第117話 後悔の果て

 魔王との接触から、思わぬアリスとの邂逅。ヒナの負傷やジョブの昇格、果てには望まぬ現実まで。


 クリエスの足を膝枕にするヒナ。一方でクリエスはヒナに視線を合わせながらも、その焦点は定まっていない。彼女とは関係のない空間を捕らえているだけだ。


 全ての事象をクリエスは整理できずにいた。不甲斐なさだけが残る魔王の討伐は胸を張れる結果ではないのだと。


「クリエス様……?」


 希望はヒナの存在だけであった。もし仮に彼女まで失われていたとすれば、クリエスは絶対に立ち直れなかったことだろう。


「俺は最低だ……」


 大粒の涙がクリエスの頬を伝い、ヒナの額に落ちた。


 ヒナ自身も不甲斐なさを覚えている。もし仮に魔王の攻撃を予期できたのであれば回避したり、聖域を使用したりと何かしらの対応ができたはず。クリエスを苦しめる羽目になったのは自分自身が弱いからだと思う。


「クリエス様はご立派です。邪神竜ナーガラージだけでなく、魔王ケンタまで討伐されたのですから……」


「いいや、俺は駄目だ。一人の女性を救うことすらできなかった! 倒すしか能がない馬鹿な男なんだ!」


 ヒナは男性の大泣きを初めて見ている。それも強大な力を持つクリエスの泣き顔を。彼であればどのような窮地にも笑顔で乗り越えそうな気がしていたというのに、実際は強者であろうとも、心まで強くはなれないのだと分かった。


「クリエス様、泣かないでくださいまし。わたくしは左足を失ったというのに、平気なのですよ? 五体満足の殿方が泣きじゃくるなんていけませんわ」


 痛い所を突かれたクリエスは手の甲で涙を拭う。酷く心を痛めたのは確かであるが、ヒナが強くあるのなら弱音を吐いている場合ではない。結果を真摯に受け止め、再び強くあらねばならないと考え直している。


「すまん。俺はアリスに謝罪したかっただけなんだ。俺は彼女にクソ野郎と罵られることを望んでいた。でも、それは自己満足みたいだ。俺は今、本当の罰を彼女から受けたと思う」


 罵詈雑言を浴びる方がずっと楽だった。それによりクリエスは罪滅ぼしとするつもりだったのだ。しかし、アリスはいつまでも心に残る方法でクリエスに罰を与えた。一生涯消えることのない深い傷を負わせることによって。


 再び涙がクリエスの頬を伝う。それはポトリとヒナの鼻先へと落ちた。


 一瞬のあと、


『付与スキル【貧乳の怨念】が消失しました――――』


 唐突に通知があった。

 思いもしない内容。クリエスはアリスに頼み込むことすらしなかったというのに、どういうわけかクリエスの呪いが解かれている。


 唖然とするクリエスにヒナも異変を感じ取っていた。


「クリエス様、どうされたのでしょうか?」


 少しばかり混乱したクリエスであったが、ヒナの声に頷いている。


「ああ、俺の呪いが解けた……」


 端的で分かりやすい返答であったはず。けれども、ヒナは質問を続けている。


「それはどちらのでしょうか?」


 そういえば呪いというべき付与スキルは二つあった。流れ的にヒナも察していただろうけれど、彼女も真相を知りたいのであろう。


「貧……いや、アリスの方だ……」


 もう貧乳とは口にできない。せっかくアリスが解いてくれたのだ。彼女が迷わず旅立てるように、クリエスは言葉を濁している。


「そうですか。さぞかしお強くなられたのでは?」

「はは、そうだな。俺は勇者になったし……」


 ニコリとヒナは微笑んでいるけれど、時を移さず、


「えええっ!? 勇者だなんて聞いておりませんけれど!?」


 彼女は飛び起きていた。

 そういえば伝えることが多すぎて話していなかったとクリエスは思い出す。


「俺もよく分かっていないんだが、シルアンナたちが根回ししてくれたおかげで俺は救世主になってな。それからパニッシャーに昇格して、最後は勇者になった」


「それ少しも分かりませんよ!?」


 正直にクリエスもよく覚えていない。一瞬の出来事であったのだ。順番は合っているだろうけれど、細かなところは本当に忘れてしまっている。


「それよりもう大丈夫か?」


 思わず飛び起きたヒナ。クリエスの問いかけに、どうしてか再び横になってしまう。


「まだです……。もう少し膝枕してもらわないといけません。足が痛い。足が痛いぃ!」


 明らかな仮病であったけれど、今となっては急ぐ用事はなくなっている。デレヒナのうちにイチャついておくのも悪くないような気がしていた。


「そういや、リング(絶)ってもう取り外しできるんだっけ?」


 膝枕しているクリエスは動けないので、呪いにも似たリング(絶)を外してみようと思う。


 リング(絶)は装備すると異性に嫌われやすくなり、性欲が増幅するというデメリットがある。闇属性スキルを全解放してくれる優れものであるが、装備するとレベル2000以下は取り外しができなくなってしまうというものだ。


