第120話 火口に眠るもの

 フェンリルの真名を看破したクリエス。正直に悩んでいる。今も頭を撫でて可愛がるイーサに辛い宣告をしなければならないからだ。結論はやはりヒナが魂強度を得るべきだろうと。


『よいか、ペタンコよ。妾はお主のご主人様じゃ……』


 頭を悩ますクリエスを余所に、イーサはペタンコを手懐けようとしている。今も愛犬と戯れるような彼女には嘆息するしかない。


『今は亡きバターの名を授ける!』

「バター生きてるからな!」


 クリエスの決心は固まった。どうせペタンコの価値も舐めることだけなのだ。同情の余地すらないとクリエスは思った。


「主人様、ここがオーブのある最下層です……」


 ペタンコに先導され、クリエスたちは火口に到着していた。

 魔素濃度が高すぎるため、エルサを上階に残している。一応は護衛をソウウケ氏に頼んでいるけれど、問題ごとをさっさと解決しなければならない。


「ところでペタンコ、ツルオカはオーブに関して何か話していたか?」


 良からぬものであるのは明白だった。オルカプス火山のオーブは破壊できそうになかったけれど、勇者となった今となっては破壊できるはず。


「ツルオカ様は世界を平定するための力と仰っておりました」


 その意味合いは不明であったものの、四カ所に設置されたそれらが世界にとって悪しきものであるのは明らかだ。


「破壊するとどうなる?」

「さあ、そこまでは。まあしかし、ツルオカ様が一つのアクシデントくらいで破綻する計画を立てるとは思えません」


 ペタンコの見解ではここにあるオーブを破壊したとして、ツルオカの計画に支障を来すことなどないという。


『婿殿、アレがオーブじゃろうな!』


 歩きながら話していると、イーサが問題のオーブを発見している。

 近付いてみると、オルカプス火山にあったものと酷似していた。大きさも色合いも同じだと思える。


『むぅ、これは明らかにおかしいぞ、婿殿……』


 どうしてかイーサは違和感を覚えたらしい。オルカプス火山にあったものと見た目は変わらなかったというのに。


「どうしてだ? 地平十字の先にオーブを配置しているんだろ? ここが東のオーブで、オルカプス火山のオーブが南だと思うけど」


 クリエスにはイーサのように違和感の正体が掴めない。


『いや、おかしい。西と北にも同じオーブがあるとするならば……』


 イーサが語る。彼女が覚える疑問について。


『キンタマが四つになってしまう!!』

「その認識を改めろ!!」


 真剣に考えて損したと思う。そういえば彼女はオルカプス火山でも同じような話を口走っていた。


「じゃあ、ぶっ壊して構わないな?」

『うむ、道理に反するキンタマなんぞ叩き割ってしまうのじゃ! 勇者となった婿殿の剣術ならば問題なかろう』


 イーサのお墨付きは信用ならなかったけれど、ここは破壊しておくべきだ。四つ配置されたものの一つが消失するならば、完全な効果を発揮できるはずもない。


「ぶっ潰れろォォッ!!」


 クリエスは力一杯に愛刀を振り下ろす。オーブの力に圧倒されることなく、己が一撃を信じて振り抜いていた。


 真っ二つとなったオーブは目映い輝きを発したかと思えば、身体がのけ反るほどの強い波動を解き放っている。


「クソッ!?」


 咄嗟にヒナを守るクリエス。かつてイーサが生成した闇のオーブとは本質的に異なったけれど、圧縮された魔力波が身体に良いはずはないのだと。


 クリエスであっても、息苦しい力。全ての力が放たれるまで暴風にも似た解放は続くのだと思う。吹き飛ばされはしなかったものの、何メートルも後方へと押し込まれている。クリエスは女性一人を抱いていたにもかかわらず。


