第112話 魔王の脅威
アルテシオ帝国内にある奥深い森。その中に小さな集落があった。しかしながら、集落の規模からは考えられないほどの人数がその地には集まっていた。
「セイジョ様、魔道通信によると、やはりキュリオは壊滅したそうです……」
僧兵らしき男がセイジョと呼ばれた女性に報告している。
彼はホリゾンタルエデン教団の僧兵であり、報告を受けたセイジョはアリス・バーランドであった。
「そう、ならばもう覚悟するしかないわね。聖域には結界が張られていたし、神の復活はならない。全員、死薬を持っていくのよ?」
アリスは邪神復活を試みたものの、聖域とされる祠には結界が張られており、どうすることもできなかった。従って、彼女たちは最終手段を行使しようとしている。
「我らは偉大なるツルオカ様のため、天に還るのですね?」
僧兵が嘆息しながら返した。崇拝するツルオカのためとはいえ、死薬という劇物を持って出撃するという意味合いは流石に受け止めづらいものだ。
「シミラ・ツキムス・パントューザという悪魔が錬成した劇物。如何なる存在も死に至らしめる死薬でもって魔王に一矢報いなければならない。逃げ帰ったとして贄にされるだけなのだから……」
アリスに逃げ道は残されていない。ペターパイ教皇の庇護下を離れたこと。それは明確に死の宣告であった。生存可能性は命令を完遂した場合にしか存在せず、他の選択肢はいずれも死へと繋がっている。
「どうしてこんなことになったのかしらね……」
アリスはこの人生を振り返っている。順風満帆な人生であったはずが、囚人となっただけでなく、男の慰みものとなり、今や虐殺されるだけの特攻兵にまで落ちた。
「さあ、出発しましょう。私たちは教団のために天へと還るのよ……」
脱獄をしてまでやりたかったこと。今更ながらに、それが何であったのかとアリスは自問自答している。
「ああいや、私の行き先は地獄に違いない……」
ふとした言葉に僧兵は驚くけれど、アリスは気にすることなく感情のまま口にした。
愛情も憎悪も与えた人物の名を。
「クリエス様――――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
クリエスたちはゴハラ砂漠を抜け、ようやく交易都市キュバスへと到着していた。
しかしながら、そこに拡がるのは無惨に破壊された街であり、他の街と同じように人っ子一人いなかった。
「遅かったか……」
「クリエス様のせいですからね? 砂漠でモタモタしていたせいですわ!」
いつの間にかヒナはツンモードに切り替わっていた。デレモードであれば道中も楽しかったのにとクリエスは二重の意味で長い息を吐く。
「ヒナ、ここから先はどこに向かえば良い?」
北大陸出身のヒナに次の目的地を聞くべきだ。シルアンナによるとアルテシオ帝国内にある北部の街はもう攻め滅ぼされたあとであるという。
「帝都ラベンズリ……」
端的な返答があった。ヒナ曰く、ここより先は小さな集落があるだけで、街といえば帝都ラベンズリになるらしい。
「やべぇな。急ぐぞ……」
首都に攻め入られる前に何とか接触しなければならない。既に被害は甚大であったものの、帝都と呼ばれる場所には膨大な数の住民がいるだろう。加えて、そこは国の中枢である。復興に向けて柱となる存在がいなければ、間違いなく混乱を来すはずだ。
クリエスが馬に鞭を入れたそのとき、
【寵愛通信】シルアンナ
シルアンナから通信が入った。クリエスは馬車を走らせながら通話許可を出す。
「どうした?」
『クリエス、大変なのよ!』
いきなり取り乱したようなシルアンナに、クリエスは眉根を寄せた。まあしかし、もう慣れたものだ。この人生においては天変地異でさえも驚かない自信がある。
ところが、知らされた内容にクリエスは絶句してしまう。
『魔王候補が覚醒した――――』
遅かれ早かれと考えていたことだが、これから戦おうとするタイミングでの魔王化は好ましいものではない。またシルアンナが質の悪い冗談を言うはずもなく、焦るような彼女が語る話は真実なのだと分かった。
「シル、落ち着け。一つ聞くが、魔王候補と魔王ではどう違う?」
気になるのはその一点のみ。神格云々の話になると別であったが、恐らくそうではない。魔王候補と覚醒後においてベースとなるジョブは同じだとクリエスは考えている。