 イーサが精力を吸ってくれない現状ではリングをしたままだとヒナを襲ってしまうかもしれない。最大目標を達成したあとと決めているクリエスにとって、今ここで彼女を襲うなんて考えたくもない話だ。


 軽い気持ちでリングに触れると、いとも容易くそれはスポンと抜けてしまう。


「マジ? あれだけ抜けなかったのに……」


 やはり呪いにも似た効果である。条件を満たさぬ限り、決して外れないのだと思う。立て続けに災禍級と戦った結果、予想以上に早く外せたけれど、ミアはかなり苦労しただろうと思う。ハイエルフという長寿種でなければ死ぬまで外せなかったことだろう。


 クリエスとしては解放された魔法がなくなるだけ。そんな風に考えていた。

 ところが、


「わた、わたくしは一体何を!?」


 突然、ヒナが声を上げた。彼女は左足が痛いと自ら横になったというのに。


「いや、足が痛いから膝枕をして欲しいと言ったじゃないか?」

「わたわた、わたくしはそんなはしたない真似を!? ああいや、言いましたけど言っておりません!」


 どうやらデレヒナ効果が切れたらしい。記憶には残っているようだが、彼女としては隠したい行動のよう。


「じゃあ、もう大丈夫なんだな? 立ち上がれる?」


 片足を失ったヒナ。クリエスは彼女の手を取り、抱きかかえるようにして立ち上がらせている。


「えっと、羽を出します……」


 そういえばジョブ天使は飛ぶことができた。移動が困難になると考えていたけれど、羽があるのなら問題ないのかもしれない。


 とはいえ痛々しい姿なのは間違いない事実だ。クリエスが魔王ケンタをしっかりとマークしておれば、このような現実はなかったことだろう。


「ヒナ、俺はエクストラヒールを習得してみせる……」


 新たな目標を立てるクリエス。やはりヒナが元通りになって欲しいと願う。だが、エクストラヒールは伝説級の神聖魔法だ。数多ある世界でも女神の加護以外に習得した者がいないという超激レア魔法である。


「あ、ありがとうございます……」


 頬を染めてヒナ。現状では天使であるヒナの方が習得可能性が高かったけれど、ヒナとしては気持ちだけでも嬉しく感じている。


「とりあえずエルサさんの元へ戻るか。女難はまだ残っているけど、放ってはおけないし」

「そうですね。それでクリエス様、えっとあのその……」


 目的地が決まったというのに、ヒナはまだ用事があるかのように話す。小首を傾げるクリエスにヒナは頬を染めながら、とても小さな声で続けるのだった。


 膝枕ご馳走さまでした――――と。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 天界では女神たちが呆然としていた。それもそのはず、予定していた全てが覆され、予想外の結末を迎えていたからだ。


「あり得ないわ……」


 何度、同じ言葉を発したことだろう。ディーテは幾度となく首を振っている。


 シルアンナもまた同じ感想しか思い浮かばない。今し方の光景は作為的な思惑しか感じられないものであったのだ。


「ディーテさまぁ、女神って何なのでしょうかぁ? 世界による完全なマッチポンプじゃないですかぁ?」


 ポンネルが聞いた。凡そ女神から発せられたとは思えない台詞。だが、そう感じても仕方がない現状である。何しろ世界はバランスを崩し、自ら巨悪を生みだしたのだ。果てには強者を選定し、巨悪を屠るために無理矢理な強化を見せたのだから。


 見習いのポンネルに言われては流石にディーテも我に返る。確かに彼女の話す通りだと思うけれど、間違いは訂正しておかねばならない。


「ポンネル、女神は魂の管理者。流転する魂の居場所を確保することが使命です。そのために世界を導き、人々を誘う。世界の意志に抗う力はなく、我ら女神は補佐するくらいしかできないのよ」