「ヒナ、大丈夫か!?」

「は、はひ! ととと、突然抱きつかれるだなんて……」


 正直に危ないのではないかと考えていたけれど、クリエスよりも平然としている。圧縮魔力に晒されたことよりも、クリエスに抱きつかれたことを気にしているなんて。


『婿殿、娘ッ子は魂の格が違うのじゃ。キンタマの属性は恐らく光じゃろうし。何の問題もないぞ』


 寧ろ妾の方がダメージを受けたとイーサ。どうやら黄金の玉はツルオカの光属性を基礎魔力としているらしい。加えて神格を持つヒナには何の影響もないという。


「ま、ヒナが無事なら構わねぇ……」

「ククク、クリエス様……」


 言ってヒナが目を瞑る。抱きかかえられたシーンは幾度となく漫画で見た。女は静かに目を閉じるものであり、男はソッと唇を重ねるのが様式美だ。ヒナはテンプレに従いその時を待つ。


 ところが、急に大地が揺れ始める。まるで噴火が起きる前兆のようだ。


『婿殿、地上へ戻るのじゃ!!』

「分かった!!」


 ヒナを抱えたままクリエスは走り出していた。今更ながらに気付く。どうやら地平十字のオーブは火山口の力をも吸い上げていたのではないかと。オルカプス火山もまた火口に設置されていたのだ。この大地を平定する力を貯め込んでいたに違いない。


『いかん、噴火するぞ!?』

「マジでか!?」


 全力で戻っていく。上階のエルサたちとも合流し、一行はひたすらダンジョンを駆け上がっていた。


「主人殿、ここは私にお任せを。腐っても神獣です。私の力は世界のために使われるべき。ツルオカ様の命令もございますし、私はここを離れるわけにはなりません」


 急に立ち止まったペタンコが言う。彼曰く、噴火を弱めるくらいはできるらしい。しかしながら、彼はヒナのレベルアップ要員。クリエスは再び選択を迫られることになった。


「頼む。俺たちは世界を救う。お前も神獣ならば最後くらいは世界の役に立て……」


 噴火してしまえば元も子もない。クリエスの決断は早かった。

 これによりペタンコは火口へと戻ることになり、クリエスたちとはここでお別れである。


「主人よ、もしも私の産みの親に会えたのなら、謝罪してもらえんだろうか? 我を通しすぎた私は本来の使命を誤ったらしい」


 言ってペタンコが火口へと戻っていく。既にオーブはなく、ツルオカの命令はその効果を失っていたというのに。


「ペタンコ! 次はまともな神獣になれ!」


 クリエスは精一杯のエールを送る。懸命に走りながら、声の限りに叫ぶ。願わくばペタンコまで届くようにと。


 来世は巨乳好きになれよ――――と。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ペタンコを残し、一行はチンチポッポ島をあとにしていた。

