第110話 近付く決戦の日

 帝都ラベンズリを発ったロベール。三週間をかけて東の街キュリオへと到着している。


 この間にも農村地帯や酪農を生業とする村々まで襲われ、まるで魔王はアルテシオ帝国に住む民を全員抹殺しようとしているかのようであった。


「殿下、やはり何人かは連れ去られているようです。皆殺しをしているようで、何やら魔王軍には目的があるのかもしれません」


 騎士団長であるマルベの話にロベールは頷いていた。正直に真っ直ぐ帝都を目指すと思われた魔王軍。しかし、現状は一人として逃さぬような動きを見せている。最後の報告によると今は北の端にまで魔王軍は向かっているという。


「何が目的なんだ? 世界征服ではなかったのか?」


「分かりません。かといって我が帝国民が危機に晒されているのは疑いようのない事実であります」


 マルベが話すには幾人かは人質となっているようだ。けれども、それが何を基準にしているのか不明なままであった。


「兵の指揮を高めておけ。北の町ノスリィが陥落したのなら、いよいよキュリオが狙われるだろう」


 ここより東の街は全滅なのだ。明らかに次の目的地はキュリオであろう。


「承知いたしました。北へと向かってくれたおかげで、魔王軍の主戦力であるサンドワーム対策は間に合っております。防護兵器『イマライア』によって五体のサンドワームは焼き殺す計画です」


 正直なところ、魔王候補ケンタが引き連れている巨大なサンドワームにより壊滅させられているといっても過言ではない。サンドワームを何とかしなければ、魔王候補どころではなかったのだ。


「そのイマライアという兵器は信頼できるのか?」


「現状、突進するサンドワームを仕留めるのはイマライアしかございません。帝国が誇る魔道士隊と特級錬金術士の共同製作によって完成にこぎ着けました。砂漠以外においてサンドワームは突進しかできません。また何でも飲み込んでしまう性質がございます。サンドワームは必ずやイマライアを呑み込むはず。するとイマライアは串刺しにしたまま垂直に立ち、下部から業火を発するのです。一体でも多く焼き殺し、同胞たちの魂を導く狼煙としてやりましょう」


 マルベは本気であった。これまで何万という帝国民が犠牲になっていたのだ。彼らの死に報いるため、帝国軍は本気で迎え撃つつもりである。


 果たして魔王軍の侵攻を食い止めることはできるのだろうか。ロベールたちは急場こしらえで設置した兵器イマライアに期待をし、一方で帝国の未来を案じてもいた……。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 クリエスたちは西へと向かっていた。シルアンナによると魔王候補ケンタはアルテシオ帝国の北部にいるという。よって街道を外れ、砂漠ともいえる荒野を突き進んでいる。


「エルサさん、もっと早く進めませんか?」


「無理ですよ。砂地に嵌まれば余計な時間がかかりますし」


 馬車はスピードを落とさねば進めなかった。しかしながら、北へと向かう街道は砂漠を抜けた西側まで行かねば通っていない。時間的にショートカットを選んだわけだが、やはり砂漠を抜けるのには無理があったようだ。


 しばらく進むと、どうしてか砂漠の真ん中に大きな建物が見えた。地図を確認しても集落があるという情報はない。明らかに不審な施設が砂漠地帯の中にある。


「エルサさん、確か魔王候補ケンタは砂漠のオアシスを拠点にしていると聞いたことがあります。あの建物は魔王候補の施設かもしれません。ここで待っていてください」


 言ってクリエスは馬車を飛び降りていた。魔王候補の施設であるのなら叩き潰すだけであると。


「クリエス様、わたくしもお供いたします!」


 クリエスが走り出すや、ヒナもまたあとをついてくる。どうやらデレヒナである感じだ。またヒナが駆け出すものだから、エルサもついて行くしかなかった。


 如何にも怪しげな施設。砂漠の真ん中にポツンと存在する巨大な施設が真っ当なものであるはずがない。


 クリエスたちが側まで到着すると、どうしてか地響きがして砂地が隆起し始める。


「なっ!?」


 クリエスたちは唖然と固まっていた。なぜなら砂地が隆起したかと思えば、大木のような魔物が幾つも現れたからだ。


「人族よ、ここがケンタ様の施設と知って来たのか?」


 不意に声が聞こえた。筒状の魔物の背後から現れたのは羽の生えた魔族である。


『婿殿、あやつはインキュバス族じゃ。妾たちサキュバス族と対を成す存在じゃて』


「イーサと同じかよ……」


『一緒にしてもらっては困るのじゃ! 妾たちは精気を吸うだけじゃが、奴らは妊娠までさせおるからな。下劣な下等種族じゃて……』

「マジで!? 夢を見せるだけで妊娠させるとかどんな種族だよ……」


 どうやら似て非なるものであるらしい。クリエス的には違いなどなかったけれど、確かに妊娠させられてしまうのは困りものである。


「それは困りましたわね。エルサは既に懐妊中ですのに……」

「お嬢様、どうして私が妊娠させられる前提なのです!?」


 巨大なサンドワームが何体も現れたというのに、クリエスたちに危機感はない。クラーケン・ガヌーシャでさえも圧倒した彼らにとって、大きかろうともただの魔物に違いないようだ。


