第124話 不測の事態

「世界を救う力だ……」


 クリエスは要求していた。世界を救う力が欲しいと。シミツキパンツは天使でも神でもなかったというのに。


「それを、わたしに願うっていうの?」

「できるのか、できないのか、どっちだ?」


 やや威圧的にクリエスが聞く。悪魔を脅すような真似であったけれど、クリエスは至って真面目に質問している。


「ふふ、君は面白いね? さっきも話した通り、直接ステータスを触るのは難しい。けれど、君の能力を引き出すことなら可能だと思うね」


 言ってシミツキパンツはルーペのようなものを取り出し、クリエスを見る。彼女はクリエスのステータスを覗いているのかもしれない。


「ふーん、凄いじゃん」


 一通り見終わったのかシミツキパンツは納得したように顔を上下させた。


「ショートダガーなのに……」

「それを言わないでぇぇっ!」


 とりあえず笑い合ったあと、シミツキパンツは錬成陣を展開。クイッと人差し指を動かし、アダマンタイトを要求している。


 クリエスは頷くや、ドルマン伯爵からもらったアダマンタイトを差し出す。望むアイテムを錬成してもらおうと。


「錬成!!」


 呆気ないものである。錬成陣にアダマンタイトが吸い込まれたかと思えば、先ほどと同じように錬成陣からアイテムを取り出していた。


「これが……?」


 クリエスの問いにシミツキパンツは頷く。

 指輪のようだが、指を通す穴が小さすぎる。細い糸くらいしか通せそうにない。


「それは尻穴矯正器です」

「誰が先にてめぇのを作れと言った!?」


 失敬とシミツキパンツ。再び錬成陣を展開し、新たなるアイテムを錬成していた。


 今度は間違いなく指輪のよう。だが、一応は確認しておかねばならない。間違っても尻穴矯正器なんてものを指につけたくはなかった。


「それはクリエスさんの秘める力を増幅させるリング。ただ強い力を与えすぎてしまったからでしょう。バランスを保つために、デメリット効果が付加されてしまいました」


 シミツキパンツの鑑定によると、どうやらリング(絶)と同じようにデメリットが生じてしまうらしい。


「装備すると君に潜む強大な力が目覚めるでしょう。でも、お勧めはできないかな」

「デメリットは何だよ? 俺は力を欲している。ある程度は覚悟しているから」


 クリエスの話にシミツキパンツはコクリと頷いて見せた。使用に関しては自己責任なのだと。


「外れなくなる」


 眉根を寄せるクリエス。その効果はリング(絶)と変わらない。ミアが持っていたリングはレベル2000を超えるまで外れないというものであった。


「外れない? それだけなら何の問題もないじゃないか?」

「デメリットはそれだけ。だけど、よく考えて欲しい。もしも不測の事態に陥ったとき、取り返しがつかないことになる。それは指を切り落とそうが効果を失わない。解除条件がないのだから、わたしにも外すことができないんだ。危機管理は大切だよ? 軽はずみな行動は必ず災いを引き起こすからね」


 シミツキパンツは悪魔であるというのに、まるで諭すようにクリエスへと告げる。


「わたしの尻穴みたいに……」

「凄い説得力だ!!」


 危機管理については理解したものの、クリエスとて覚悟は決めているのだ。たとえ何が起きようともアストラル世界と愛すべき人々を守りたいと思う。だからこそ、身に降りかかる災難を怖がってなどいられない。



【銘】リング(秘)

【種別】リング

【制作者】シミラ・ツキムス・パントューザ

【レアリティ】★★★★★

【条件】

・取り外し不可

【効果】

・使用者の能力を最大限に引き出す



 魔眼にて確認するも、特に気になる内容はない。女性に嫌われることもなければ、絶倫になることだって。効果は能力を最大限に引き出すことであり、外せないといったデメリットも許容できる内容であった。


「俺は装備すっぞ……」


 言ってクリエスは指輪を人差し指へと滑らせていく。

 少しの後悔だって抱くことはないのだと……。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 天界では今もディーテとシルアンナが邪神ツルオカについて話し合っていた。

 信徒たちからは続々と報告が上がっており、気になっていた地平十字のクロスポイントについても詳細が判明している。


「聖域の結界は解けそうにありませんね……」


 どうやらツルオカは聖域に結界を張っていたらしい。また僧兵たちでは解除することができず、侵入できなかったとのことだ。


「千年も機能する結界とか、やはりツルオカは並の勇者ではなかったのですね?」

「能力は突出しておりましたから。恐らく彼の遺体が安置されているのだと思われます」


 ディーテが見解を述べるも、シルアンナは小首を傾げている。


「彼は生きながらにして、内側から結界を張ったというのでしょうか?」

「ええ、恐らく。ツルオカは晩年をそこで過ごしたのでしょう。死期を悟り、生き仏と化したと考えるべきですね」


 教皇にまでなったツルオカ。最後は生き仏となることを選択したという。なぜなら神として復活しようとしていたのだ。生き仏は僅かながらに神格を得られる手段であったのだから。


「本当に恐ろしいまでの強い意志を感じますね。彼を復活させてはならないと感じます」

「ええ、本当に。クリエス君たちにはオーブの破壊を続けてもらいましょう。あと二つ破壊すれば、恐らく機能しなくなるはずです」


 ディーテは地平十字の術式について語る。四つあるオーブのうち、三つを破壊すること。それを彼女は目標に据えていた。


 女神たちはアストラル世界の未来に期待している。邪竜と魔王を討伐したのだ。だからこそ、未来が開けていると疑わない。


 しかしながら、突如としてディーテの業務室に警報音が鳴り響く。まるで意味不明の事態。流石の女神たちも取り乱している。


「何が起きたというの!?」


 ディーテは下界監視モニターを確認。何かの間違いかと思うも、通知された内容は判然としたものだ。


 状況は至ってシンプルであり、困惑したものの内容自体は理解できた。アストラル世界に今何が起きたのかを。


『魔王発生率100%――――』



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 意を決してリング(秘)を装備したクリエス。力を欲した彼。期待と不安が入り混じる中で、指輪の効果を待っている。


 ところが、急に吐き気を催す。腹の底から力が溢れている感じだ。この力に抗うことなく全てを受け止める。クリエスはそれこそが望んだ力なのだと思う。


「クリエス様!?」


 苦しみだしたクリエスを心配したのか、ヒナが駆け寄る。傍目には指輪を装着しただけ。しかし、苦しみ始めた原因はその指輪しかあり得ない。


 ヒナはクリエスに代わって指輪を外そうとする。けれども、まるで指に接着されたようになっており、動かすことすらできない。


「もう効果が発動しているの……?」


 荒い息を吐くクリエス。彼の背中をさすろうとすると、どうしてか嫌な空気を感じてしまう。


 クリエスは苦痛に顔を歪めながら、ヒナを振り返る。


「問題ない、ヒナ……」


 どうやらクリエスは気を失わずに済んだようだ。こんな今も彼は戸惑っていた。何の通知もなければ苦しいだけ。少しずつ和らいでいたけれど、それは慣れただけのようにも思えた。


『サブジョブ【ネクロマンサー】は【魔王候補】に統合されました』


 不意に通知が脳裏へと届く。ようやくとクリエスに変化が起きたらしい。

 だが、その通知は望んでいたものとは違う。確かに力をくれと願ったけれど、クリエスが望む力ではなかった。


『サブジョブ【魔王候補】は覚醒しました』


 何が何だか分からない。しかし、力を得るという意味をクリエスは知らされている。続けられた通知によって。



『サブジョブ【魔王】はメインジョブへと昇格します――――』


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