「いやでも、邪魔になっていましたよねぇ?」


 続けられた問いにディーテの眉が角度を付けた。それはディーテ自身も痛感していることであり、結果として何もしない方が早く片付いたと思えることだ。しかし、結論から考えるのではなく、女神はその時々で最善と思える行動をすべきである。魂の管理者として出来る限りを尽くさねばならない。


「ワタシの行動は裏目にでましたが、行動を起こしたことに悔いなどありません。アストラル世界はワタシが考えるよりも、ずっと正常に機能しているようです。恐らく邪神竜が討伐されたことや、元大精霊が数を減らしたことが要因でしょうね」


 ディーテは主神として予想される見解を述べる。明らかに世界が良い方向へと動いていた。それに気付かなかった自分を恥じるだけでなく、今後の方針に生かしたいと思う。


「あとは邪神ツルオカのみ。まだ復活を遂げていない現状ではホリゾンタルエデン教団を叩くしかありません」


 邪竜に続き魔王も討伐した。依然として終末警報が発令中なのは気がかりではあったけれど、邪神という存在が大きすぎるのだと考えられる。


「シル、ワタシたちはできることをやりましょう。ホリゾンタルエデン教団に関する情報を集めなければなりません。信徒たちに神託を与えてください」


 今も緊急時の特例が残っている。神力を使わずとも女神は神託を与えられた。

 すべきことは一つ。邪教をアストラル世界から排除し、正常な状態とすることだけだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!?」


 ここでポンネルが大きな声を上げる。せっかく新たな方針が固まったところであったというのに、相も変わらず彼女は空気を読むことがない。


「どうしたの、ポンネル?」


 面倒臭そうにディーテが聞く。今となっては喫緊の問題などない。だからこそ、彼女がまた余計なことをしたのではと勘ぐっていた。


「当たったのですぅ! 見習い女神大抽選会の特賞が当たったのですぅ!!」


 見習い女神大抽選会とは数多ある世界で女神業務を学んでいる女神候補生たちへのご褒美である。いち早く独り立ちできるようにと男神たちが主催している企画であった。


「特賞? 男神たちのことだから大したものは当たらないでしょう?」


「特賞は使徒抽選券なのですぅ! 女神見習いでも使徒を召喚できるのですぅ!」


 喜々としてデバイスを見せてくるポンネル。ディーテが確認すると、確かに同界転生ガチャの無料チケットとあった。ただし、排出される魂はEランク以下のみ。世界に歪みを生じさせない程度の魂しか見習い女神には許されないのだろう。


「ポンネル、今は非常時だから……」


 邪神が復活するかもしれない世界なのだ。ただでさえ危うい状況であるというのに、ポンコツ見習いの使徒が暴れ回っては手に負えなくなる。よってディーテはそれとなく辞退を促していた。


「嫌ですぅ! 期限は本日中なので、もう引くのですぅ!」

「あっ、ポンネル!?」


 ポンネルは制止も聞かず召喚ボタンを押す。これにはシルアンナも嫌な予感しかしなかった。


「抽選できたのですぅ! 聖女を引きましたよぉ!?」


 飛び上がって喜ぶポンネルに、ディーテは眉根を寄せた。聖女はヒナがなったばかり。既にヒナは天使に昇華していたけれど、同時期に聖女が存在し、尚且つ輪廻へと還るところだなんてタイミングが良すぎると思う。加えて聖女がEランク以下であるはずもない。


 ディーテは奪うようにポンネルの女神デバイスを手にした。



【ジョブ】性女

【性別】女性

【体力】E

【魔力】E

【戦闘】D

【知恵】D

【俊敏】F

【信仰】F

【魅力】C

【幸運】F

【召喚時間】2分

【総合ランク】E(注意事項あり)



「ああ! 召喚時間が迫っているのですぅ! 召喚ッ!!」


 ジッと眺めていたディーテの脇からポンネルが召喚確定ボタンを押した。これにて輪廻へと還る途中に天界へと魂が召喚されることになる。


「シル、性女って……?」

「たった今、失われたはずですよね?」


 ディーテとシルアンナは嫌な予感を覚えていた。時系列的に性女とは彼女のことだと思う。しかし、既に飛び降りてから割と時間が経過している。即死を免れただけなのか、或いは別に性女が存在するのか。


