第111話 迫る終末

 アルテシオ帝国の東に位置するキュリオ。東西南北に街道が通っており、かつて彼の地は交易において主要な都市であった。


 ところが、今は見る影もない。兵を配備してから一ヶ月。北部の街へと向かっていた魔王軍が南下をし、攻め入ったからである。


「マルベ、イマライアはどうなっている!?」

「壊滅しました! 強度不足により破壊されております!」


 期待した新兵器イマライアはサンドワームの特性を生かしたもの。水平に並べられた巨大な槍であり、サンドワームが飲み込むと、イマライアは垂直に立って保存された火炎魔法が発動する仕組みになっていた。


 これによりサンドワームを全て焼き殺す算段であったけれど、残念ながらイマライアは全て折れてしまい、一匹たりとも焼き殺せなかったという結末だ。


「ふはは! この街は間もなく制圧となる! 貴様が大将か!?」


 突如として出現した巨大な馬。見上げなければならないほどの巨躯をした馬がロベールの前に姿を現している。


「お、お前は……?」


「俺様こそが魔王軍総大将のケンタ。冥土の土産に俺様の姿を記憶に刻み込め!」


 魔王候補ケンタは武器すら持っていない。従ってロベールはサンドワームよりも与し易いと考えた。


「兵よ、かかれぇぇっ! 魔王を倒せば我らの勝利だっ!」


 五体のサンドワームも大将が討ち取られるや、去って行くと思う。ならば前線まで赴いた愚かな魔王を倒してしまうべきだと。


 一斉に槍が突き出されている。更には鉄矢が四方から放たれケンタを襲った。しかし、意味はない。防具すらケンタは装備していないというのに、全ての攻撃が跳ね返されてしまう。


「ふはは、痒いくらいだ! 抵抗する者は必要ない。絶頂のまま天へと逝けぇっ!」


 存在の格が違いすぎた。サンドワームよりも与し易いかと思えば、魔王候補には傷一つ付けられない。斬り付けた剣ごとロベールは蹴りを受けてしまう。


「ぐあぁあぁあああっっ!!」


 ロベールの絶叫がキュリオの街に木霊している。魔王候補の鋭い蹴りは彼の身体を爆発させるように分断し、一瞬にして殺めてしまう。


 このあと騎士団長であるマルベもまた為す術なく天へと還っていく。

 大将を失った近衛騎士団は逃げ出す兵が多く見られた。強者が抵抗すらできず惨殺されたとあっては、とても士気を維持できる状態ではなかったのだろう。


「力が溢れ出てくるぞ! 俺様こそが世界最強にして高潔なる統治者であろう!!」


 今となっては廃墟と言うべきキュリオの街にケンタの雄叫びにも似た声が轟く。

 生き残った者は繁殖用の人族のみ。魔王軍の脅威を目の当たりにした彼らの目はもう光を映していない。抵抗することなくインキュバス族によって連行されていった。


「ヒヒィィーン! ヒヒヒィィィーーーン!!」


 ケンタの雄叫びは戦意も希望も削ぐ。魔王軍以外の存在にとって、それは死を告げる調べでしかなかった。


 あれほど賑わっていた交易都市キュリオはもう面影すら残っていない。街から生命が消え失せている……。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 下界管理センターでは魔王候補討伐に向け、新たな動きを見せていた。

 ディーテとシルアンナは信徒たちに神託を与え続けている。


「魔王候補ケンタの脅威は増すばかり。しかし、世界には救世主が存在します。噂には聞いたことがあるでしょう。かの救世主は邪神竜ナーガラージという災いを討伐しています。だからこそ祈るのです。救世主に祈りを捧げなさい!」


 ディーテは各国の教会へと降臨しては、同じような神託を与えていた。クリエスはまだクレリックでしかなかったけれど、世界の認識からジョブチェンジを促そうとしている。


 南大陸を震撼させていた邪神竜が救世主によって討たれたとの話は尾ヒレを付けて北大陸にまで届いている。その実績はディーテの話に信憑性を与え、人々は救世主と口ずさみ、北大陸に救世主が現れることを期待していた。


 とりあえずは全ての国に神託を出し終えたディーテ。長い息を吐きながら、美しい金色の髪を掻き上げている。


「ディーテ様、お疲れさまです」


 シルアンナが用意した飲み物を受け取ると、ディーテはニコリと微笑んだ。


「ワタシたちにできることは多くありません。クリエス君が今よりも強くなるためには、やはりジョブチェンジが必須。ワタシたち女神がそれを促していくしかありません」


 此度の神託により、かなり周知されたはずだ。加えて魔王候補ケンタの猛攻は既知の通りであって、住民たちはいつ襲われるのかと恐怖している。今まさに世界は救世主を求めており、状況はジョブチェンジに相応しいと言えた。


「あとは世界がどう捉えるかですね?」

「そうなります。現状でもステータスは満たされているはず。何しろAランクジョブであるというのに、レベル2000という災禍級にまで迫っているのですから。あとは世界の意志がどうあるのかにかかっております」


 Sランクジョブである勇者や英雄は初期ステータスからして群を抜いて高い。けれども、それらの初期ステータスが現状のクリエスほど圧倒していることはなく、ステータス上ならばジョブチェンジは可能だと言えた。


「救世主は勇者や英雄よりも劣るSランクジョブでありますが、ベースがクレリックでありますから仕方ありません。クレリックから派生させられるのは恐らく救世主だけでしょう」


 同じSランクジョブとはいえ、救世主は純粋な前衛職ではない。従って戦闘値という面においては勇者や英雄に劣ってしまう。ただ後衛職ということもなく、バランスタイプのSランクジョブであるというだけだ。


 女神たちはクリエスに期待している。仮に魔王候補が討伐されるのであれば、それはクリエスにしか成し得ないのだと。


 しかしながら、女神たちの思惑通りには進まない。突如として室内に警報音が鳴り響いている。


 咄嗟にモニターを見つめる二人だが、目を疑う光景に言葉がでない。そこにはあり得ない通知が表示されていたからだ。


『魔王発生率100%――――』

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