「お前は魔王候補ケンタの部下ってことか?」


 クリエスが問う。もう確定的であったけれど、部下だというのなら容赦しない。魔王軍は全滅させると決めていたのだ。


「如何にも! 私は養殖場主任のキュバス。貴様たちには餌となってもらう。我が研究の糧となるがいい!」


 キュバスが命令すると一斉にサンドワームたちが襲い来る。しかし、クリエスは少しも動じることがない。


「アンデッド生成術【極】!」


 クリエスは直ぐさまサンドワームのアンデッド化を図り、加えて死体使役術【極】を実行する。連発することにはなったけれど、これによりサンドワームたちは瞬く間にクリエスの使役化に置かれてしまう。


「セイクリッドフレアァァッ!」


 ここでヒナが一掃していく。クリエスの意図を明確に察知した彼女は問うまでもなくセイクリッドフレアを撃ち放っている。


 クラーケン・ガヌーシャとは違って一撃であった。恐らくは巨大なだけで、大した魂強度を持っていないのだろう。


「お、お前たちは何者なんだ……?」


 瞬く間に戦力を失ったキュバスは流石に狼狽えている。一瞬にして全滅だなんて考えもしないことであった。


『婿殿、こやつを使役してはどうか? どうせろくな魂強度を持っておらぬ。使役してしまえば魔王軍のサンドワームを無効化できるじゃろう』


 イーサが悪魔的な話をする。とはいえ悪くない話であった。キュバスの命令を聞くのであれば、余裕を持って仕留められるはずだ。


「よし、それでいこう」

「ま、待て!?」


 既に戦意喪失気味のキュバスだが、知ったことではない。クリエスは再度、アンデッド生成術と死体使役術を発動させている。


「うがぁぁああぁぁっ!!」


 絶叫するキュバス。これまで言葉を操る者をアンデッド化していない。やはり全身が腐るという感覚は想像を絶するのだろう。失神したようにも思えたが、使役術により気を失うことすら許されていない。


「おいキュバス、お前は俺の部下だ。分かるな?」


 とりあえずは確認をしておく。キュバスは明らかに腐っていたけれど、返事ができるのかどうかと。


「はい、クリエス様。私めは貴方様の下僕です。この命は貴方様のもの。何なりとお申し付けください……」


 キュバスの反応には溜め息しかでない。確かにこれまでもベルカが奴隷化する様を見てきたけれど、ミアが持つ使役術は完全な主従関係が成されている。正直に人権など存在しているとは思えなかった。


「じゃあ、魔王候補ケンタについて知っていることを教えろ」


 とりあえずは聞き込みから。有益な情報を持っているかもしれないと。


「クリエス様、魔王候補ケンタは性欲の権化であります。世界を侵略し始めたのも自身のイチモツに耐えうる女性を生み出すため。体格の良い男女を攫い、交配させておるのです」


 とんでもないことを聞かされていた。単に性格程度でも聞き出せたらと考えていたのだが、魔王候補ケンタが急に侵略し始めた理由が語られている。


「確か北大陸の南東部は制圧したのだったな? 捕らえた人たちはどこにいる?」


 何となく結論は得ていたものの、クリエスは質問を加える。なぜならキュバスは言ったのだ。ここが養殖場であるのだと。


「クリエス様、あの施設に全員が収容され、交配が進められております」


 想像通りの返答にクリエスは長い息を吐いた。交配との言葉は容易に想像させる。捕らえられた者たちが何を強いられているのかを。


「案内しろ。しかし、養殖場とか何年計画なんだよ?」

「そこはサンドワーム養殖で培った成長促進術を使用しております。二週間程度で出産し、半年後には子もまた繁殖が可能です」


 クリエスは今すぐにキュバスをこの世から消し去りたくなっていた。質問したのは自分自身であり、彼は命令に背けぬ状態であったけれど、それでも許しがたい行為なのだと。


 キュバスに案内され、施設へと入る。そこは聞いたままの養殖場。小さな仕切りにあらゆる種族の男女が裸で閉じ込められていた。


 思わず目を逸らすヒナとエルサ。女性陣には見るに堪えない現場であった。


「キュバス、全員を解放しろ。もうこの施設は必要ない」

「承知いたしました。解放したあとはどうされますか?」


 千人以上いると思われる。恐らくは施設で産まれた者も多いはず。しかしながら、全員を連れて歩くわけにはならない。これよりクリエスは魔王候補ケンタと戦うことになるのだから。


