第107話 死闘

 突如として現れたクラーケン。正直に作戦はずさんなものであった。クリエスがアンデッド化させて使役する。それをヒナがセイクリッドフレアにて討伐するというものだ。


「魔眼!」


 透かさずクリエスは魔眼にてステータスを確認。既に討伐隊が全滅しているのだ。少なからず強者であるはずと。



【名称】クラーケン(レア)

【種別】巨大烏賊

【属性】水

【レベル】699

【体力】1028

【魔力】124

【戦闘】988

【知恵】111

【俊敏】698

【幸運】115

【説明】超個体。特別な力を有する。



「クッソデカいのは超個体だからか?」


 一般的なクラーケンとは一線を画する巨大さである。またレベルは699と明らかな災難級だった。これでは討伐隊が全滅するのも頷ける話だ。また名称にはレアと表示されており、特殊な個体であるのだと分かる。


「イーサ、アンデッド化して構わないな?」


 レア個体とか知ったことではない。しかし、異変が起きた。クラーケンが現れた直ぐそばの海面が盛り上がっていく。


「なっ!?」


 唖然と固まるクリエス。明らかに別の何か巨大なものが現れている。またそれは大きな口を開いてクラーケンへと噛みついていた。


『婿殿、海竜じゃて!』

「マジで!?」

『クラーケンは海竜の好物なんじゃ! しかし、これほどデカいクラーケンを狙うとは海竜のやつはとんでもないの!』


 イーサ曰く、クラーケンは海竜の好物であるらしい。巨大なクラーケンが海竜をおびき寄せてしまったようだ。


「やたらと詳しいんだな!? って俺たちはどうすりゃいいんだよ!?」


 巨大な海洋生物二体が暴れ回る海域。当然のこと、大きな波が立ち小舟は安定を欠いている。


『かつてクラーケンを飼っていたのじゃ! 妾のクラーケンも海竜に食われてしもうた!』


 どうやらイーサは千年も前にクラーケンをペットとして飼っていたらしい。

 何となく用途を察したクリエスは詳しく聞かないでおくことにした。何しろイーサはケルベロスをバ○ー犬としてしまう猛者であるからだ。


『名前はソコハラメェじゃ!!』

「聞いてねぇよ!!」


 緊張感が台無しである。しかしながら、強者が増えたのならお誂え向きであった。ヒナのレベルアップに強敵は欠かせないのだから。


「おらぁぁっ! 纏めてアンデッド化しやがれぇぇっ!!」


 クリエスは即座にアンデッド生成術【極】を実行。だが、反応はない。間違いなく術式が発動していたけれど、今もクラーケンと海竜は大乱闘の最中である。


「距離がありすぎるのか!?」

『婿殿、もっと近付くのじゃ! 妾は興奮してきたぞ!』


 海竜に絡みつく触手にイーサが興奮している。けれど、彼女が口にした通りでもあった。近付かねば術式が成功しないのだから。


「ウンディー、悪いがもっと寄せてくれ!」

「あたいは構わないけど、大丈夫!?」


「問題ねぇよ。デカいだけだ!」


 このときクリエスはある程度の予測を立てていた。このまま放置していたのではクラーケンが海竜に倒されてしまうと。何しろ海竜の好物なのだ。敵いもしない相手に襲いかかるはずがない。


 ところが、クリエスの予想と現実はまるで異なる。超個体であるクラーケンは天敵である海竜に全ての触手を絡ませ、おかしな方向に海竜の首を折り曲げてしまう。


 あっという間の出来事であった。クリエスたちが近付くよりも早く、勝敗が決している。海竜の首は完全にちぎり取られ、あろうことかクラーケンが捕食し始めたのだ。


「嘘……だろ?」


 一瞬のあと、クラーケンが輝きを帯びた。恐らくは海竜の魂強度を奪った瞬間。目に見えて輝きを放つクラーケンの様子は一定の未来を予感させている。


「進化……する……?」


 まるで想像していなかった結末。海竜がクラーケンを食い散らかすだけと考えていたけれど、現実はクラーケンが勝利し、新たな力を手に入れていた。



【名称】クラーケン・ガヌーシャ(レア)