『えっと、魔王候補というジョブは基本的に確定していないの。二人の候補が生み出される場合もあるし、消失をして元のジョブへと戻る場合もあるわ。だから、魔王発生率が100%となる前に生み出されるってわけ。でも、発生率が100%に到達すると魔王候補は覚醒し、魔王化してしまう。変化と言えば、それまで解放されていなかったステータス値が加算されるわ。現状では調べられないけれど、恐らく何らかの固有スキルも獲得しているはず』
頷くクリエス。とはいえシルアンナの説明に彼が望む答えは含まれていない。
「神格はどうだ?」
もしも神格持ちであるのなら、クリエスは苦戦するかもしれない。クリエスにとって頼みの綱は神器と化したラブボイーンだけなのだから。
『神格は持ち得ない。魔王は魔王よ。通常はSランクジョブのパーティーで討伐するのだからね。勇者や英雄と同じで神格は持っていないわ』
とりあえずは安堵するクリエス。魂の格が劣る戦闘について、クリエスは嫌と言うほど分かっている。ミアが連れ去られたあのとき。クリエスは何もできなかったのだから。
『ちなみに魂の格でいうと邪神竜ナーガラージの方がずっと格上になる。明確に神格を取り込んだ邪神竜に対して、魔王ケンタは竜穴とまぐわっただけ。神格という意味ではイーサ・メイテルが一番格上となるでしょう。何しろ彼女は竜神を取り込んでいるのだから』
納得の説明であった。要はジョブランクが固定され、制限が加わっていたステータス値が解放されるだけらしい。それでもAランクジョブのクリエスが戦うのは困難であったけれど、ツクリ・マース神を宿した愛刀がその差を相殺してくれるはずだ。
「ならビビる必要はねぇな?」
『油断しないで。ステータスだけでなく、強力なスキルが解放されているかもしれない。得体のしれない魔王はあらゆる世界で確認報告がある。そのせいで滅んだ世界も存在するのだからね?』
クリエスとてホーンラットやゴブリンと戦うような心積もりではない。それは転生前に聞いた使命の一つ。邪竜については討伐済み。残す災禍の一つが魔王である。
バランスを崩した世界が生み出した災禍を正すため、クリエスは再びアストラル世界に存在しているのだから。
「ああ、任せとけ。シルは本当に運が良い。一発で俺を引き当てたのだからな?」
『冗談言ってんじゃないわよ。まあでも、私は大当たりを引いたと思う……』
当初は大当たりを引いたと考えた直後にハズレだと思い直していた。しかし、転生させてから十七年という時間が経過し、再び彼女は大当たりであったと考えるようになった。
『クリエスで良かった……』
過去形で続けられたシルアンナの話は何だか別れの言葉のように聞こえていた。
恐らく天界はクリエスが考えているよりも、魔王ケンタが脅威であると認識しているのだろう。
「過去形で言ってんじゃねぇよ。俺は魔王を倒して現世を謳歌するつもりだ」
『とにかく頑張って。もうクリエスしかいないの。万が一の場合は天使としてこき使ってあげるから、その命を存分に輝かせなさい。躊躇いも情けも不要。魔王ケンタだけは絶対に許してはならない』
命が失われたあと。クリエスは既に一度経験していたものの、またあの部屋に戻ることに不思議と違和感を覚えない。しかしながら、それは天命を全うした後であることを望む。この生はヒナを幸せにして、往生したいと改めて思った。
「ま、そのときはよろしく頼むわ。世界を救った英雄として優遇してくれ」
クリエスもまた冗談で返している。自身二度目の生を中途半端で終わらせたくはない。自分の失態により失われた前世は仕方がないとして、魔王によって強制帰還するだなんて絶対に拒否したい未来である。
『じゃあ、魔王を討伐すること。クリエスの期待値からすると最低限よ? クリエスがアストラル世界の英雄になることを私は望んでいる』
魔王候補が魔王化したことでクリエスは少なからず動揺していたけれど、主神と話しているうち、他愛もない出来事のように感じられていた。
「任せろって言ってんだろ?」
クリエスは強気に返している。しかし、それは確固たる決意だ。
愛すべきアストラル世界と主神のため。クリエスは必ずや魔王ケンタを討伐しようと誓うのだった……。
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土日は朝と夕方の二話更新です!
いよいよ魔王ケンタとの戦闘が始まり
ます!(>_<)/
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