「もしも彼女であれば、少し話をしてみましょうか……」

「ディーテ様、本気ですか!?」


 シルアンナは困惑していた。何しろアリスであるならば、ディーテに恨みを持つ者なのだ。魂となった現状で何ができるはずもないけれど、シルアンナとしては反対であった。


「シル、彼女ならホリゾンタルエデン教団の本拠地を知っているはず。話をするのは悪いことではないわ」


「しかし、ディーテ様が何を言われるか……」


 結果は想像に容易い。ホリゾンタルエデン教団について聞き出すことなどできそうにないのだ。彼女はディーテ教を憎むあまり邪教徒となったのだから。


「彼女の転落人生にはワタシも一枚噛んでおります。なので何を言われても仕方がないのよ。この豊満なワガママボディのせいで、クリエス君がとち狂い、彼女を辛い目に合わせてしまったのです。ねぇシル、大きすぎるワタシの胸のせいよね!?」


「ソ、ソウデスネ……」


 シルアンナはもう口を挟むのをやめた。この話題はブーメランとなり、自分が傷つくだけだと理解している。


「さあ、そろそろよ……」


 召喚時間の二分は瞬く間に過ぎた。女神デバイスから召喚陣が現れ、徐に人影を映し出す。またその影は予想した通りの人物である。


「こ、ここは……?」


 召喚されたのはアリス・バーランド。例によって例のごとく召喚された魂は戸惑っているようだ。


 デバイスの情報に一通り目を通したディーテは代表して彼女に声をかけている。


「アリス・バーランド、ここは天界です。とても苦しい最後でしたね?」


 まずは彼女の死を明確にしておく。デバイスの情報によると、アリスは飛び降りたあと、谷底へ落ちる寸前に服が岩に引っかかり即死を免れたとある。かといって服は勢いを若干弱めただけであって、そのまま転落した彼女は最終的に致命傷を負ったという。加えて数十分に亘り、彼女は激痛に藻掻き苦しんだとある。


「天界……? 私はようやく死ねたのですか?」


 死因を知るディーテは小さく頷いた。即死であれば楽であっただろうに、全身を強打した挙げ句、苦しみの果てに亡くなっただなんてと。


 ディーテの反応に、どうしてかアリスは安堵したかのような表情をする。


「私に科せられた罰はとても辛いものでした――――」


 どうやらアリスは死の直前にあった苦しみを罰であったと考えたらしい。まあしかし、そう考えても仕方がない。彼女は最愛の人を刺し殺しただけでなく、その転落人生においてろくな善行をしてこなかったのだから。


「アリス、残念ですが貴方への罰はまだ続いております……」


 口にしづらい話であったものの、ディーテは知り得る事実を告げる。

 罰が終わりを告げたと勘違いさせないため。彼女が死してもまだ罪を背負っていることを知らしめるために。


「もしかして、貴方様はディーテ様なのでしょうか?」


 どうしてかアリスは罰について問うことなく、眼前に立つ女性の正体について聞いた。かつて足繁く通った大聖堂にあった女神像と瓜二つなディーテを不思議に思って。


「ええ、ワタシは女神ディーテです。アストラル世界の主神を務めております」


 正体を明かすことは今後の尋問に支障を来す可能性がある。けれども、ディーテは女神らしく嘘を話すことなどない。


「ワタシを恨んでいることは分かっております。貴方の人生はよく理解しておりますので」


 呆然と頭を振るアリス。谷底へ飛び降りる直前、確かに聞いた。クリエスは天界に喚ばれ、転生したのだと。自分の場合は明らかに違う理由で喚び出されたと思うも、やはり聞いてみたいと考えてしまう。