【種別】超大烏賊

【属性】水

【レベル】1088

【体力】1498

【魔力】275

【戦闘】1379

【知恵】204

【俊敏】1011

【幸運】199

【説明】クラーケン上位種。特別な力を有する。



 透かさず魔眼で確認するといきなり災害級となっていた。こうなると一国の兵隊でも歯が立たないだろう。世界中が力を合わせて戦わねばならぬ魔物となっているのだから。


『婿殿! その魔物は尻穴大辞典に載っておったぞ!』


 ここでイーサが叫ぶ。魂を共有する彼女はクリエスのスキルを覗き見たらしい。


「マジ? 何て書いてあった!?」

『うむ、かつて世界を恐怖のどん底へと突き落とした魔物じゃ! 触手が異様に長く、十八本もあるのじゃよ!』


 イーサがそういった直後、小舟の脇から触手が覗く。まだクラーケン・ガヌーシャとは距離があったというのに。


「きゃぁぁぁっっ!?」


 触手は瞬く間にヒナとエルサを捕らえる。先ほど海竜を食べたばかり。進化したクラーケン・ガヌーシャはよほど大食漢なのかもしれない。


『あと滅茶苦茶エロいのじゃ!』

「先に言えよな!?」


 既にヒナとエルサが捕らえられたあとだ。先に知っておれば対処できたかもしれないというのに。


 ところが、どうしてかエルサは小舟に放り返されてしまう。何が何だか分からなかったけれど、エルサだけは助かっていた。


『しかも巨乳好きじゃ! 貧乳は好みじゃないらしい!』

「それは言わないでやってくれっ!!」


 小舟に投げ捨てられたエルサ。彼女にイーサの声は聞こえていないはずだが、女の直感なのか、事のあらましを理解しているかのよう。


「ぐぬぬ、生鮮食品のくせに選り好みするとは! クリエス殿、刺身にしてやりましょう!」


「お、おう……」


 勇敢にもエルサは超巨大なクラーケンを相手に怯むことすらしない。女性としてのプライドを酷く傷つけられた彼女は仕返しとして刺身にして食すつもりらしい。


「ウンディー! 全速力で突っ込め!」

「分かったの!」


 グングンと進んでいく。ここに来て作戦は変更となっている。ヒナが捕らえられた現状において、腐食魔法やアンデッド生成術は使えない。格上のヒナであれば耐えられると思うけれど、それでも万が一を考えると実行できなかった。


