第115話 激闘

 クリエスは唖然としつつも、気持ちを強く持った。漠然としすぎているジョブとスキル。対峙しているのは明らかな悪である魔王であったものの、ステータスにジョブ補正が加わった他は何がどうなったのか少しも分からない。


「とりま、ステータスアップは有り難いけど……」


 Aランクジョブクレリックから、ようやくメインジョブが昇格したのだ。前衛職なのかどうかも分からなかったけれど、加わった補正値は幾分かクリエスを落ち着かせている。



【名前】クリエス・フォスター

【種別】人族

【年齢】17

【ジョブ】パニッシャー(竜滅士)(ネクロマンサー)(魔王候補)

【属性】光・闇・雷・火・風・土

【レベル】1985

【体力】2955

【魔力】2649

【戦闘】2609(+266)

【知恵】2521

【俊敏】2784

【信仰】3198

【魅力】2402(女性+320)

【幸運】333



 どうやら純粋な前衛職ではないらしい。戦闘値の上がり具合は知恵や信仰に比べて重たい感じだ。さりとて、そこそこの補正を得ている現状から、完全な後衛職というわけでもないと思う。


「進化しようと俺様の敵ではない! 魔王ケンタこそが最強なのだからな!」


 不敵な笑みを浮かべながら、魔王ケンタが攻撃を仕掛ける。彼はクリエスに負けるはずがないと考えていた。既に最大と思われる攻撃を凌いでいたのだから。


「人族よ、死ねぇぇえええっ!」


 クリエスに右腕が振り下ろされていた。まるで天井から長尺のハンマーで殴りつけられているような感覚に陥る。それも全て魔王ケンタの巨躯が成せる業であった。


 クリエスは愛刀を握る手に力を込める。回避しようとは思わない。昇格したジョブに加えて、獲得したスキルまで。事前に根回ししてくれた女神たちや、誘ってくれた世界をひたすらに信じていた。


「頼むぜ……」


 クリエスは魔王ケンタの右腕に併せて刀を振る。昇格前でも斬り落とせたのだ。此度は新たな効果を生むと信じて全身全霊の力を込めて振り切っていた。


「くらえぇぇえええっっ!!」


 愛刀ラブボイーンが真円を描く。その一閃は輝きを帯び、軌跡に目映い煌めきを残している。


 まるで陽が昇ったかのように眩しく輝いたそれはヒナの瞳に焼き付いていた。荒野を照らす太陽。ヒナもまたクリエスの攻撃が巨悪に対抗できるはずと信じていた。


 世界の救済を命じられた二人。世を救うべく二人の信念は揺るぎないものであったに違いない。


「しゃああぁぁっ!」


 クリエスの一太刀は狙い通りに魔王ケンタの右腕を斬り落とした。明らかにこれまでとは異なる一撃。クリエスは今度こそダメージを与えたはずと疑わない。


「効かぬわ! 何度斬り落とそうとも同じことだ!」


 ところが、何の変化もない。これまでと同じように魔王ケンタの右腕は再生されてしまう。クリエスとしては改心の攻撃であったというのに。


「どうしてだよ……?」


 一転して精神的にキツくなった。昇格や新スキルの獲得という期待を抱かせておきながら、変化がないという仕打ち。これまでにあった消耗戦の疲れが一度にクリエスを襲っている。


