第122話 熾天使の記憶

 脱ぎたてパンツを贈呈することに決めたクリエス。岩陰に移動するも、どうしてか全員がついてくる。


「おい、パンツを脱ぐんだから、あっち行っていろ!」


 全員に向かって声を張る。ヒナやエルサまでついてくるだなんて想定外なのだ。

 クリエスの物言いに、まずはシミラが前に出た。どうやら彼女は反論があるらしい。


「クリエス氏、わたしは脱ぎたてかどうかを確認しなければなりませんから」


 それは一理あるように思う。しかし、他の面々はどうなのだと視線を投げる。


「クリエス様、わたくしは別に見届ける必要などないのですけれど、悪魔様たちが何かするといけませんので、お守りする意味でその……」


「クリエス殿、私はお嬢様の護衛です。如何なるときも付かず離れずであり、決して後学のためであるとか……」


 どうやら二人は興味本位である。呆れてしまうけれど、彼女たちもお年頃なのだろう。

 長い息を吐きながら、クリエスは残る者たちに目を向ける。


「我は趣味だ!」

「あたしも趣味です!」

『妾もじゃ!』

「少しくらい自重しやがれ!!」


 これでは岩陰に来た意味はない。もうクリエスは腹を括り、徐に脱ぎ始めている。


「ほう、ソード級なんだな……」

「大師匠、これならソード級には満たないと思います。ダガー級ではないでしょうか?」

「分析すんな!!」


 うるせぇとクリエス。しかしながら、とりあえずシミラに脱ぎたてパンツを渡し、クリエスは新しいパンツを穿く。


 何の因果で公然と生着替えしなければならないのかと疑問を感じつつも、何とかミッションを達成している。


「ほらよ、早く魔力を共有できる魔道具を錬成しろ」

「良いもの見させてもらいました。ならば悪魔は契約通りに動くだけ。魔力を共有する魔道具など容易いものです!」


 言ってシミラは錬成陣を展開する。事もなげにアイテムを作り出していた。

 ところが、シミラの表情が曇る。手にしたアイテムを彼女は眺めるだけだ。


「失敗しました。雑念が入ったようです……」


 ガクリと肩を落としてシミラが言った。容易いと言ってのけた稀代の錬金術師だが、どうやら失敗することもあるらしい。


「使えないのか?」


 どう使うのか分からないほど複雑な構造をしていたけれど、見た目は完成品のように感じる。だとすれば性能的な問題かもしれない。


「使えないことはないのですけれど……」


「じゃあ、試してみようぜ? 俺たちは先を急いでいるんだ」

「ですが、構わないのですか? これはその……」


 作り直す時間すら惜しい。クリエスはとりあえず魔力共有を試してみたいと願う。


「尻穴共有具ですが?」

「さっさと捨てちまえ!!」


 雑念が入りすぎだとクリエスは声を荒らげる。用途がまるで異なるものを生み出しているとは予想外であった。


「もう一度、やり直します!」


 再び錬成陣を展開し、シミラは再び魔道具を生み出している。

 今度は指輪であった。それも二つある。用途から考えて、今度こそ成功したと思えるものができあがっていた。


「二人以上の共有は難しいので、供給者は一人となりますが……」

「まあそうだろうな……」


 シミラの説明にガマンが同意する。どうやら複数人の魔力供給は困難であるらしい。


「アリンコも総受けにするのが難しいからな……」

「同列に語るな!!」


 低レベル過ぎる同意だが、シミラ曰く大きく間違ってはいないとのこと。二つ以上を同時に流し込むには魔力量の調節が必要であるし、ベースとなる者の能力にも依存するからであるようだ。