「イーサ、他に情報はないのか!?」


 ソースは尻穴大辞典。信頼して良いのかどうか分からない書物だが、情報は何よりも欲しいところ。ヒナを捕らえてどうするつもりか知れるだけでもよかった。


『奴はオークよりも性欲が強く、多種族とも平気で交尾してしまうのじゃ! 恐らく娘ッ子はイカの子供を孕まされてしまうじゃろう!』


「マジで言ってんの!?」


 本当に先に言えとクリエス。せっかくヒナと再会したというのに、イカ如きに先を越されるなどあってはならない。


「しかし、どうやって交尾すんだ!?」

『通常のクラーケンは大量の墨を吐くじゃろ?』


 何だかよく分からない返答に、クリエスは一応相槌を打つ。


『アレが白濁したアノ液体になっておる!』

「うっそだろ!?」


 信じられない。普通のイカでも割と大量の墨を吐く。であれば、島ほどもあるクラーケン・ガヌーシャは……。


『じゃから進化したあやつは、クラーケン・ガンーシャと呼ばれておる!』

「ガヌーシャな!?」


 全速力で突っ込む小舟。クリエスはクラーケン・ガヌーシャの足に斬りかかっていた。

 しかし、ヌメリがあるからか、上手く刃が入らない。


「ヒナを離せぇぇぇっ!!」


 絶叫しながら、クリエスはスキルを放つ。刃が入らないのであれば飛び道具であると。


「ボイウェエエエエェェイブ!!」


 刹那に愛刀ラブボイーンから桃色をした魔力刃が撃ち出されている。ヒナを捕らえていた触手に狙いを定めて。


「ウンディー、ヒナの真下に向かえ!」


 直ぐさま指示を出す。クリエスは切断を疑っていなかった。なぜならボイウェーブはクラーケン・ガヌーシャよりも強い巨蛇アスラの胃袋を切断していたのだから。


「ヒナァァアアアッ!!」


 狙い通りボイウェーブはヒナを捕らえる触手を斬り落とす。クリエスは一直線に落下するヒナの元へと向かっていた。


「クリエス様の手助けなど必要ありませんからね!?」


 しかし、ここでツンモードに移行。ヒナは直ぐさま天使の羽を出し、宙を舞っている。抱き留めようとしているクリエスを嘲笑うかのように。


「で、でも、少しくらいなら抱き留めていただいても……」

「デレかツンかどっちかにしろ!!」


 刹那にクラーケン・ガヌーシャが例の液体を吐き出した。ヒナは間一髪でそれを避けるが、真下にいたクリエスたちに大量の液体が落ちてくる。


「嘘だろ!?」


 結果としてクリエスたちはヌメリのある液体を浴びてしまう。ただし霊体であるイーサを除いて。


『うほぉ! ガンーシャじゃ! ガンーシャなのじゃ!』

「るせぇ! 全身だっつーの!」


 もう付き合いきれないとクリエスはアンデッド生成術【極】を実行。さっさとアンデッド化して使役するのだと。


「腐りやがれぇぇえええ!!」


 瞬時にクラーケン・ガヌーシャの身体が腐り始めている。元々イカ臭い魔物であるが、酷い激臭を伴っていた。


「死体使役術【極】ッッ!!」


 ゴッソリと魔力が抜け落ちる感覚があった。しかし、それはアンデッド化したクラーケン・ガヌーシャを使役するための魔力に他ならない。


「クラーケン・ガヌーシャよ、動くなぁぁっ!!」


 ここでクリエスが命令する。まだ確定ではなかったというのに、魔力の消費が収まるや声を張っていた。


 するとクラーケン・ガヌーシャはピクリとも動かなくなる。本当にクリエスの命令を聞き遂げたかのように。


『クラーケン・ガヌーシャを使役しました』


 遅れて脳裏に通知が入った。どうやらクラーケン・ガヌーシャが動かなくなったのはクリエスの使役が成功したからのようだ。


「やったか……」


 とりあえずヌメリを洗い流したいと思う。もうクラーケン・ガヌーシャは動かないのだ。クリエスの命令に背けないのだから。


 だが、問題が発生してしまう。


「ク、クリエス殿!? お腹が痛いのですが!?」


 エルサが苦しみ出す。そういえば彼女もまた液体を大量に浴びていたのだ。これには嫌な予感しかしない。


「エルサさん、早くヌメリを洗い流してください! でないとイカの子供を身籠もってしまいますよ!」


「嘘でしょ!? 私はチューすらしたことがないのですよ!?」

「知りません! 早く海に飛び込んでください!」


 クリエスが急かすと、エルサは海に飛び込んでいる。少しの男性経験もないまま、イカの子供を産んでたまるかと。


 しばらくしてヒナがゆっくりと小舟に下りてくる。一連の遣り取りは彼女も理解している感じだ。心配そうにエルサを見ていた。


 程なく海面にエルサが浮かび上がる。激しく泳ぎ回ったからか、ヌメリは何とか洗い流せている感じだ。


「エルサ、大丈夫ですか!? 早く船に戻ってください!」


 真っ先にヒナが声をかける。しかしながら、エルサは首を振った。どうにも彼女には船に上がれない理由があるらしい。


「お嬢様、私は今……」


 エルサが小さな声で返す。どうして船に上がれないのかを。


「イカを産みました――――」

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