第123話 悪魔の錬成

「そのジョブは現人神あらひとがみ――――」


 流石に振り返らずにはいられない。そのジョブは明確に神格を覚えさせるものであったのだから。


「現人神はその名の通り、世界が定めた中で最高の格を持っておる。ワシらのような天使や土着神とは絶対的に異なる存在。何しろ、それは明確に神の系譜であるからだ……」


 クリエスはゴクリと唾を飲み込む。ガマンによると、現人神は神に括られ、世界が自浄作用的に産み出す竜神や大精霊などとは根本的に異なる存在だという。天使であった彼らをも凌ぐ強大な存在らしい。


「どうしたらなれる?」


 知りたいのはその一点のみ。邪神が復活するならば、クリエスは現人神にならなければいけない。千という世界が滅ぼされし邪神。打ち勝った世界は現人神がいたというのだから。


「簡単ではない。やはり魂の格を上げるには神格を得なければならない。大介の場合は地母神という神と融合したとある。またその地母神はスカトロ・ウンコマミレ世界において女神をも超える信者を得ていたと記載してあった」


「融合? そんなこと可能なのか?」

「可能だから成ったのだ。まあしかし、通常ならば魂が格の差に耐えきれん。だが、その地母神とやらは大介に入れ込んでおってな。奇跡を起こしてまで大介に自らの力を託したという話だ……」


 どうやら成功したのは奇跡であったらしい。通常では魂が格の差に耐えきれないのだと。


「アストラル世界に俺と融合できる神はいるのか?」

「そう焦るな。何も神との融合だけが手ではない。神格を集めること。例えば大精霊の格を四体手に入れたとしても、同等の力になるだろう。要は現人神の格と等しい神格を得なければならない」


 クリエスは頷きを返す。かといって疑問が全て解消したわけではない。


「俺は今までに邪神竜ナーガラージを討伐している。確かナーガラージは大精霊シルフを取り込んでいた。現状、俺の神格は大精霊一体分と考えて構わないのか?」


 大精霊シルフの魂強度を奪って、ナーガラージは邪神竜となった。従って本を正せば、クリエスの神格は大精霊一体分となる。


「まあ一体分よりは多くなるだろう。何しろ神を名乗る魔物だ。小物であったとしても、大精霊二体分にはなっているだろうな」


 現状の神格が半分であるとすれば、残りは大精霊二体。クリエスは何とかして神格を得たいと思う。


「ウンディーが力を貸してくれたなら、あと一体ということになる……」


 幸いにもヒナがウンディー・ネネを連れていたのだ。元大精霊であったけれど、それはシルフ・イードも同じだ。シルフを取り込んだだけで邪神竜ナーガラージが発生したように、現状の力と魂の格は一致しないのだと思われる。


「やっぱペタンコも討伐するべきだったかな……」


 神格を得ることは難しい。大精霊数体では神に届かないのだ。ヒナのように天使の系譜に名を連ねるくらいである。


 クリエスが聞きたい話はもうなかった。よって再び旅立つことになるのだが、どうしてかヒナがガマンの前へと歩む。


「あの、わたくしが敵を倒すにはどうすればいいのでしょう? わたくしはレベルアップしなければならないのです。体力値を200まで上げなければ十八歳を前に天へと還る制約が課せられております」


 今し方の話によって、ガマンが元熾天使であったことを確認できた。ならば課せられた制約を遂げられる術を知っているのではないかと思う。


「むぅ、女神共め酷なことをしよるの。まあしかし、お前さんは天使だ。人としての肉体が滅びたとして、天界に回収されるだろう。天が定める善の魂であり、神格持ちであるのなら無下にはされんよ」