 どうしてかサソイウケ氏やソウウケ氏も小舟に乗り込んでおり、座る隙間すらない。


「お前たち、羽があるんだから飛べよ?」


 薄い目をしてクリエス。どうして羽のある悪魔たちが乗り込んでいるのかと。


「クリエス氏、そんな殺生な。飛ぶのは疲れるでござるよ!」


 ソウウケ氏がそう言うと、


「うむ、羽なんぞ悪魔にとって飾りも同然。我らの本体は別のところにあるのだからな」


 サソイウケ氏が補足する。そういえばチチクリが話していた。魔界から召喚されるとかどうとか。


「へぇ、今は思念体のようなものか?」


 別に興味があったわけではなかったが、クリエスは問いを返している。

 ところが、サソイウケ氏は大きく首を振ってクリエスの話を否定。


「本体は括約筋だ――――」

「尻穴じゃねぇかよ!?」


 質問して損したとクリエス。やはり悪魔は最低だった。クリエスが知る悪魔たちは全員が変態なのだ。


「クリエスさま、早く! 大師匠が誘っておられますよ?」

「知らねぇわ!」


 騒いでいるとチンチポッポ島が激しく揺れ出す。既に沖へと出ていたクリエスたちであるが、船が大きく波に揺られている。


 刹那に、噴火するチンチポッポ島。真っ赤なマグマを噴き出していた。とはいえ、想像よりも穏やかだ。火口に残ったペタンコが仕事をしてくれたのかもしれない。


「ああ、我がチンチポッポ島が……」


 サソイウケ氏が愕然としている。研究対象が真っ赤なマグマを流す様子は見るに堪えないことだろう。


「まあ血尿プレイもアリか……」

「ナシ寄りのナシだからな!?」


 本当に早くどこかへ行って欲しいと願うけれど、実をいうとクリエスは悪魔たちに用事があったのだ。


「ところでサソイウケ、お前たちはエクストラヒールの研究をしていたんだろ?」

「んん? クリエス氏もエクストラヒールに興味があるのか?」


 サソイウケの質問返しにクリエスは頷く。自分のせいでヒナが左足を失ったのだ。


「実は……」

「ああ、分かっている。君たちを見て察した。これでも我は高位悪魔なのだ。聞かずとも分かるよ」


 クリエスが語るまでもなくサソイウケは推し量っていた。左足がないヒナを見ては気付かぬはずもない。


「君も勃起不全なんだね?」

「一緒にすんな!!」


 どこに目ぇ付けてんだとクリエス。目的は明らかであったというのに、サソイウケは深読みしてしまう。


「エクストラヒールは神の領域。我はチンチポッポ島のオーブに秘められた魔力を使用すれば術の発動が可能だろうと考えていたのだ」


 クリエスのツッコミに動じることなくサソイウケが続けた。しかし、おかしな話である。彼の話にクリエスは疑問を覚えていた。


「ちょっと待て、術の発動ってことは既にエクストラヒールの術式は完成しているというのか?」


 深読みしすぎかもしれない。けれど、サソイウケは発動と口にしたのだ。それは術式に目処がついたと考えて差し支えないように感じる。


「無論。我らは元天使なのだぞ? 熾天使であったサタン様はエクストラヒールの術式をお持ちなのだ。しかし、属性が闇に変わってしまったので使用できないのだよ」


 明確に光が射していた。術式があり、光属性の魔力さえ何とかなるならば、ヒナの左足が治せるかもしれない。


「サタンって奴はどこにいる? 俺は光属性持ちの勇者だ。俺なら発動できるかもしれない」


「おお、本当か! 困っておったのだ。我らは全員が闇属性だからな。ただサタン様にお会いしてもサタン様と呼んではならぬ。サタンとは悪魔王というジョブ名であり、彼は本名で呼ばれることを望まれているのだ」


 クリエスの話に笑顔を見せたサソイウケだが、注釈を付け加えている。どうやらサタンとは王様と呼ぶようなことであり、サタン自身は気に入っていないようだ。


「かつて熾天使ガブリ・エル様は堕天され、その名を改められた……」


 サソイウケが続ける。熾天使ガブリ・エルが改名したというその名を。


「悪魔王ガマン・ジルと――――」

「呼びたくねぇ!!」


 最悪の改名であった。明確に堕天したと思わせる名前である。


「てことは悪魔は全員改名してんのか? 全員が変態丸出しな感じに」


 まともなのは腐った女悪魔パリカくらいであり、あとはシミツキパンツだとかサソイウケだとかろくな名前がない。


「当然だろう? 我らはその昔、エデンの園に住んでおったのだ。今はエンジェルゲートと呼ばれる場所に。よって我らは性癖が歪んでしまった……」


 何だか良く分からない話だ。エンジェルゲートといえばシルアンナたちも住んでいる天界の下層である。美しい女神が闊歩する楽園であるとクリエスは認識していた。


「どうして性癖が歪んで男色になるんだ? 女神たちがいるのに?」


「まあ、我らも元は女神様たちに入れ込んでおった。しかし、とある日を境にして男にしか興味が持てなくなったのだよ」


 サソイウケは語っていく。悪魔たちが変態化したそのわけを。


「超禁断の果実を食べてしまったのだ」


 クリエスは呆けている。確か禁断の果実は知恵の実と呼ばれているはず。人はそれを食べて善悪を知ったと聖典にて読んだ。しかしながら、超禁断の果実については聖典に載っていなかったと思う。


「エデンには生命の樹と善悪の知識の木という有名な木が植わっておる。それは下界でも知られていることだ。しかし、エデンにはもう一本木が生えておってな。一万年に一度だけなるその果実を我ら悪魔は食べてしまったのだ……」