「私は酷いことをしました。ディーテ教徒であった頃も熱心に祈っていたわけではありません。私はただクリエス様を見ていたのですから」


 取り繕うのかと思えば、アリスは転生を辞退するかのような話を口にする。熱心な信徒ではないという真相を語っていたのだから。


「ええ、全て存じております。その上でワタシは聞きたいことがありましてね。貴方が召喚されたついでに同席しただけ。少しばかりお付き合いください」


 優しい笑みを浮かべながらディーテが話す。聞きたいことは一つだけだ。世界を破滅に追い込もうとする教団の本部に他ならない。


「アリス・バーランド、ホリゾンタルエデン教団の本部はどこにあるのでしょう?」


 質問の内容を予想していたのか、アリスは顔色一つ変えなかった。小さく頷くや、彼女は返答を語り出す。


「デスメタリア山の更に北側。長い洞窟を抜けた先に開けた場所があるのです。教団の幹部はそこで生活しております」


 躊躇うことなくアリスは密告している。やはり犠牲を強いられた彼女はもう教団に対して少しの恩義も感じていないのかもしれない。


「人為的な洞窟がどうしてかデスメタリア山の北側にあるのですよ。デスメタリア山の登頂ルートは三つしかありませんけれど……」


「それはツルオカの仕業でしょうね。しかし、そのような場所に隠れていたとは……」


 このあとアリスは自身が知る教団の支部まで洗いざらいに吐いた。ポツリポツリと語る様はまるで懺悔であるかのよう。


「なるほど、ワタシが知りたいことは以上です。それで貴方は転生する機会を与えられています。記憶を引き継いで人生をやり直しますか?」


 ポンネルに代わってディーテが問う。引き当てた彼女に任せるよりも、このまま話をつけてしまおうと。


 少しばかりの沈黙。静かにディーテと目を合わせたアリスはどうしてか顔を左右に振ってみせる。


「いいえ、私は輪廻に還ります。もしも罰であるのなら仕方ありませんけれど、それが機会を指すものでしたら辞退させて欲しいです」


 やはり否定を意味する首振りであった。アリスはもう自分自身に疲れているような感じだ。


「そうですか。まあワタシもその方が良いだろうと考えています」


「ちょちょ、ちょっと待ってくださいですぅ! アリス、貴方はクリエスがいる世界に戻りたくないのですかぁ!?」


 堪らず口を挟んだのはポンネルである。運良く召喚チケットを手に入れた彼女。使徒として喚び出したというのに、同意しないアリスに大声で問いを投げた。


「未練は断ちました。クリエス様は最後まで優しかったです。謝ってもらいましたし、素敵な人までいらっしゃる。私が入り込む余地などありません」


「いやぁ、しかしですねぇ!?」

「ポンネル、いい加減にしなさい! 魂に強要するのではありません」


 引き下がらないポンネルにディーテが一喝する。ディーテとしても、アリスが転生することは好ましくないかのよう。


「アリス、貴方は新たな魂として転生してください。なぜなら、貴方は最後に罪を犯しました。自害は魂スコアに記録され、転生時にマイナス補正が働くのです。身分や能力といったもので差し引かれてしまいます」


 ポンネルは教本を見ながらディーテの話を聞く。そういえば自害は割と重い罪であったのだと。


「女神の力により転生した場合、前世の罪は余命にて補正を受けます。加えて貴方は善良な人間を幾人も殺めた罪も持っています。若くして失われる運命が確定しているのです。ワタシたち女神は魂の管理者でありますが、神力を費やしたとして転生後は十年生きられるようにするくらいしかできません。また貴方を喚び出した女神は見習いでありますから、転生したとして恩恵は与えられず、数年しか生きられないでしょう」


 ディーテは魂に記載された注意事項を確認したらしい。クリエスを殺しただけでなく、大勢の善良な魂を殺めたアリスは転生したとして幾ばくの時間も与えられないようだ。


「ディーテ様、もしも私の自我が失われ、別人として生きるのなら私は幸せになれるのでしょうか?」


 転生に否定的であったアリスだが、輪廻に還る不安を覚えているのかもしれない。


「それは次なる貴方次第です。罪の精算は恐らく厳しいものとなるでしょう。しかし、次なる貴方は成功するための時間を持っています。苦境にあったとして、努力が幸福へと導いていくはず」


 ディーテの説明にアリスは笑みを浮かべる。そのままポンネルへと向き直った彼女は大きく頭を下げていた。


「転生の機会は光栄です。ですが、やはり私は輪廻へと還ります。人生を一からやり直したい。次こそは理想の男性と巡り会い、幸せになりたいのです」


 もうポンネルは考え直すように言わなかった。彼女も教本にて確認している。アリスが罪深き魂なのは明らかで、転生させたとして数年も生きられないのであれば使徒として活躍してくれるはずもないと。


 両者が同意したことにより、魂は破棄されることに。


 アリス・バーランドは輪廻へと還っていく。


「次の人生は幸せになりなさい。心を強く持つのですよ?」


 最後にディーテがいうと、アリスの魂は淡く消えていく。程なく光の粒となり、エンジェルゲートを離れていった。


 今頃は魂でごった返す輪廻の最後尾に並んでいることだろう。前世の反省と新しい人生に大いなる期待を寄せながら……。

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