「そういうことではないのです。わたくしはアストラル世界で人として生き続けたい。まだ何も叶えていないのですから」


 ヒナは真面目に訴えている。相手は変態悪魔王ガマン・ジルであったというのに。


「体力値を32加算しなければなりません。また残された期間は二ヶ月しかありません」


 続けられた言葉にガマンは顔を何度も左右に振った。熾天使であった彼には分かる。下級天使にとって戦闘値と体力値は無縁のステータスなのだと。


「ただの天使が災害級以上と戦うなんて不可能だ。せめて大天使くらいにならなければ」


 大天使とはアークエンジェル。それでも下級天使なのだが、ガマン曰く大天使から戦闘能力が身につくとのことだ。


「大天使に昇華するにはどうすればいいのでしょう? 神格が必要ですか?」


「いや、神格は天使と変わりない。権天使まで神格は変わらんのだ。下級天使という括りでな。かといって昇華は難しいだろう。ワシとて人が生きながら天使に昇華した例を初めて見た。大天使になるのは不可能だと思うぞ」


 そうですかとヒナ。流石に肩を落としてしまう。

 落胆するヒナを見てしまってはクリエスも話に加わるしかない。元天界にいた彼らなら、何とかする術を持っているはずと。


「おいシミツキパンツ、お前はステータスアップの魔道具を作れないのか? 俺はお前が作った闇属性魔法を全解放するリングを持っているんだが」


 クリエスはシミツキパンツに聞いてみる。アイテムボックスから取り出して、リング(絶)を彼女に見せてみた。


「あ、それはサソイウケ様のリクエストで錬成したリング!?」


 やはり彼女が錬成したリングで間違いないようだ。しかし、おかしなことである。どうしてか、闇属性魔法を全解放するリングはサソイウケが求めたものであるらしい。


「サソイウケ? どうしてお前がこれを欲しがったんだ? これって闇属性魔法を熟練度に関係なく解放するやつだろ?」


「クリエスさん、それは闇属性魔法を全解放するリングじゃないって! サソイウケ様って不能でしょ? だから性欲が爆発するようにと錬成したものなんだよ」


 サソイウケに代わってシミツキパンツが答えた。彼女が話す通り効果には精力が無限大に増幅とある。だが、それはデメリットであったはず。


「リングの名前からして分かるでしょ?」


 小首を傾げるクリエスにシミツキパンツが語る。

 リング(絶)のメイン効果が何であるのかと。


「(絶)倫グだもの」

「分かるかよ!?」


 絶倫グだなんて思いもしなかった。どうして括弧書きにしたのか疑問でしかない。


「いや、懐かしいな。我はこれを装備しても治らなくての。シミラに何とか外してもらってから、旅先で出会ったエルフの女にくれてやったのだ」


 クリエスは思った。アストラル世界が脅威に晒されている現状。千年前から続く災禍。全てが繋がったように感じる。


「お前が元凶かよ!?」


 始まりは確実にベリルマッド六世であったものの、事態を加速させたのはサソイウケに他ならない。何気なく手渡したリングによって、彼は狂気のハイエルフを生み出してしまったのだから。


「まあそれで、ステータスアップの魔道具だけど、正直にステータスに関しては世界や神の領域だからね。プラス1とか2までならできるだろうけれど、パーセンテージで上昇させるようなものは錬成できないよ」