 超禁断の果実なるもの。悪魔たちの性癖がぶっ壊れたのは、どうやら一般的に知られていない木が原因であったらしい。


「まさか全員が男色家になってしまうとは思わなかった。我らは職務明けでピクニックを楽しんでいただけなのだよ。だが、不意に実ったそれを我らはデザートとしてしまった。まさか、あの木に男好きとなる効果があるだなんて思いもしなかったのだ……」


 聞けば天使たちも知らされていなかったようだ。謎の木になった実を思わず食べてしまったとのこと。


「まさかホモの木に――――」

「食う前に分かんだろ!?」


 やはり悪魔は馬鹿であった。明々白々であったそれを誰も疑問に思うことなく食べてしまったらしい。


「それで我らは堕天した。他の天使は禁忌を犯した我らを責めるし、居づらくなったのだ。エデンにはゴミ女神しかいないし……」


 超禁断の果実は恐ろしい効果を発揮していた。仕えていた女神をゴミ呼ばわりだなんて。


「つまりは男を求めて下界に来たのだ!」

「さっさと帰れよ!!」


 とんでもない爆弾が天界から投下されていた事実を知る。

 正直にサタンと会うのが怖い。恐らくガマン・ジルを名乗る悪魔もソッチ系であろう。悪魔王に襲われでもすれば、流石のクリエスも身の危険を覚えてしまう。


「でも、チチ……グリゴリは普通だったぞ? 巨乳好きだったし」


「グリゴリと会ったのか? まあ奴は超禁断の果実を食べておらんからな。ちょうど休暇を取っておったし、打ち上げには参加しておらん」


「んん? じゃあ、どうしてあいつは堕天したんだ? 天界には巨乳女神様とかいるし、堕天する必要ないじゃないか?」


 ここで疑問が思い浮かぶ。クリエスが知る悪魔でグリゴリは唯一ノーマルであったのだ。彼まで下界に来た理由が思いつかない。


「まあ、話せば長くなるんだが、我らは同じチーム。熾天使ガブリ・エル様の元で働いていた仲間なんだ」


 どうやら仲間を慕ってグリゴリは下界まで付いてきたらしい。心優しきグリゴリらしい話だとクリエスは微笑ましく感じている。


「グリゴリだけ堕天しないなど許せぬ!!」

「ひでぇ理由だった!!」


 どうやらグリゴリは道連れにされたようだ。思えば彼は紳士であり、ここにいる悪魔とは明らかに異なる思考であった。


「まあそれで、エルフの里に行った折り、我らとグリゴリは別れた。里に残ると言い出したのでな」


 どれほど時間が経っているのか分からなかったけれど、ライオネッティ皇国に悪魔たちが立ち寄り、グリゴリはそこでミアと出会ったのだろう。そのあとはミアに聞いたままであるはずだ。


「なるほど、それでサタンって奴の話だが、どこにいるんだ?」

「うむ。サタン様は北大陸の西端におられる。そこで熱心にアリの研究をされておるのだ」


 意外にもまともな感じだ。確かイーサもポイズンアントを飼っていたとか話していたし、人族以外でアリの飼育が密かなブームなのかもしれない。


「オスだけを閉じ込めて、おっぱじめるかどうかの研究を……」

「その研究いるぅ!?」


 再び頭痛を覚えてしまう。やはり悪魔王ガマン・ジルもまた変態で確定である。


「まあそういうな。サタン様は根気強くオスアリを研究する第一人者だ。もう千年からその研究に没頭されている。もどかしさや焦れったさが良いらしい」


 まるで興味が湧かなかったけれど、サソイウケは饒舌に語っていく。


「あまりの焦れったさに我慢じ……」

「言うなぁぁっ!!」


 汚らしい話を大声にて遮断。これ以上、悪魔の性癖に付き合うつもりはない。


「とにかく俺たちは西に向かう。このまま海を突っ切って、北大陸の西端まで行くぞ。ホリゾンタルエデン教団の本拠地は後回しだ」


 次なる目的地が決定した。タワワ岩礁というツルオカのオーブがある場所も西であるし、エクストラヒールの手がかりも西なのだ。一石二鳥とばかりにクリエスは船を走らせ、北大陸の西端を目指す。


 一刻も早くヒナを治したいと願いながら……。



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カクヨムコン8 中間選考を突破しました!

ひとえに読者様の応援のおかげです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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