に邪神を討ったとしても、世界に脅威が残ってしまうはず。


「クリエス様、わたくしは貴方様を信じております。既に二度も世界を救った貴方様が世界の脅威になることなどございませんわ。ジョブが魔王だろうと関係のないことです」


 溜め息を吐くクリエスにヒナが返した。ジョブが何であろうとクリエスはクリエスである。邪神竜と魔王を退けた救世主に他ならないのだと。


「ありがとう、ヒナ。ま、ちっと弱気になったかな。とりあえず邪神の復活を阻止すれば問題ねぇ。さっさとタワワ岩礁に行くぞ」


 現人神になるはずが、魔王となってしまった。しかし、邪神の復活さえ阻止できたのなら、戦う必要はない。女神の加護すら失ったクリエスが神格を得られるはずもないし、邪神の復活を阻止することこそが最優先事項に他ならなかった。


「クリエスさん、これがヒナさん用のリングです。体力値のみですがプラス3の効果が得られました」


 シミツキパンツは脱線ばかりであったけれど、仕事は早かった。対価を受け取った彼女は約束通りにヒナの体力値を強化できるリングを錬成し終えている。


「サンキュー。それで悪いけど、パリカさんは俺たちに付き合ってくれ。空を飛ばなきゃいけない場面があるからな」


 クリエスの話にどうしてかパリカは顔を青ざめている。邪神云々の話に恐怖しているのかもしれない。


「あたしの尻穴で性欲を解消するためですか!?」

「だから話を聞けぇぇっ!!」


 本当にパリカは話を聞いていない。かといって他の人材は危険極まりない。サソイウケとソウウケは貞操の危機であるし、シミツキパンツは完全に性癖が壊れている。消去法により残ったのがパリカであっただけだ。


 まあしかし、大きな声を出したことで気分は落ち着いていた。やりきれない現状ではあったけれど、再び前を向こうと思える。


 これよりクリエスたちは西の海に浮かぶタワワ岩礁へと向かう。

 邪神ツルオカの復活を阻止するために……。

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