「シル、救助隊の要請を頼む」


 ここは主神を頼るしかない。シルアンナが駄目であればディーテに伝えてもらうだけ。このような施設からはいち早く救出してあげるべきだ。


『了解。でも時間はかかると思う』


 直ぐさま脳裏にシルアンナが降臨し、クリエスに応答していた。とはいえ時間がかかると彼女は話している。


『周辺の国々が壊滅状態だからね。救助隊は南大陸から送ることになる。そこに到着するまで一ヶ月以上かかるかもしれない。食糧の問題はなんとかなる?』


 ここで問題が浮上する。救助隊が到着するまで千人からの人間を食べさせなければならない。クリエスたちはそれなりの食糧を買い込んでいたけれど、一ヶ月という期間を賄うには心許ない量である。しかも、ここは砂漠の真ん中なのだ。食材を見つけるなど不可能に思えた。


「それは何とかする。急いでな?」

『分かった。クリエス、気を付けてね』


 急な通信は直ぐさま切断となる。とにかく時間がないのだ。魔王化する前にケンタを討伐したいクリエスたちは当然のこと、シルアンナも神託を与えて救助隊を求めなければならないのだから。


「さてとキュバス、食糧はどれくらいある? ないとは言わせないぞ……?」

「もちろん備蓄はございますが、魔王候補ケンタが運んでくれなければ、一ヶ月も持たないでしょう。それだけの数がおりますし……」


 聞けば魔王候補自ら食糧を運び込んでくれるらしい。北へと向かう前に補充されたのが最後であるようだ。


 救助隊が到着するまで、一ヶ月くらいかかるとシルアンナは話していた。よって一日の食事量を減らしたりして調整しなければならない。けれど、救助隊が一ヶ月以上かかる可能性も否定できなかった。


「困ったな……」


 手持ちの食糧を置いていくのは難しい。量はあっても三人分しかないのだ。周辺の街が破壊され尽くしていることを考えると容易に手渡せないと思う。


 クリエスが思案していたそのとき、


「うえぇぇえええぇぇぇっっぷ!!」


 エルサがイカを産んだ。

 その様子にクリエスはポンと手を叩く。


「そういや無限食糧供給機があったな……」


 どこかでエルサと別れなければと考えていた。だからこそクリエスはここにエルサを残しておこうと思う。剣術の心得があるらしいし、護衛としても彼女なら相応しいはずと。


「エルサさんはこの施設に残っていただけますか? 護衛が必要かと思いますし、申し訳ないのですが、彼らには食糧が不足しているのです……」


 流石に明言できなかったけれど、伝わったと思う。道中もイカを産むたびに開いて干していたのだ。エルサであれば食糧がイカを指すのだと理解できたことだろう。


 渋々と頷くエルサ。護衛でもあるという名分は裏に隠された目的を誤魔化すのに最適であった。よって彼女もまた明言を避けて同意している。


「エルサ、たくさん産んでね?」

「お嬢様ァァッ!」


 台無しである。せっかく二人共が気を遣ったというのに、ヒナの一言はエルサを傷つけていた。しかしながら、エルサは直ぐさま表情を厳しくし、クリエスの方を向く。


「クリエス殿、これから魔王候補と戦うのは理解しています。けれど、何卒お嬢様を助けてください。アストラル世界にはお嬢様が必要なのです」


 文句ではなく要望であった。天然な毒舌をもらおうとも、彼女はヒナの従者である。自分が足手纏いなのは理解しているけれど、それでもやはり心配なのだ。


「任せてください。俺は自分の命よりも、ヒナが大切ですし」

「クリエス様、わたくしは共にありたいと申し上げたはず。犠牲となって欲しいなどと考えておりませんわ」


 デレヒナはクリエスの腕に絡みつくようにして意見した。やはり全員生き残ってこその世界平和なのだと。天界での約束を果たした今、彼女は次なる目標を立てているらしい。


「それと私がいないからといって、お嬢様に手出しすることのないように願います」


 クリエスは無限に湧き立つ性欲と戦っている最中であるが、一応はずっとイーサが精気を抜いてくれている。よって二人きりになったからといって、一線を越えることはないと思う。


「分かってます。全部終わってからです。何しろ俺はそれだけが楽しみで転生してきたといっても過言ではありません。ヒナを失うつもりはありませんし、俺自身も未練を残して死ぬつもりはない。自分が悪霊になってしまうなんて、考えたくもありませんしね?」


 クリエスは冗談交じりに返している。ご褒美は世界救済のあとであると。


「貴方様の強さは既に承知しております。必ずや魔王候補を討伐してくださいまし」


 エールにも似た話に頷きを返すクリエス。ヒナがパーティーに加わったことで、能力値は半減しているけれど、魔王候補相手にダメージが入らないとは考えていない。


 何しろ神格を持つ邪神竜ナーガラージに圧倒できたのだ。半減したとして、クリエスは充分に戦えると考えている。


「世界に安寧をもたらせてください。お嬢様を連れて必ず戻ってきてくださいまし」


 エルサの要望はクリエスも望んでいることだ。絶対にとは言えないけれど、彼女を安心させるための言葉が必要かと思う。

 クリエスは少しばかり考えてから、エルサに返答するのだった。


 必ずや二人して戻ります――――と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る