「じゃあ、それで良いから作れよ」


 プラス1でもないよりはマシである。最後の最後に1足りない場合だって考えられるのだから。


「わたしは悪魔だよ? タダで錬成すると思う?」


 そういえばシミツキパンツは悪魔であった。彼女は嫌らしい笑みを浮かべながら、ヒナの方を向く。


「ヒナ、仕方がない! 脱ぎたてパンツをシミツキパンツに渡すんだ! 大丈夫! 危険がないように俺が見守ってやるから!」


 クリエスはシミツキパンツに乗っかることにした。シミツキパンツなら必ず脱ぎたてパンツを要求するはずだと。


「まあ、その通りだよ。早く脱ぎたまえ」


 シミツキパンツはクリエスに同意。やはり彼女は脱ぎたてのパンツを所望されているようだ。


「早く、クリエスさん!!」

「俺かよ!?」


 ヒナの方を見ていたというのに、シミツキパンツはクリエスに要求している。たった今、穿いたばかりのパンツを。


「わたしの性癖を知っているでしょ! 小娘のパンツなんぞに興味はありません!」


 流石に困惑し、周囲を見渡そうとも味方はいない。全員が上下に頭を振っているのだから。


「ちくしょう……」

「クリエス様、申し訳ございません……」


 ヒナのためにパンツを脱ぐのだ。よってヒナは申し訳なさそうにクリエスへと近寄っていく。


「いや、構わん。ヒナの寿命が減るくらいなら、パンツくらい安いものさ」


 格好をつけようとするも最低な台詞。やはり締まらなかった。


「わたくしは感謝しております。転生を認めてくださっただけでなく、ご迷惑ばかりおかけして。更には色々と教えてもいただきました……」


 ヒナは感謝を述べる。クリエスがしてくれたことの全てに。


「ダガーとか……」

「それは忘れてぇぇっ!!」


 とはいえ、再びパンツを脱ぐことになるのだ。クリエスは己のダガーを晒さねばならない。


 焦れてきたのかシミツキパンツがピクリと眉を動かす。苛立つ彼女は早く脱いで欲しそうである。


「クリエスさん、さっさとショートダガーを見せるのです!」

「ショートいうなぁぁ!」


 もうクリエスの精神値はゼロにも等しい。全員の前でパンツを脱ぎ、散々弄られたダガーを見せるしかないのだ。


 まあしかし、二度目ともなれば恥ずかしさは軽減されている。男らしく堂々とクリエスは脱ぎたてパンツを手渡していた。


「クリエスさん、これって貴方まさか……?」


 目の前で脱いだというのに、どうしてかシミツキパンツは訝しむような目でクリエスを見ている。


「露出狂に?」

「るっせぇぇわ!」


 さっさと錬成しろとクリエス。堂々としていたのは、照れる方が恥ずかしいと分かっただけである。


「錬成!!」


 シミツキパンツが錬成を始める。稀代の錬金術師との名に相応しい。変態を除けば非常に有能な悪魔であった。


 出来上がったのはまたもやリング。シミツキパンツは眉を顰めながら、リングを確認している。


「あちゃぁ、+1しかない。やっぱオリハルコンじゃ1しか付かないね。アダマンタイトくらいじゃないと……」


 長い息を吐くシミツキパンツ。どうやら錬金術師として納得いく性能とはならなかったようだ。オリハルコンも幻金属と呼ばれる稀少鉱石だが、彼女はより珍しいアダマンタイト鉱石が必要だという。


「アダマンタイトなら持っているぞ?」

「えええ!?」


 シミツキパンツは驚いている。ミスリルやオリハルコンよりも希少価値が高いそれをクリエスが持っているなんて考えもしなかったらしい。


「ちょうだい! それなら満足いくものが作れる! 開発に失敗してぶっ壊れた尻穴の矯正器が!」


 シミツキパンツは天使時代に緩くなった尻穴を矯正したいという。リングに使用する分などしれているのだ。彼女は残りを手に入れたいと願う。


「まあ、くれてやっても良いのだが、何ていうかさ……対価?」


 クリエスは吹っ掛けてやろうと思う。恥をかく羽目になった仕返しとばかりに。


「ぐぬぬ、なんて悪魔的思考なの!? だけど、わたしも悪魔の端くれ。無料で願いを叶えてもらうほど落ちぶれていないわ! クリエスさんの望みを叶えてあげるよ。既に君が望むものは分かっている……」


 シミツキパンツもまた理解している。悪魔としての矜持か、彼女はクリエスの望みを叶えてくれるという。


「ウ○コが染みたパンツをあげるわ!」

「いらねぇから!!」


 やはり変態悪魔は当てにならない。クリエスの願望とはかけ離れた対価を提示している。


「じゃあ、何が望み? わたしのシミツキパンツよりも価値があるっての!?」

「シミツキパンツの評価たけぇなぁ……」


 本当に時間だけが過ぎていく。悪魔の相手に疲れ果てていたクリエスだが、彼には望みがあった。秀でた能力を持つリングを錬成した実績。彼女ならば自分の力になれるはずだと。


「俺は強大な力が欲しい……」


 クリエスは告げた。魔王を討伐したというのに、今もまだ力を求めているのだと。


「力?」


 問いを返すシミツキパンツにクリエスは頷き口にした。

 なぜに欲するのか。どうして力を求めるのを。


「世界を救う力だ――――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る