第106話 クラーケンの捜索

 プルネアを発ってから半日ばかり。ウンディーの水流によってクリエスたちは大海を彷徨っていた。早々に見つかると考えていたけれど、海面は穏やかなままであり、クラーケンが現れる気配などない。


「どうすっかな……」


 クリエスは少しばかり緊張している。それはステータス半減のせい。クラーケンは間違いなく邪神竜ナーガラージよりも弱い相手であったけれど、自身の弱体化は顕著なのだ。


 討伐に不安はなかったけれど、クリエスはヒナのレベルアップを手伝うべき。彼女がトドメを刺せるように、アンデッド化をして使役する必要がある。



・死霊術(32)

・死霊使役術【極】(0)

・死体使役術【極】(0)

・アンデッド耐性(0)

・アンデッド耐性【極】(0)

・腐食術(0)

・腐食術【極】(0)

・アンデッド生成術(0)

・アンデッド生成術【極】(0)



 解放された闇属性スキル。これらがクラーケンに効果があるのか分からない。クリエスが抱える不安は命のことよりもヒナのレベルアップが成されるかどうかであった。


『どうした、婿殿?』


 難しい声を出すクリエスにイーサが聞いた。


「いや、ステータスを確認してたんだ。呪いでステータスが半減してるし、ミアのスキルを使いこなせるか分からんからな」


「ああ、クリエス殿もステータスを確認できるのですね? クリエス殿が受けている呪いはステータスダウンを引き起こすのですか?」


 エルサが問う。彼女に悪霊の姿は見えなかったけれど、何となく気配を感じ取れるらしい。また彼女はクリエスが呪われたり悪霊に取り憑かれたりしていると知っていたのだが、詳しい内容を聞いていない。


「残念ながら、その通りです。前世の最後に呪いを受けてしまいまして……。まあでも一時期は八分の一もステータスダウンしてましたから、今は四分の一でマシなんです」


「その割合はどうやって決まっているのです?」


 エルサは小首を傾げる。時と場合によって変化するものなのかと。


 クリエスにとってその質問は答えづらいものであった。前世であればそのままを伝えただろうけれど、今世では女性への対応を学んでいたからだ。


「えっとまあ、とある条件が満たされると割合が大きくなってしまうのですよ」


 一応は誤魔化していたクリエスだが、割って入ったヒナのせいで計画は滅茶苦茶になってしまう。


「エルサ、クリエス様の呪いはパーティー内にいる巨乳の数が問題なの。悪霊のイーサ様とミア様は共に巨乳で、付き人様も巨乳だったから以前は八分の一。だけど、ミア様は天に還られましたから、現状の巨乳はわたくしとイーサ様のみで四分の一となっているのですよ」


 ヒナはクリエスの気遣いを気にすることなく詳細を伝えてしまう。

 これによりエルサが絶望するとは考えもせずに。


「へっ、へぇぇ、巨乳の数だけ……なのですね……」


 何となく勘付いたエルサはこの話題を終わらせようとする。一応は彼女の希望通りに話題はここで終わるのだが、最悪の終わり方であったのは語るまでもない。


「エルサは呪いに関係ないから安心して! エルサは少しも影響していないから!」

「ぐはぁぁぁっっ!!」


 白目を剥き、膝をつくエルサ。クリエスに対する愛情はもう既に相殺されていたけれど、やはり貧乳であることを知らされるのは恥ずかしい。


 対するクリエスも反応に困っている。明らかにエルサは心に傷を負ったと思われているのに、ヒナがまだ饒舌に語り続けていたからだ。


「エルサが巨乳じゃなくて良かったわ! 女神様に感謝しなければなりませんね?」

「ヒナ、もうそれくらいにしてやれ……」


 完全にオーバーキルであった。エルサは自尊心をズタズタにされている。けれども、エルサは何とか口を開く。


「お嬢様、それは私が悪について色々と申し上げたことに対する報復でしょうか?」


 最後の精神力で問う。エルサは常々ヒナに悪の素養がないと言い続けてきた。此度の暴露はそれに対する仕返しではないかと。


「わたくしはエルサが貧乳で良かったと喜んでいるのよ? クリエス様の更なる弱体化が防げたのはエルサが貧乳であったおかげなのです。エルサが貧乳であったからこそ、クラーケン退治も臆することなく挑めます。エルサの貧乳によって、全てが上手くいっているのです!」


 明らかな決定打である。もう既にエルサは突っ伏して動かなくなった。


 クリエスはフォローしようかと思うも、よくよく考えるとこれからクラーケンと戦うのだ。小舟の底でジッとしてもらっていた方が安全だと思い直している。


「さてと、イカ野郎はどこにいんだ?」


『婿殿、この船が小さすぎるのではないか? 妾の爆裂魔法で喚び寄せてやろう!』

「爆裂魔法ですか!? どのような魔法でしょう!?」


 どうしてかイーサの話にヒナが食い付いている。彼女も火属性の派生である爆裂魔法を習得しているのだ。魔王候補イーサがどのような爆裂魔法を操るのか興味津々と言った様子。


『むぅ? 妾の爆裂魔法に興味があるのか? ぐふふ、娘ッ子よ、よく見ておれ!』


 クリエスとしては不安でしかなかったが、幸いにも大海原である。航行する船もないことだし、見守ることにした。


『爆ぜるのじゃ!! エクストリームテラプロージョン!!』

「最大級やめろっ!!」


 やはり釘を刺すべきであったとクリエスは後悔する。しかしながら、イーサは詠唱を済ませており、一瞬のあと海面には天まで届こうかという水柱が立ち上った。


 かなり距離があったというのに、空高く打ち上がった水柱。更には遅れて海面が激しく爆発している。


「みんな、伏せろ!!」


 このような小舟は即座に転覆するかもしれない。けれど、押し寄せる波によって投げ出されることを考えると、座っているだけでも危険である。


 海面には巨大な穴が開いていた。威力の大きさを目視できている。

 かつて大海を割ると豪語していたイーサ。今まさにその破壊力をを見せつけていた。


「イーサ、波を何とかできねぇか!?」

『むぅ? 流石に船が転覆するか?』


「見て分からんのか!?」


 クリエスの要請にイーサは頷く。一瞬のあと到来する大波に向かって。


『ハイプロージョン!!』


 更なる魔法を撃ち込むイーサ。計算しているのか定かではなかったものの、何発か撃ち込んでは大波を相殺している。


『プロージョン!』


 イーサは尚も撃ち放つ。どうやら徐々にランクを下げて、波を完全に相殺する予定らしい。


 結果的に何とか小舟の転覆は免れている。これにはクリエスもヒナも安堵していた。

 しかしながら、どうしてか再び海面が隆起。イーサはもう魔法を撃ち放っていないというのに。


『婿殿、釣れたぞ!』


 それは捜していたものであった。どうやらクラーケンが爆発に導かれるようにして現れたようだ。


 隆起した海面からは程なくクラーケンの巨体が現れていた。


 ニヤリとするクリエス。ようやくとリング(絶)を装備した意味を見出せるのだ。ツンヒナやデレヒナを経験する羽目になったこと。全ての事象はこのときのためである。


「イカ野郎、残念だが、もう刺身にもできやしねぇ……」


 強大な敵が現れたというのに、彼は萎縮することなく声を張っていた。


「俺が腐らせてやっからよ――――」

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