「ガマン様が呪文を唱え始めると、クリエス氏は魔力を循環させてください。エクストラヒールは貴方の光属性がなければ、発動しませんから」


 コクリと頷くとガマンが詠唱を始める。と同時にクリエスは魔力を循環させていく。

 魔力を循環させただけであるというのに、どうしてか手の平から魔力が失われていた。シミラが錬成したリングは正しく機能している感じだ。


 長々とした詠唱のあと、急激に魔力を持って行かれる感覚があった。恐らくは呪文が発動する瞬間に違いない。


「エクストラヒール!!」


 ガマンが手をかざすと、巨大な魔法陣が構築される。魔法陣からは目も眩む輝きが溢れ、それはヒナを包み込んでいく。


 全員が息を呑む。神秘的な煌めき。神の御業と称された奇跡の魔法が織りなすその全てに。


 ヒナの左足は再生されていた――――。


 誰も声を発しない。太股の辺りから千切れていたヒナの足。まるで何事もなかったかのように元通りとなっていたのだ。


 ヒナもまた驚きを隠せないでいる。二ヶ月以上も失っていた左足。まさか元通りになるなんて信じられなかったはず。


「クリエス様、わたくしの足が……」

「きっと悪い夢を見ていたんだ。悪夢はもう忘れよう。何もなかったんだよ……」


 優しく語るクリエスにヒナはコクリと頷いていた。彼女としても忘れ去りたい話であったことだろう。


「分かりました。それでクリエス様……」


 納得したようでヒナにはまだ疑問が残っているのかもしれない。彼女はクリエスに視線を合わせて呟くように言った。


「ダガー級って何でしょうか……?」

「それも忘れてくれぇぇっ!!」


 兎にも角にもヒナの足が元に戻った。これによりツルオカの邪神化を阻む目的だけが残ったことになる。


「ガマン、それに悪魔たち。ここでお別れだ。俺たちは邪神の復活を阻止する旅を続けなければならない」


 クリエスは目的を告げる。悪魔である彼らには関係のない話だ。とうの昔に天界を去った彼らはもう何の使命も持っていないのだから。


「邪神のぅ。本当にそんな輩が現れるのか?」


 ガマンが聞いた。クリエス自身も正直に分かりかねているのだが、天界が邪神復活の方向で動いているのだから間違いないと思う。


「ホリゾンタルエデン教団という者たちが動いている。邪神として復活しようとしているのは教団の創設者であり、千年前の勇者だ。方法までは分からないけれど、女神たちは危惧しているし、実際にツルオカという男は復活するための準備を済ませている」


「なるほどの。ワシの記憶によれば邪神が発生すると、世界は十中八九滅びるらしい。何しろ邪神は純粋な神格持ち。勇者なんぞで戦える相手ではないのだからな」


 当てにならない悪魔王であるが、意外にも詳細を口にしている。かつて熾天使だった折りの知識に他ならない。


「でも、絶対に滅びるわけではないんだろ?」

「まあそうだが、ワシが知っている中で、邪神討伐に成功した例は一つしかない。千件以上の邪神被害の処理を行った中でたった一つの世界だけだ……」


 どうやら邪神が発生してしまうと、討伐可能性はゼロに近いものとなるらしい。ディーテたちが躍起になっている理由を改めて知らされていた。


 クリエスは何度も首を振る。討伐できないのならば、復活を阻止するだけだと。


「邪神討伐に成功した第899番世界。最高神様も驚いておられた……」


 ガマンは語る。数多ある世界の中で唯一、邪神討伐に成功した世界の名を。


「スカトロ・ウンコマミレ世界の奇跡を――――」

「滅びたら良かったのに!!」


 台無しだよとクリエス。奇跡を起こしたまでは良かったのだが、世界の名が最悪であった。


「まあそういうな。スカトロ・ウンコマミレ世界は風光明媚なとても美しい世界らしい」

「ぜってぇウソだろ!?」


 クリエスのツッコミに怯むことなくガマンが続けた。


「何でも肥沃な大地が植物の成長に良く、美しい大自然を形成しているようだ……」

「そりゃウンコマミレだしな!」


 天然の肥だめならば、確かに作物や植物は良く育つだろう。

 即座にツッコミを入れるクリエスにガマンは不満げな表情である。


「少しは話を聞け?」

「じゃあ、ツッコませんなよ!?」


 明らかに事例が悪すぎる。もしも世界名が違っていたのなら、受け取り方も変わったかもしれないというのに。


「まあとにかく、スカトロ・ウンコマミレ世界は救われたのだ。たった一人の少年によって……」


 ようやく興味を惹く話に転換されていた。

 どうやら邪神から世界を救ったのは一人の少年であったらしい。


「少年の名はオシリ・ダイスキ……」

「嘘だよな!?」


 世界名ならまだしも、救世主まで最低な名をしているなんて流石に受け入れられない。


「失礼。尾霧大介おぎりだいすけであった……」

「失礼すぎるわ!!」


 なかなか話が進まない。悠久の時を生きる悪魔だからか、彼らは要点を述べるのが苦手である。


「まあそれで大介は邪神を倒したのだ」

「そこは詳しく言えよ!!」


 本当に中身がない話だ。クリエスは無駄な情報を得ただけである。


「ギャンギャンとうるさい奴だな?」

「お前のせいだろうが!?」


 もう何も聞くまいとクリエスは誓った。さっさとタワワ岩礁へと向かうべきだと。悪魔の入れ知恵など必要ないと思う。


「じゃあな……」

「まあ待て! 詳しい戦闘記述はなかったのだが、大介のジョブなら判明している」


 クリエスは踏み出す足を止めた。

 邪神を討伐したそのジョブ。気になる話に耳を傾けている。


「そのジョブは現人神あらひとがみ――――」

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