 荒い息を吐くクリエス。次の攻撃に入る一歩が重く感じられている。


「天使の祝福!」


 どうしてかクリエスの背後から声がした。振り向くまでもなく、その声はヒナだ。聖域の使用中は如何なるスキルも使用できなかったはずなのに。


「ヒナ、戻れ!!」

「嫌です! わたくしは守られるためだけに転生したのではありません!」


 言ってヒナは天使の祝福をかけ続ける。そのスキルは幸運値を少し上昇させる効果しか含んでいないというのに。


 ヒナの頑固なところは既に理解している。クリエスとしては後方で聖域を使用して欲しかったけれど、生憎と彼女は意志を曲げてまで生きたいと願うような人ではない。


「ちきしょう。まだ死ねないじゃねぇかよ……」


 こんな今も重ね掛けされる天使の祝福。それに何の意味があるのか不明だが、クリエスは彼女が鼓舞してくれているのだと思う。


「クソッタレがぁぁっ!!」


 クリエスは魔王ケンタに斬りかかっていた。待っていても攻撃に合わせるだけなのだ。同じ結果になると分かっていても、クリエスはヒナのエールに応えたかった。


「ぶった斬れろォォッ!!」


 目一杯の魔力が乗った一太刀。神々しい輝きを纏ったクリエスの攻撃が魔王ケンタの右脚を捕らえた。


 スパンと勢いよく切断される大木のような脚。例によって例のごとく瞬時に再生するのかと思いきや、どうしてか魔王ケンタは身体を支えきれずに倒れ込んだ。


「ぐぬぅぅ!?!」


 魔王ケンタ自身も気付いていない。倒れ込むや右脚は再生されたのだが、どうして超回復が遅れたのか少しも分からなかった。


 一方でクリエスもまた唖然としている。初めて魔王ケンタが地面に転がったのだ。自身は何もしていない。何か変化があったとすれば、ヒナがかけ続けた天使の祝福だけ。


 思わずステータスを確認していた。倒れ込んだケンタに追い打ちをかけるべきであったというのに。


「マジかよ……?」


 今し方、何が起きたのか皆目見当がつかなかったけれど、明確に変化を起こしたものがあった。


【幸運】333(+3330)


 とんでもない幸運値になっていたらしい。ヒナがかけ続けた天使の祝福は1000%にまでも達していた。


「これが何かしらの効果を引き出したってことか?」


 確かミアが話していた。攻撃には通常よりも威力を発揮するものがあると。クリティカルヒットやカウンターヒットといった種類があると間違いなく聞いたのだ。


「てことは剣豪のクリティカルヒット判定に幸運値が作用している……?」


 そうとしか思えなかった。超回復が間に合わぬ威力を発揮した攻撃が通常ダメージであったとは考えにくい。切断しただけでなく、その周辺にもダメージがあったのだと思われる。


「いけるぜ! 覚悟しろ、魔王ケンタァァッ!!」

「雑魚がいきがるな!?」


 飛び跳ねるようにして起き上がった魔王ケンタにクリエスは斬りかかっている。今度もまた脚を狙う。起き上がってしまえば、クリエスが狙う部位は脚しかないのだから。


「仕事しろ、剣豪ォォッッ!!」


 再び切断される右脚。しかしながら、予想していたのかケンタが転がることはなかった。けれども、返す刀で左足をも切断されては再び地面に伏すしかない。


「ぐぬぬ、おのれ……」


 前のめりに倒れ込んだケンタ。しばらくすると元通りとなるのだが、やはり彼も超回復が異常を来しているのだと分かった。


「そこの女ァァ! 妙な小細工をしおって! あとの楽しみにしてやろうと考えていたが、間違いであったのだな!?」


 飛び起きたケンタは怒りを露わにしている。生かされていた事実。ヒナは慰みものとするために放置されていたにすぎない。


 一瞬のあと、クリエスは隙を突かれてしまう。起き上がったケンタに斬りかかったクリエスであったが、素早く駆け出した魔王ケンタの動きを予測できなかった。


 クリエスの攻撃は何とか魔王ケンタの後ろ足を捕らえていたものの、ケンタの動きを止めることはない。勢いのまま魔王ケンタはヒナへと突進していく。


「キャァァアアアァッッ!!」


 倒れ込みながら魔王ケンタはヒナの左足を掴む。頭から地面に倒れ込んだケンタであったけれど、ヒナの足は離さない。


 ケンタが転倒した勢いでヒナの身体は振り回され、挙げ句の果て彼女は荒野に叩き付けられている。


 かといって、魔王ケンタはヒナの左足を掴んだままだ。その手には握りつぶした左足があった。ヒナは勢い余って遠くまで飛ばされていたというのに。


 ヒナの左足は無残にも膝上から引きちぎられていた……。

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